175話.自分の出来る事(シロウ)
「シロウ殿下、よろしいですか?」
静かな部屋に、コンコンという音と共に耳触りの良い声が聞こえた。
「どうぞ」
「失礼致しますわ」
部屋へと入ってきたのは、騎士の鎧に身を包んだ女騎士。
俺と執事のガイル、そしてメイド長のリューゼを救ってくれた恩人。
「少しは休めましたか?」
俺達を見回し、微笑みながら気遣ってくれる彼女へと笑みを返す。
「はい。ありがとうございますカレン卿。王への嘆願、そして私達への配慮……この礼は必ず……!」
「クス、お気になさらず。それよりも……大分きな臭くなって参りましたわ」
「何かあったのですか?」
「ええ……実は、サンスリー王国の一番外の街、トリンブルに入った一小隊と連絡が取れなくなりましたの。深入りはしないように厳命しておいたのですが……」
それはつまり、城だけでなく他の街も奴らは侵食していて、城から一番遠い街にまですでに……。
「サンスリー王国は、マーガリン様から伝えられた情報である、魔界海からの魔物に対応する重要拠点でしたわ。それを敵に奪われたとなれば……」
「サンスリー王国を中心に、大規模な争いになる……」
「その通りですわ」
魔物と憑依された国民達が入り混じっての戦い。大規模な戦いでサンスリー王国の国民達は傷つけずに、魔物だけを倒すなど出来るわけがない。
それはつまり……国民を、見捨てるしかないという事だ。
「ですから、魔界海から魔物が侵入してくる前に……大元を叩き、サンスリー王国を解放する必要がありますの」
「!!」
沈みかけていた心に、一筋の光が照らされたように感じた。そうだ、何を諦めかけていたんだ俺は。やれることがあるのなら、俺も最後までやらなければ!サンスリー王国の王太子として!
「カレン卿、私に出来る事はありませんか!?」
「勿論ございます。シロウ殿下には、兵達に自国で起こった出来事を直接語って頂きたいのです。本来サンスリー王国に集まるはずであった兵達は、ツゥエルヴとフォースにそれぞれ集まる事が決定致しました。ツゥエルヴではリリア姫率いる王国騎士団、サンライト・テンプルナイツが陣頭指揮を取ってくださいます。フォースでは僭越ながら、この私カレン=ジェミニ率いる灼熱の騎士団と、アニス=ジェミニ率いる極寒の騎士団を中心に、命令系統を統一させて頂きますわ」
成程、確かに地の利はその王国にあるし、他国からの支援部隊に陣頭指揮を任せるより良いと思う。なにより、カレン卿にアニス卿は近年稀の史上最年少のインペリアルナイトマスターだ。不満が出るはずもないだろう。
ツゥエルヴのサンライト・テンプルナイツの噂は隣国である我がサンスリー王国にも届いていた。
いわく、魔物を殲滅する化け物集団と。そしてその指揮を取り、自身が真っ先に突っ込んでいくのが、見目麗しい少女だとも。
それがまさか、リリア姫だとは思わなかったが。
「分かりました、私に出来る事ならばなんでもします。私に、力があれば……自国を取り戻す為に私もついていきたい所ですが……私では、力不足なのでしょう?」
その問いに、カレン卿は静かに頷いた。分かっていた事だ。俺にはそんな力がない事が。気落ちする俺に、カレン卿は真剣な表情で俺を見て、言ってくれた。
「戦いだけが、力でありませんわ。これは、私の尊敬するあるお方から言って頂けたお言葉。力になろうとする行為が、想いが……力になるのですわ。貴方達の想いは、このカレン=ジェミニが引き受けましょう。必ず、サンスリー王国を救って見せます」
その真っすぐな瞳に、美しい容姿も相まって、ただ見惚れてしまった。
「……ありがとう、カレン卿」
「「お願い致します……」」
ガイルとリューゼも揃って頭を下げる。サンスリー王国の生き残り、というと語弊があるが、現状を伝えられるのは俺達三人だけだ。
「それでは早速、ついてきて頂いても構いませんか?少しでも早く行動を起こした方が良いでしょう」
「分かりました。ガイル、リューゼ、不甲斐ない俺……じゃなくて、私だが……力を貸してくれ」
「勿論でございます、殿下」
「はい。この命、ぼっちゃんの為に」
「ぼっちゃんは止めてくれないかリューゼ……」
「未だに俺と私を使い分けるのを間違える方には、ぼっちゃんで十分です」
「ぐぅ……」
言い返せない俺に、カレン卿がクスクスと笑う。その美しい微笑みに、また俺は見惚れてしまった。
「仲が宜しいのですね。使用人にそのような方達がいらっしゃるのは、少し羨ましいですわね」
「二人は俺の、大切な家族ですから」
「「殿下……」」
ここだけは、公務としての私ではなく、俺個人の意思として伝えたかった。
「ふふ、そうですか。家族を大切になさる方は、素敵だと思いますわ。では、行きましょうか」
そう言ったカレン卿の表情は、どこか寂しそうに見えた。少し引っ掛かりを覚えたけれど、先を歩くカレン卿に遅れないように追いかける。
皆にサンスリー王国の現状を知ってもらい、力を貸してもらう為に。