184話.アリスティアの改造計画
エイランドから帰ってきたのは明け方だった。
家に帰ると、兄さんが出迎えてくれて、あったかいコーヒーを入れてくれた。
徹夜する事になったけど、この体はそれくらいじゃ疲れない。もうあまり思い出せなくなってきたけれど、以前の体で徹夜なんてしたら、気怠くて疲労困憊になってた事を想像すると、なんだかおかしかった。
ちなみに私はコーヒーにはミルクも砂糖もたくさん入れる派だ。何も入れずにブラックで飲む方が体に良いって友人に言われたけど、加えるだけなんだし同じだろ?って言ったら、小一時間ほど説教されてしまった。
まぁ、強要するわけじゃなくて、いかにブラックが優れているかをコンコンと言われただけなんだけれど。
こっくりこっくりと頭を揺らし始めた私、いやあの時は俺かな。を見て、友人は溜息をつきながらコーヒーを飲みなおしてたのをふと思い出した。
あいつは、元気にしてるだろうか。もう会えないけれど、天寿を全うしてほしいと願う。あいつは俺の趣味を知っても、仲良くしてくれた数少ない友人だったから。病気や怪我、事件事故なんかで死んでほしくない。まぁ突然居なくなった私が言える事ではないんだけど……。
アーネストが一度あの世界に戻れた時に、ラインでお別れを送っておいたとは聞いている。それを信じるかは分からないけど、あいつは私がそんな冗談を言う奴じゃないって知ってるだろうから、もしかしたら原因を探ろうとしたりしているかもしれない。
まぁ、流石に徒労に終わると思うけれどね……。
「どした、蓮華?コーヒーをマジマジと見て。あ、お前もまさかあいつみたいにブラックに目覚めたのか!?」
なんて言ってくるアーネストに笑ってしまった。
「あはは、違う違う。ブラックは今の体だと余計に無理だよ。ただでさえ甘い物が好きになっちゃってるのに」
「ふぅ、安心したぜ。お前までブラック派になっちまったら、俺も飲みにくくなっちまうぜ」
アーネストも当然ミルクと砂糖をたくさん入れる派だ。私の周りはブラックのまま飲む人が多かったから、肩身が狭かったんだよねホント。
この家では半々かな。母さんと兄さんはブラックだけど、アリス姉さんは砂糖は入れず、ミルクだけ足す。
どっちも入れるのは私とアーネストだ。
どうしてこんな事を突然考えたかと言えば、あのリヴァルさんがブラックで飲んでいたからだ。
未来の私であるリヴァルさんがだよ!?
私の意図する所に気付いたのか、カップをテーブルに置いて、苦笑するリヴァルさん。
「戦場では、甘い物より苦い方が合ってな。自然と、こちらを飲むようになったんだ」
その言葉を聞いて、私は俯いてしまう。リヴァルさんの過酷な未来を想像してしまったから。
「気にするな、蓮華。私の生きた時間と、お前の生きる時間は、すでに別物だ。私の時は、エイランドがこの時に襲われるなんて事は無かった。だから対応が出来なかった、すまないな」
そう言うリヴァルさんに、慌てて返事をする。それはリヴァルさんのせいじゃないし、むしろリヴァルさんのお陰で、助ける事が出来たのだと。
以前の私達では、オシリスに簡単に負けていただろうから。
「にしても、暴虐神オシリスが敵側についたのね。神々のルールを簡単に破ってくれちゃって。あいつ強いからなぁ……」
母さんがソファーに腰かけながら、溜息をつきそう言った。あの母さんをして、そう言わせるなんて。
「ふむ……アリス、ゲイオスとレイハルトも居たのですか?」
兄さんが思案顔で、アリス姉さんにそう尋ねた。アリス姉さんもまた少し考えて、答えた。
「うーん……多分、オシリスだけだと思うよ。もし仮に、ゲイオス達も一緒なら、確実に私達は死んでたと思う」
「そうですか……ふむ。今回の事、手出しするつもりは無かったのですが……神々が出張ってくるのなら話は別です。少し、警戒を強めておきましょうか」
そう言う兄さんに、思わず私とアーネストは顔を見合わせる。
あの兄さんが、力を貸してくれる!?
