171話.時の世界② ☆
時の世界で生活を始めて、1年が経った。
初めは普通に生活する事すら四苦八苦していた私達だったが、今は普通に生活が出来るようになった。
言葉がたどたどしかったゼロも、私達から寝る前に毎晩文字を習った成果もあり、今では普通に話せるようになったし。
ゼロはまだ1歳である事も考慮すれば、転生した子供以上の成長と言えるんじゃないだろうか。
まぁ、1歳ですでに私達についてこれる事自体、異様だけども。
「なぁリヴァルさん、そろそろ特訓を開始しても良いんじゃね?俺達も普通に生活出来るようになったしさ」
アーネストがコップにジュースを注ぎながら言う。最初の頃は、このコップを持つ事も、ジュースの入れ物を持つ事も集中しなければ出来なかったけれど、それも今は特に意識しなくても普通に出来る。
「勘違いしているようだな。この世界で普通に生活する事。それ自体が、すでに特訓の一つだぞ。お前達は今、ずっと魔力やオーラを使っている状態なんだ。それに慣れるって事がいかに凄い事か、認識した方が良いな」
「「「「!!」」」」
「はは、こいつらを一般の奴らに当てはめても仕方ないさ。普通なら数十年は掛かってマスターするような事も、こいつらは僅か一年でやってしまうんだからな。大したもんさ実際な」
「ふ、そうだな」
リヴァルさんとタカヒロさんが手放しで褒めてくれるので、少しくすぐったい。
「目の前にその俺達よりすげぇ人らが居るから、あんま実感湧かねぇなぁ」
「そうよね」
「うん」
アーネストにノルン、ゼロまでもがそう言うので、台無しなんだけども。でも確かに、同じように初めて入ったはずのリヴァルさんやタカヒロさんは、入ってすぐに適応したんだよね。
「そこら辺は同じ様な事を他で体験した事があったかどうか、の差さ。俺と、そして多分リヴァルも同じ経験があるんだろう」
「ああ、その通りだ」
成程……そう言われれば是非もない。
「まぁ、焦るな。少なくともあと数年、普通に暮らす事だ。土台がふにゃふにゃの上に、立派な家は建てられないだろう?」
それは確かに。例え建てても、何かあればすぐに壊れてしまいそうだし、建て直すのも大変だ。
「ちぇっ、分かったよ。ならまだ少しの間遊んどくかー。ゼロ、外の探検に行こうぜ!」
「分かった。この間行った洞窟、今日は最深部まで行ってみよう」
「おお、良いなそれ!」
アーネストとゼロはすっかり親友のように仲が良くなっている。寡黙だったゼロも、アーネストに影響を受けたのか、少しづつ明るく話せるようになっていた。
「暗くなるまでに帰るのよゼロ」
「そうそう。ゼロを悪の道に引き込むなよアーネスト」
「それはアーネスト次第かな姉さん」
「おまっ、ゼロ!?それに蓮華!俺が諸悪の根源みてぇに言うのやめろよな!?」
なんていつも通り話していたら、リヴァルさんとタカヒロさんが笑い出した。
「はは。ま、良い事だな。よし、なら俺も付き合おうゼロ、アーネスト」
「マジで!?」
「良いの兄さん!?」
二人が嬉しそうに問いかける。それに笑って答えるタカヒロさん。
「まぁタカヒロさんが引率してくれるなら安心かな」
「そうね。ゼロ、あんまり無茶すんじゃないわよ?いくら慣れたと言っても、流石に崖から足を踏み外したら怪我じゃ済まないかもしれないんだから。タカヒロが居るから、大丈夫だろうけど一応ね」
「了解、姉さん。兄さんが居るし大丈夫だよ」
「俺泣いて良いかタカヒロさん」
「はは、安心しろ。俺はお前を信頼してるよ。俺は保護者感覚じゃなく、仲間感覚でついてくつもりだからな?」
「そうこなくっちゃな!」
わいわいと言いながら、三人は外へと出て行った。残された私達はというと。
「五月蠅い男共が居なくなったし、ようやく女子トークが出来るわね」
……ノルンは忘れているかもしれないけれど、見た目は確かに女三人だけれども。私も、そして未来の私であるリヴァルさんも、中身はその……。
なので、実際は男二人に女一人というか。いやリヴァルさんはもう、女子とカウントしても違和感ないわけだけれど。未来の私と分かっていても、どうしてももう男とは見れないわけで。
あれ?そういえば、ノルンってリヴァルさんの事を知ってたかな?……。……あー!話してない気がするぅ!
つまり、ノルンの中ではリヴァルさんはリヴァルさんとしてしか知らないわけで、要は未来の私って知らないわけで!?
