39.ユグドラシル領
「うん、良いよレンちゃん」
即答だった。
いや、いくらなんでも早すぎでしょ母さん。
「私もね、大精霊達が世界樹の近くに時々来ている事は知ってたの。でも、大精霊達は基本、同じ精霊同士でしか話さないから、私が近づいても警戒されてしまうと思って、話せなかったの」
母さんでも、あまり話せなかったのか。
「だからね、レンちゃんのお願いは、私にとっても嬉しい事なの」
そう微笑んでくれる母さん。
「ありがとう、母さん」
心から、そう言えた気がする。
「でも、家を建てるなんて大丈夫?結構力仕事だし、専門の知識も必要よレンちゃん」
「うっ」
そう、そこが問題だ。
私にそんな知識は全くない。
コッコッコッ
と足音がする、この足音は兄さんだな。
まぁ兄さんしか居ないんだけど。
「蓮華、話は聞かせて貰いましたよ」
「兄さん、魔法で盗み聞きは感心しませんよ?」
直球で言ってやると、兄さんが苦悶の表情になって面白い。
「ぐっ……れ、蓮華、これはその……」
母さんが横を向いて、笑いを堪えて震えてるのが分かる。
母さん、兄さんが私に弄られてると、よくそうして笑ってる気がするのは何故だろう?
「冗談です。気に掛けて聞いててくれたんですよね、知ってますよ兄さん。ごめんなさい」
と笑いかける。
「まったく、蓮華には敵いませんね」
微笑む兄さん。
イケメンはそういう表情も格好良いから得だなぁと思う。
「さて、話を戻しますよ。蓮華、家を建てると言うのなら、素材さえ揃えれば、私の魔法で一瞬で可能ですよ」
なん、だと!?
「そ、それは本当に兄さん!?」
食いつく私。
なんせ、一からトンテンカンテンと建築していくイメージしかしてなかった。
「え、ええ。まぁ高等魔法の類になるので、街で依頼すれば馬鹿高い料金を取られますからね、一般的ではありませんが」
「兄さん!」
「れ、蓮華!?」
感極まった私は兄さんを抱きしめる。
やった、これで問題は解決したも同然だ!
「っ~」
なんか兄さんが呻き声をあげてるような?
あ、しまった、抱きついたままだった。
慌てて離れる。
「ご、ごめん兄さん、嬉しくてつい」
素直に謝っておく。
「い、いえ。私はいつでも大丈夫ですよ蓮華」
笑って言う兄さん、何が大丈夫なんだろうか。
「良いなーロキ。レンちゃんに抱きつかれたいなぁ私も」
なんて言ってる母さんはスルーする。
「どんな風にするのか設計図か絵でも見せて貰えれば大丈夫ですから、素材が揃って、形になれば言いなさい。ではね」
言うだけ言って、兄さんは戻って行った。
ホント、なんでもできるとは兄さんの事を言うんだと思う。
戦いでも、私はもちろん、アーネストだって兄さんには勝てた事が一度もない。
もしかしたら、母さんより強いんじゃなかろうか……。
まぁ母さんも底知れない強さを秘めてるし、分からないけど。
うーん、私ってここで一番弱いんだよなぁ。
修練あるのみ!
と気合を入れていたら。
「それでレンちゃん、どこら辺が欲しい?」
って母さんが地図を広げながら聞いてきた。
本当に何度見ても凄い広いなユグドラシル領……。
「ここが、今私達の居る場所で、世界樹のすぐ近くなんだよ」
うん、近い。
ちょっと歩いたら世界樹に着くわけだよ。
でも、そこからのユグドラシル領の範囲が広すぎる。
元の世界のイメージで言うなら、ハワイの場所に世界樹の大きな木があって、周りの海が全部ユグドラシル領、と思って貰ったら想像しやすいだろうか。
もちろん、海じゃなく大草原や森林地帯の地続きだけど。
とにかく広い。
そりゃポータル使わないとやってられないわ。
「どこでも、どれだけでも好きに使ってくれて良いよレンちゃん」
なんて笑顔で言ってくる母さんに、どう答えたら良いのか。
「ええと……それじゃ、その……私の、なんて言わないので、家を建てたら友人とかも、呼んでも良いかなぁ?」
っておそるおそる聞いてみると。
「もちろんだよレンちゃん!レンちゃんと個人的に付き合いのある方だったら、大歓迎だからね!」
と母さんは笑顔で言ってくれる。
本当に、良い人だよね母さんは。
「それじゃ、大精霊達の住む場所と、私の友達が来てゆっくりできる場所の二つを作らないとかな。結構大きくなりそうだなぁ」
「ものすっごく大きくしても良いからねーレンちゃん。どうせ私の領地で領民なんて居ないから、誰を気にする必要も無いからねー」
なんて笑顔で言ってくれる母さんに苦笑するしかない。
とりあえず、家自体はすぐ建てれそうだから、どんな家にするかを決めるのと、素材をどうするか、かな。
後は家具とかも揃えるのは、後で良いか。
大精霊達は世界樹の近くが良いだろうし、この家の世界樹を挟んだ反対側とかが良いかな?