「ふふ、そう嬉しそうな表情をされると弱ってしまいますね。つい本気で行動を起こしてしまいそうになる」
なんて苦笑しながら言う兄さん。兄さんが手を貸してくれるなら、百人力なんて言葉でも生ぬるいと思う。
けれど、意外にもアリス姉さんがそれを抑えた。
「ロキ、それはオシリスが本当にこの世界の人達を攻撃しようとしたら、にしてくれないかな」
「ふむ、それでは遅いのでは?いくら私でも、その場に居ないのに守る事など出来ませんよ?」
「それは分かってる……だけど、オシリスは……友達なの。そんな事……私がさせない」
「……良いでしょう。ですが、アーネストと蓮華を悲しませるような事が起きた時……私は例えアリスの友人と言えど、容赦しませんよ?」
「分かってる、ありがとロキ」
兄さんは、あのオシリスという神の相手は、自分がすると言ってくれている。
それはつまり、兄さんが相手をしなければならない程、強い神という事。
「リヴァルさん、オシリスって神は、未来でも敵なの?」
「うん?いや、そもそもオシリスなんて神を私は初めて聞いたからな」
「「え!?」」
リヴァルさんの言葉に私達は驚く。それはつまり、未来が変わったからこそ、オシリスが介入してきたという事になる。
「ああいや、私が知らないだけの可能性もあるぞ。ミレニアも動いてくれていたし、こちらにはアテナも居た。多くの神々を、あいつらは単騎で滅ぼしてたからな」
ミレニアは聞いていたけれど、アテナまで味方についてくれていたというのは驚いた。ユグドラシルをして防御に徹しなければならなかったと言わしめた、戦いの女神。
母さんや兄さん、アーネストにノルン、リンスレットさんまで敵になってしまった絶望の未来。
そんな中でも、リヴァルさんの味方にとても心強い人達が居た。その事に少し胸をなでおろす自分が居た。
「フ……ミレニアらしいですね」
兄さんもそれを想像したのか、笑みを零した。未来の私の力になってくれている友達に、嬉しくなってくれたんだと思う。
「それじゃ、まずはアリス姉さんの本格的な改造が必要だね?」
「「「え?」」」
皆が驚いて私を見る。でもだって、ね?
「アリス姉さんもこれから私達と一緒に行動するって事でしょ?そのオシリスって神、止めるんでしょ?」
「う、うん」
「だったら、まず魔界に行けないその体、改造する必要があるよね?」
「そう、なるの、かな?」
アリス姉さんが一言一言、考えながら返答した。目は泳いでるけど。
「そういうわけで母さん、アリス姉さんの体を構成してるマナの組織、見せてもらっても良い?大丈夫、ちゃんと勉強してホムンクルスくらいなら創れるようになったよ?」
「レンちゃんっ……!ついに娘と一緒に錬金術が出来るのねっ!」
なんて母さんは嬉しそうだ。
「え、いや、ちょっと!?なんかマーガリンが二人になった気がするんだけど!?そこはかとなく不安なんだけどー!」
「安心してアリス姉さん。私がアリス姉さんに変な事するわけないじゃないか」
「そうよぉアリス。私がアリスに変な事するわけないでしょ?」
「いやー!なんか今のこの二人は嫌だよー!助けてアーくん!」
そう言ってアーネストの方を向くアリス姉さん。しかし
「あー、いや、大丈夫、だと思う、ぞ?」
と目を逸らしながら言うアーネスト。そうだよね、ずっと私の実験に(リヴァルさん含む)付き合わされたアーネストは、そういう話を苦手にしている。
「そんな、アーくん!?」
絶望した表情になるアリス姉さんに、兄さんが笑いだす。
「ククッ……観念する事ですねアリス。それに、ずっと魔界に行きたいと言っていたではないですか。これまではマーガリンだけだったのが、蓮華も加わるだけですよ」
「混ぜるな危険って言葉があるでしょー!?」
「心外だなぁアリス姉さん。大丈夫、リヴァルさんも一緒だから」
「ああ、ついでに私の中から取り出してくれたアリス姉さんも連れてこよう」
「ひぃっ!?」
私と母さんだけじゃなくて、リヴァルさんまで加わる事に恐怖しているアリス姉さん。
まぁ、誰だって自分の体をいじくりまわされるのは嫌だろうけど。
「安心してアリス姉さん。さきっちょだけだから」
「それ絶対それですまないやつー!」
なんて叫ぶアリス姉さんに笑いながら、徹夜後のハイテンションというか、ちょっとおかしなテンションになってる私は母さんの部屋へと連れて行ってもらう。
乱雑に置かれた色々な本が、実は超有用な本である事に気付く。
「ねぇ母さん、この転がってる本、凄い内容が書かれてあるんだけど……」
「あらレンちゃん、もうその内容が理解出来るようになったのね。読めるのなら、後で持って行っても良いよ。私は暗記しちゃってるからね」
「ありがとう母さん!」
この本を読めば、私でも新たな魔法が創れるかもしれない。肉体の構成や魔力の構成についても、詳しく書かれている。
体の中に流れる様々な力についてもだ。知らない単語がちょっと見ただけでもたくさんあったけれど、そこは母さんに聞けば良いだろうし。
それから母さんの実験場……もとい、部屋で準備を手伝っているうちに、リヴァルさんが二人のアリス姉さんを両脇に抱えて連れてきた。
今の時代のアリス姉さんと、未来のリヴァルさんと一つになった、今のアリス姉さんより更に一回り小さなもう一人のアリス姉さん。
「逃げるから手間取ったぞ」
「私を改造するから連れて行くなんて言ったら、そりゃ逃げるよう!?」
もっともな意見だった。
「それじゃ母さん、今まで試した成果から順に、ちょっと変えながら試してみよう」
「ええ、そうねレンちゃん!」
母さんはとても楽しそうだ。その理由は、なんとなく分かる。私も自分の子供がいて、一緒に何かを出来るのだとしたら……きっと、凄く嬉しいだろうから。
「「ひぃぃぃっ!?」」
まぁ、二人のアリス姉さんはとてつもなく嫌そうだけれど。
今も二人で抱きしめ合って震えてる。やだなぁ、怖くなんてないのにー。
後に、アーネストは語る。あの時の蓮華の顔は、悪いことを考えてる母さんと同じだったと。