「あ、あの、ノルン。その、言ってなかったけど、その……リヴァルさんは、ね?」
「ああ、知ってるわよ。未来の蓮華なんでしょ?」
「へ?」
「リンスレットからもう聞いたわよ。それがどうかしたの?」
私の葛藤した苦しみを返してほしい。そっか、リンスレットさんが話したのか。そうだよね、むしろ話すのを忘れてた私がアホだよね。
「ううん、なんでもないんだ……」
「……ああ、アンタもしかして、実際は男二人に女一人なんだけどなぁとか考えたワケ?」
「ぎっくーん!?」
「ぎっくーんてアンタ……口に出して言う奴初めて見たわよ。というか、私はもうアンタを女としか見てないわよ。確かに元はアーネストだったのかもしれないけど、その体は女性で、女性として生活してる。それなら、アンタは女なのよ。誰が何と言おうがね。まぁ、アンタを男なんていう奴いないでしょうけど」
ノルンが真剣な表情でそう言って、私を認めてくれている。どこまでも、どこまでも優しいノルンに、私は何も言えなくなってしまう。
思えば、初めて私がアーネストの片割れだと打ち明けた時も、冷やかしたりせず、真剣に話を聞いてくれた。
その上で、私を友達だと言ってくれた。
「……うん、ありがとうノルン。ノルンはやっぱり、最高の友達だよ」
「別にお礼を言われるような事じゃないけど……まぁ、受け取っておくわ」
そう言って横を向いたノルンの頬は赤く染まっていて。
「ノルンッ!」
「!?」
そう言って抱きしめたのは、私じゃなくリヴァルさんで。
「ちょっ、リヴァルさん!?」
「ノルンはやっぱりノルンだなぁっ!」
「良いから離しなさいよ!?ええい、蓮華だと分かっていても、リヴァルさんって感じが強くて戸惑うわねこれ!?」
ノルンがどうして良いかわからず、あたふたしていて笑ってしまう。
「笑ってないで助けなさいよ蓮華!友達が困ってるでしょうが!」
「そ、そうだね!友達が困ってるんだもんね!」
「なんでそこで嬉しそうなのよアンタはー!って痛い痛い!?リヴァルさんの抱きしめる力が悪化したんだけど!?」
だって、私は今とてつもなく嬉しいわけで。そんな私が嬉しいんだから、未来の私はもっとだろう。
そんなこんなで、私達は集まってもキャピキャピとした可愛らしい女子トークなんて出来るはずもなく、魔物の弱点や倒し方なんて話をしてた。
うん、これ女の子が集まってする話じゃない事くらいは私でも分かる。どっちかというと、男が……というか冒険者が集まってする話のような。
でも、まぁそんな話も楽しくて。特に、未来でノルンが敵になっているリヴァルさんからしたら、この時間はとても大切な時間だろうと思う。
それからまた一年、食う寝る遊ぶを繰り返した。この世界は結構広く作られていて、探検するのも楽しかった。
生物は居ないとの事だったけど、精霊は沢山居て。大精霊の分身体の皆が、マナシスという精霊を生み出してくれていたおかげで、水は流れているし木々も生えていて、風も気持ち良い。
山があるから崖もあって、登って頂上から見る景色はとても美しくて。
空を飛ぼうとしたけれど、それは流石にまだ出来なかった。魔力の扱い方がまた違うみたいで、上手く使う事が出来ない。
これもまた要修練だね。とりあえず、こうやって歩いたり走ったりするだけでも特訓になっているって事なので、私達は色々な場所へと行った。
流石に毎回家に帰るのもあれなので、チームに別れて数日探検したりして。
特訓というよりも、なんていうかスローライフを楽しんでいるような感覚だ。他に生物は居ないけれど、精霊が至る所に可視化して存在しているので、寂しいという事もないし。
川の水はとても綺麗で、水のマナシスが浄化してくれているおかげでそのまま飲んでも問題ない。
肉はアイテムポーチの中に沢山入っているので、魔法で増やしてからそれを焼いて食べる。
この世界に出した時点で、その肉についていた微生物なんかは、この世界に耐えきれずに死滅してしまうようで、焼く必要もないみたいだけれど……やっぱり、肉は焼いてなんぼだよね?
相変わらずノルンは料理の腕が壊滅的なんだけど、最近ジャガイモの皮を少し向けるようになったので、上達していると思う。
今は私とノルン、アーネストとゼロ、リヴァルさんとタカヒロさんの3チームに分かれて探検をしている。
そろそろ約束の10日が経つので、帰っている所だ。
「ふぅ、今回も楽しかったわね蓮華」
「うん!次はもっと遠いところまで冒険に行きたいね!」
「そうね、あの山の向こう……どこまでも続いていると錯覚するくらい、広い草原だったわ。あの先に何が広がっているのか、見てみたいわね」
なんてノルンと話しながら、家に辿り着く。
早速旅の疲れを癒す為に、温泉に入る事にした。なんとこの家、普通のお風呂と大浴場の温泉の二種類あるのだ。お風呂と温泉があるなら、そりゃ温泉に入るよねっていう。
最初ノルンは普通のお風呂に入ろうとしたんだけど、リヴァルさんに無理やり付き合わされ、今はもう普通に温泉に入るようになった。
「リヴァルさんって、アンタよりかなり強引よね。時々アンタだって思わなくなるわ」
「あはは……」
うん、私もリヴァルさんはもう、未来の私と思えないのが正直な所で。
ちなみに、母さんから渡されている体の成長が止まる魔道具は指輪なので、取り外さずにつけたまま入っている。指輪のお陰で邪魔にならないから助かる。
「ふぅ~……体を動かした後に温泉に入ると、本当に気持ち良いわよね。出たらもう眠くなるのが困るけど」
「わかるぅ~」
温泉につかった私は、すでに脱力状態でノルンの言葉にも生返事だ。
「……だ……て……!」
「………も……か……」
あれ?なんか、脱衣所が騒がしいような?