ちょっと行った所に大きな湖があるし、その近くに私の友人を呼べるような家を建てるかなぁ。
まぁ、私はそこで寝泊りはあんまりしないだろうけど。
だって、母さんに兄さん、アーネストが居るこの家から出たいと思わないからね。
というか、出ようとしたら母さんと兄さんが慌てふためくような気がする。
気がするというか、母さんはマジ泣きしそうだな。
うん、やめておこう。
「母さん、無茶なお願いを聞いてくれてありがとう」
その言葉に。
「どういたしましてー。可愛い我が子の頼みなら、なんだって聞くからねー」
なんて言ってくれる。
今なら言える、うちの母さんは世界一だと。
言わないけどね。
話もひと段落したので、さっきから気になっていた事を聞いてみる。
「母さん、それで……さっきからそこでくたばってるアーネストはどうしたの?」
そう、さっきから寝ころび、ずっとうーん、うーんと唸っているのだ。
気になってしょうがない。
「アーちゃんはね、時の部屋で勉強してるの。そこでは時間の概念が違うから、こっちでの1分が、あっちでは1日くらいあるからね」
精神と○の部屋かよ!と突っ込みたくなった。
まぁ時っていう属性がある時点で、そういうのはある気はしてた。
「学校に行くにあたって、遅れてる勉強を取り戻させる為に?」
「そだよー。時の部屋には精神だけが行ってるから、体を強くしたりは出来ないけれど、知識を得る事はできるからね」
成程、そこは違いがあるのか。
「あ、私は精神しか行かせる事ができないけれど、レンちゃんなら体ごと行けるようにできるかもね。なんせ時の大精霊とも契約するつもりなんでしょ?」
と母さんが聞いてくる。
そういえば、そうだったな。
「まぁ、いつかは、かな?」
って笑って答える。
母さんも笑って
「ふふ、レンちゃんは行動派なのか、おっとりしてるのかよくわかんない子だねー。そこも可愛いんだけど!」
と言いながら抱きしめてくる。
母さんのこの抱きしめ癖は、なんとかならないものだろうか。
いい歳してるので、中々に気恥ずかしい。
「それじゃ、アーネストに伝えるのは後でになるね。今日はもうこのまま家に居るつもりなんだけど、母さんに頼みがあるんだ」
真剣な表情で私が言う。
母さんも察したのか、姿勢を正して答えてくれる。
「うん、何かな、レンちゃん」
私は口を開く。
「料理、教えてください母さん」
頭を下げる私。
「え?」
とあっけにとられる母さん。
いやだって、私の知り合った人、皆料理できるんだよ!
私だけできないとか、なんか恥ずかしいじゃないか!
「あ、あはは……レンちゃん、今までにない真剣な表情で、何を言うかと思えば……もぅ、本当に面白い子だなぁ」
なんて言ってくる。
うぅ、私はいたって真面目に言っているんだけど。
「ふふ、良いよ。レンちゃん、今日は一緒に作ろうか」
その言葉に。
「やった!ありがとう母さん!」
と、また抱きついたのはご愛嬌。
扉を挟んだ壁の向こうで。
「今日は蓮華の手作り!?こ、これはお菓子などを食べている場合ではありませんね。少しお腹を空かせる為に、魔物でも狩ってきますかね」
なんて兄さんが言っているのを、私は知らなかった。




