170話.ナイトメアとソロモン(アスモデウス)
「うぐぅ……」
最後の一人が、私に精を奪われて地面へと倒れる。これで全員気を失ったわね。聞き出せた情報をまとめると、この集落は魔族から魔物へと変化した後に、また魔族へと戻る……一時的な変化の実験をしていたようね。
朝から昼の間は魔族の状態で、夕方から夜の間魔物へと変化する。
結界が張られたのは、魔物へと変化した魔族が、外へと出ないようにする為。
「にしても、不っ味い精だったわね……こいつらどれだけ不健康な生活してるのかしら……これなら、まだ人間の夢から精を奪った方が美味しいわよ……」
独り言つが、嘆いても仕方がない。私の魂に刻まれた、色欲の罪。これは定期的に他者の精を必要とする。
精とは、生きる活力を指す。死者はこの精が無く、精の強い者を苦手としている。精を奪いつくされた者は、等しく廃人と化すのだ。夢魔であるインキュバスやサキュバスは、この精を奪って生きている種族だ。ある意味で共存している為、殺さずに加減するのは自分達の為だ。その最高峰の位に居るのが、私だ。
「贄がいつまで経っても運ばれてこないと思えば、お前かアスモデウス」
「!!……貴方は、ゼクンドゥス」
確かこいつは、誰にも仕えていないフリーの魔神だったはず。あの大戦でも、こいつは第三者として魔族を虐殺する事はあっても、主体となる事は無かった。
崖の上から降り立ったゼクンドゥスは、地面に転がっている者達に片足を乗せる。
「……成程、精を奪ったか。食事というわけだな。何も、ここでせずとも良かろうに」
どうやら、良い具合に誤解してくれているようだし、いえ誤解というわけでもないけれど……合わせてみましょうか。
「私がどこで誰から精を奪おうと、指図を受ける言われはないわ。それは例え唯一魔王リンスレットであっても」
目をギラつかせて、ゼクンドゥスを睨む。すると、彼は両手を軽く上げ、まるで敵意はないと示すかのようだった。
「はは、知っているとも。孤高の王、アスモデウス。まぁ良い、都合が良いと言えば都合が良い」
「……」
「そう警戒するな。俺も今はある方に仕える身でな。その方から、お前を連れてくるように命を受けているのだ。至急というわけではないが、出会う事があれば丁重に、とな」
「私を?」
「ああ。お前も良く知っている方だ。なにせ、お前の元主だろう?」
「!!」
リンから話は聞いている。ソロモンが蘇っていると。成程、サタンを追ってここまで来ましたが……そちらも重要事項ですね。
ただ、それを知っていたと思わせない方が良いだろう。
「ソロモンが?彼は死んだはずでは?」
「ふむ、流石のお前も知らなかったか。ソロモンは転生していたのだよ。ソロモンとして覚醒したのは、少し前だそうだ。そして、蘇ったソロモンは……魔界を支配するつもりだ。魔界だけでなく、地上や天上界……ゆくゆくは神界までもな」
「呆れたわね。まだそんな野望に身を焦がしているの?」
「そのようだぞ。だが、今の奴の力を身近で味わえば……決して絵空事ではないと分かるはずだ」
「無理よ。リンスレットに加えて、マーガリンやロキも居るこの地上と魔界で、そんな事は不可能よ」
「ククッ……その点もすでに動いているさ。奴らは強大だが、弱点がある。そこを突き味方に引き入れるのだ」
成程、それで蓮華さんやノルンを誘拐しようとしたわけね。まぁ、それはすでに失敗しているわけだけれど。
「……どういう事?」
「これ以上を聞きたければ、ついてくるが良い。俺が案内しようではないか」
「……分かったわ」
すぐ近くの岩山に、洞窟が隠されてあった。認識阻害をかけてあったようで、普通には見つからない場所だ。
そこから下へと階段が続いている。
「ねぇゼクンドゥス、貴方は何故ソロモンについたの?確か、以前の大戦でも誰の下にもつかなかったでしょう?」
黙ってついていくよりも、少しでも情報を集める為にゼクンドゥスへと話しかける。そうでなければ、誰が話しかけるものか。
ゼクンドゥスは少し驚いた顔をした後、意気揚々と話始めた。
「ほぅ、お前がそんな事を聞いてくるとは意外だな。良かろう、他でもないお前の質問ならば、答えようではないか」
えらくもったいぶった話し方をするゼクンドゥスに辟易とするが、続きを促す。
「俺にはどうしても手に入れたい物が出来た。だが、それを手に入れる為には……色々と障害があってな。普段ならば俺だけでもなんとかなるのだが……相手が悪い。そこで、ソロモンから持ち掛けられた話は俺と利害が一致したのだ。だから、俺は手を貸す事にした」
要は、自分だけじゃ無理だから渡りに船な話に飛びついたのね。情けない話を何故そんなに嬉々として話せるのかしら、理解不能だわ。
「そして、ソロモンの勢力は以前よりも増しているぞ。俺も後から知ったのだが、『ナイトメア』とも協力関係にある」
「!!」
それは今一番知りたい情報の一つだった。寄り道をしたつもりが、一気に本命に近づけた事に驚く。
「おっと、話は一旦ここで終わりだ。着いたぞ」
階段を降り、いくつかの魔法陣を経由して辿り着いた場所。
そこは、暗闇でありながら星々が煌めく夜空が目の前にあるかのようだった。
その場所で、一人背を向けて立っていた者が、こちらへと振り向く。
「やぁ、久しぶりだねアスモデウス。会いたかったよ、とても」
「……ソロモン」
そこには、優しい表情でこちらを見る……忘れもしない、存在が居た。