と思った瞬間、扉がガラガラッと開く音がした。
湯気が新鮮な空気と共に流れていき、その姿が露になる。
「よっしゃ!一番!」
「だからアーネスト!そこに姉さん達の衣服がっ……!」
「「……」」
「あれ?蓮華にノルン?」
「あちゃぁ……」
ゼロは顔に手を当てて、横を向いている。アーネストはというと、信じられないといった顔だ。
「アーネスト、覚悟は良いか?」
「オーケー、俺も男だ。けど言い訳は聞いてくれ」
「なんだよ?」
私はバスタオルで体を隠しながら、ソウルを右手に出現させる。形状を刀からバッドへと変えて。
「気付かなかっ……」
「知ってるわー!」
思いっきりバッドを振り切る。ゴスゥ!と良い音を立てて、アーネストは向こうへと吹き飛んでいった。
「ゼロ、君はアーネストを止めようとしてたし、何も言わないけど……アーネストを頼んだよ」
「り、了解、マム」
なんて敬礼してから、ゼロはアーネストを追っていった。
「蓮華、アンタ半端ないわね……出る幕が無かったわ……」
なんてノルンが温泉につかったまま言うのに苦笑していると
「なんだ、この騒ぎは?」
なんてリヴァルさんが驚いた顔で入ってきた。すっぽんぽんで。
「リヴァルさん服!服きて!?」
「なんでだ?温泉に入るのに、服は着ないだろう?」
それはそうなんですけど!
とりあえず、事情を説明した。
「成程な。男湯と女湯で二つ作れば良かったな。今まで奇跡的にこんな事が起きなかったから気付かなかったな」
確かに。もう2年は生活しているのに、ちゃんと分かれて入ってたもんなぁ。
「まぁ、良いんじゃないか?私は別にアーネストに見られてもなんとも思わないし、タカヒロさんやゼロには少し抵抗があるが……混浴くらい私は構わないぞ。あいつらなら狼にはならないだろうさ」
ああうん、こんな所は私だなぁと実感する。確かに私も、私だけなら気にしないし。今のはノルンが居たから、やってしまっただけで。
「リヴァルさんもやっぱり蓮華なのね……恥じらいとかそういうの、持って欲しいんだけど……」
何かもう、諦めたようにそう零すノルンに、私は何も言えなかった。
「おーい!とりあえず今は女性陣が入る時間って事で良いかー?俺達は後で入るから、全員上がったら言ってくれー!」
「ああ、了解だー!すまないなー!」
タカヒロさんが遠くからそう言ってきたので、リヴァルさんが返事をした。それから私達は、体が火照るまで長々と温泉を楽しんだ。
出た時にアーネストが机に上半身を預けながら
「なげーよ……」
と言ったのに笑ってしまった。
それから男性陣も温泉から上がり、全員リビングでまったりしていた時の事。
「なぁ蓮華、模擬戦でもしねぇ?」
「えー、私もうパジャマに着替えたんだけど」
私は今、全身をモコモコの羊パジャマに包まれている。このパジャマは寝心地が最高で、寝転がったら数秒で夢の世界へと旅立てる一品だ。
アーネストはというと、風呂上がりだというのに兄さんから貰った服を着ていて、私が言うのもなんだけど……カッコイイ姿で立っていた。
「はぁ、しょうがないなぁ」
そう言って、私は自分の部屋へと戻って兄さんから貰った服へと着替える。
リビングに戻ると、アーネストは立ったまま待っていた。
他の皆はもう観戦モードだ。
「よし、なら俺が審判してやろう。大立ち回りは無しでな、この場所でこの円の中で決着をつける事。それで良いな?」
「おお、それで良いぜ!」
「うん、了解」
私とアーネストは向かい合う。
お互い武器はまだ仕舞ったまま。
「温泉で体もあったまってるし、軽い運動がてら、楽しもうぜ蓮華」
「はいはい。負けても悔しがるなよ?」
「はは、言ってろ!」
「やれやれ。それじゃ、はじめ!」
それから私達は、寝る前まで戦った。
私達の戦いに当てられたのか、ノルンやゼロまで交代で戦う事になって、また汗をかいたので、再度温泉に入る事になったけどね。
途中の挿絵ははるきKさんより頂きました。
新衣装のアーネストです。前回の蓮華共々、ありがとうございます。




