173話.ある日の時の世界(タカヒロ)
何度繰り返しただろう。生まれては死んで、生まれては死ぬ。『輪廻転生』というスキルを、俺は最初の転生で授かった。
蓮華とアーネストに話した、猫を助けて死んだという話は本当だ。一番最初の、という意味でだが。
『おめでとう。数ある魂の中から、貴方は選ばれた。同じ世界と他の世界、どちらでも好きな世界で人生を再度歩めますよ』
目が覚めてと言うのも変な話だが、目の前の美しい男性からそう言われた。イケメンって言うより、美しい絵画のようだった。
着ている服は白いローブのみだというのに、神々しさを感じる。なんていうか、昔の人がありがたや~って拝む気持ちが少し分かるというか。
「転生、という事ですか?」
『貴方達流に言うならそうですね。ただ、貴方が亡くなった世界では魔法や魔術、スキル等使えませんので、一度目の人生で得た知識のみ引き継ぐ形になりますが』
成程、確かに日本でそんな力を使える人間が居たら有名になっていただろう。ただ、今の知識を引き継いだところで、俺は別に頭が良いわけじゃないしな。
転生する時代が未来なのか過去なのか、それとも死んだ時と同じ時代なのか分からないが……別に人生をやり直したいという悔いがあるわけじゃないし。
「あの、第三の選択肢ってありですか?」
『第三?』
不思議そうに聞く彼に、俺は正直な自分の気持ちを伝える事にした。
「はい。俺をこのまま死なせてくれませんか。別段、第二の人生を歩みたいとか思ってませんので。もし猫を助けたのが評価された故での転生なら、意識してやったわけじゃないし、体が勝手に動いただけなんですが……恩赦というか、そういうので駄目ですかね?」
そう伝えると、彼は笑顔で冷酷な事を告げてきた。
『……ふふ、面白いですね。神が、人間の望みを叶えると思いますか?仮に神が手違いで人間を死なせたとしても、その事に罪の意識など持ちません。貴方の記憶を覗かせてもらいましたが、貴方の世界の想像の神が行う、謝罪により何かを与えるなど……人間如きが何様なのか』
やはり彼は神なのか。人の記憶を勝手に見るあたりもそうだが、色々と分かり合えない思考をしているな。ま、俺の想像する神には酷似しているが。
神ってあれだろ、基本人間を見下しているし、人間が死んだからって、そうなの?程度にしか思わないだろうさ。人間だって、アリを踏み潰したからって罪悪感を感じないのと一緒だ。いや感じる人もいるかもしれないが、そのレベルで人間に罪悪感を感じる神も少ないと思う。
『最初に言った通り、選択肢は二つ。どちらの世界で再度人生を歩むかですよ』
どうやら俺の希望は通らないようだ。なら、元の世界だと中々死ねないだろうし、他の世界にするか。転生してすぐに魔物にでも殺されるのが手っ取り早いだろ。
それで神様の転生させるって要望には応えてるし、俺のもう生きたくないという想いも叶う。自殺するほど死にたいわけじゃない、だけど生きるのがもう面倒だという軟弱な思想の俺は、他者に殺してもらわないと死ねないからな。
「なら、他の世界で」
なので、そう答える事にした。それを、後で後悔したが。
『分かりました。転生するにあたり、一つスキルを与えましょう。貴方は他の魂と違い、生気が薄いようですから。特別なスキルを、ね。きっと、役に立ちますよ。では、第二の人生を楽しんでくださいね』
その言葉を最後に、俺の意識は途切れた。
意識が覚醒しても目は開けられず、手足も動かせない。ただ、耳から聞こえてくる言葉が、俺が赤ん坊であると理解させた。
第二の人生は、平々凡々に終わった。元々死にたいわけじゃないが、生きたいわけでもなかった俺だ。すぐに死ぬだろうと思っていたのに、90歳まで死ねずに生きてしまった。最初の人生より2倍近く長生きしてしまった。
ま、これでようやく俺も生きなくて良い。そう思って目を瞑ったのに。
『おめでとう。数ある魂の中から、貴方は選ばれた。同じ世界と他の世界、どちらでも好きな世界で人生を再度歩めますよ』
またこの言葉を聞く事になるとは。しかし、目の前の神は以前と違った。
同じ白いローブ姿なのは変わらないが、今度は美女だった。やたらと肌が露出している為、目のやり場に困る。
『あら?貴方は輪廻転生のスキルを授かっているんですね。あいつがこのスキルを授けるなんて……運が良いというか悪いというか……』
思案顔でブツブツと何か言っているようだが、後半は聞き取れなかった。
『コホン。貴方は輪廻転生のスキルをすでに授かっていますので……』
ああ、もうスキルは受け取れないって事か。輪廻転生っていうのは、何のスキルだと思っていたが……文字通り転生するスキルだったのか。
生きるのを嫌がってた俺にこんなスキルを与えるとか、あの神良い性格してやがるぜ。
『……同じ世界にしか転生出来ません。その代わり、新たなスキルを授けますので、役立ててくださいね!ではでは、グッドラックー♪』
「ちょ、待……」
スキルまたくれるんかいっ!言いたい事を言わせてもらえず、また俺は同じ感覚を味わった。
そうして、第三の人生が始まった。
今回得たスキルは『オーラ』というものだった。これは肉体を鋼のように硬くする事も可能で、魔物が普通に跋扈しているこの世界ではとても役に立つスキルだった。
前の人生では良くも悪くも、ただの平民だったからな。魔物が出ても逃げていたし。自殺願望があるわけじゃないから、勿論逃げたさ。
そして今度もまた、寿命を迎えた。
『おめでとう。数ある魂の中から……』
これを何度も何度も繰り返した。スキルは転生する度に貰えたお陰で、凄い数になった。
そのうちの一つに、不老というスキルがあった。これは読んで字のごとくで、一切老いない。
そのスキルを授かり転生した時。数年経っても赤ん坊のままだった俺は、両親からも村人からも気味悪がられ、山へと捨てられてしまった。
様々なスキルがあるとはいえ、空腹に赤ん坊の体が長く耐えられるはずもなく、そのスキルを授かった人生はすぐに終わりを迎えた。
その後の神にこの事を伝え、スキルのオンオフを可能にしてもらった。毎回赤ん坊で死ぬのは勘弁願いたかったし、不老はある程度成長するまでオフにしたかったからだ。
これにより俺は寿命で死ぬ事はなくなったのだが、人間とは欲深いものだと思う。今度は強さに興味が出てしまった。
まぁ、不老とはいえ不死ではないので、強者に挑み普通に殺されてしまった。
何回、何十回、何百回転生したか分からない。
もう精神が、魂が摩耗して悲鳴をあげていた。けれど、スキルはただ死ぬ事を許してはくれない。スキルのオンオフは、『輪廻転生』には適応されなかった。
何度転生してスキルを授かった所で、真の強者には敵わない。
所詮人間の体だ、スキルでどれだけ強化しても、魔法をスキルで使えても、本物の化け物には呆気なく殺された。
その度に一からやり直す。スキルは増えて受け継がれていくが、体はまた最初からだ。その繰り返しに、俺は萎えかけていた。
そんな時、『輪廻転生』のスキルレベルアップにより、生前の体で転生というか召喚に近い形でやり直す事が可能になった。
これにより、今まではどれだけ鍛えても死んだら最初からやり直しだったのが、肉体の強さまで引き継げるようになった。
これには流石の俺も思わずガッツポーズしてしまったさ。まず、毎回名前が違うのも嫌だった。だから、一番最初の名前……日本でつけられたタカヒロという名で生きる事にした。
この世界は貴族制だったから、平民に家名は無い。だから日本の名字は捨てる事にした。
両親が最初につけてくれたタカヒロという名前だけは、大切にしたかった。
なにより、俺の原点だから。もう顔も思い出せないくらい昔の……この名前だけが、元の世界から引き継いだ唯一のものだから。
それから一生懸命肉体を強化して、授けてもらっても手付かずだったスキルを使って訓練を繰り返した。
強さにも自信がついた頃、俺は魔界最強と称される魔王リンスレットへと戦いを挑んだ。
結果で言えば惨敗。もう思いっきり、何も言えないくらい圧倒的に、俺の大敗だった。
俺の鍛えたスキルは悉く無効化され、通用しなかったのだ。
その時の縁から、俺は今こうして時の世界なんて場所に居るわけだが。ほんと、どうしてこうなったんだか。
「瞑想中か?」
「……リヴァルか。どうした?」
「いや、少し話したかったんだ。他の皆はもう部屋で寝ているから聞かれる心配はない」
リヴァルは未来の蓮華、つまり俺の未来を知っている事になる。それには俺も興味はあった。
「死が、怖くはないのか?」
突然そう言われ、目を見開いてリヴァルを見る。
「貴方は、ノルンを救う為に自分の命を捧げた。何の抵抗もせず、死を受け入れた。……勿論、ノルンの為という想いは分かる。だけど、余りにも……死をなんとも思っていないように感じて、な」
リヴァルは俯いてそう言った。成程、別段気にした事は無かったが故に、態度に出てしまっていたという事か。
「ああ、俺は死は怖くない。いや痛いのは嫌だぞ?どうせ死ぬなら痛みなく死にたいしな」
「はは……」
リヴァルは苦笑しながら俺の話を聞いている。だがその顔は真剣だった。だからこそ……伝えるべきと判断した。
「未来のお前になら良いか。俺には『輪廻転生』という特別なスキルがある。だから、死んでも生き返っているはずだ」
「なっ!?」
「だから、未来に戻ったら探せ。俺はきっと、どこかで情勢を伺っているはずだ」
「!!……そうか、そう、か。タカヒロさんは……タカヒロはまた、力を貸してくれるだろうか?」
美人に上目遣いでそう言われると照れてしまいそうになるが、そこは年の功。ポーカーフェイスを気取って表情を引き締める。
「きっとな。ほら、これをやるよ」
「これは、文殊?」
「ああ」
そう、この時の世界にきてから、毎日作っておいた物。
「一つ一つに文字が刻まれてるだろ?結と界で組み合わせれば結界の効果が出たり、な。俺が知ってる漢字を色々と入れておいたから、好きに使ってくれ。これは俺が指定した者なら誰でも扱えるからな」
「それって、つまり……」
リヴァルが俺の意図に気付いて、顔を紅潮させる。そう、その文殊のある言葉を繋げれば、俺を探す事も可能だ。
「ありがとう、タカヒロ。世話になってばかりだな、私は」
「気にするな。その代わり、皆を救ってやってくれ。それはきっと、お前にしかできない事だ」
「ああ、勿論。そうだ、酒を持って来たんだが一緒に飲まないか?蓮華達とは流石に飲めないし、一人寂しく飲むのもな」
「はは。中身は飲める歳だったんだろ?ま、それならご相伴に預かるとするか」
この時の世界にも疑似の月が出ている。今日は満月で明るい。
「月が綺麗だな」
「告白か?」
「ははっ……そう受け取るのは日本人て気がして嬉しいな」
そう言うとリヴァルは優しく微笑んだ。時の世界での、ある日の出来事。