167話.真の契約とプレゼント ☆
翌朝目が覚めると、枕元の横に黒い衣服が畳んで置いてあった。
もしかしなくても、兄さんが置いてくれたのだろう。ついに完成したんだ。
早速着替えて姿見鏡の前に立つ。
「うわぁ、なんていうか昔の女子高生みたいだ……」
黒いセーラー服、それが一番イメージに近い。お腹がちょっと見えてるし、スカートも短いけれど。その代わりふとももまである黒い……タイツって言うんだっけ?それがあるので寒くない。
ふともも周りに赤いリングのようにある模様は、他の部分とは何か別の魔力を感じる。
見た目セーラー服なんだけど、腕の部分は肩までしかなく。これまた黒く長い布、マンシェットって言うんだっけ?それに腕を通す。そして最後にマントというか、ジャケットかな。襟が立っていて邪魔そうかと思えば、そんな事は無く。
外側は黒色、中は赤色という、全体的に黒と赤で調和された、全部着込む事でとてもカッコイイ服装になった。
これを普段着とか、少し恥ずかしいけれど……兄さんが一生懸命、私の為に作ってくれた服だ。大切にしよう。
「おはよう皆」
リビングに行くと、すでに皆揃っていた。私の姿を見て皆が驚きの表情になる。
「うわー!うわー!!蓮華さんかっこ可愛いっ!」
「くぅぅっ!ロキ、良い仕事してるじゃないっ!最高よ!」
「お褒めにあずかり。しかし、想像以上ですよ蓮華。兄は感動で前が見えませんとも」
「おお、良いじゃん蓮華!めっちゃ似合ってるぜ!」
皆が手放しで褒めてくれるので、流石に照れる。あと兄さん、なんで泣いてるんですか。
「アーネストもよく似合ってるぞ。どこの王子様だ?」
「へへ、今はその憎まれ口も嬉しいぜ。なんせ兄貴が俺の為に作ってくれた服だからなっ!」
「アーネスト……!」
おいアーネスト、兄さんに追い打ちをかけるように言うな。兄さん感動で打ち震えてるだろ。
にしても、本当にカッコイイ服だと思う。馬子にも衣装というか。こちらは白をベースに、所々に黒のラインがある。私と違って長袖長ズボンだけれど、多分魔法の加護で暑くならないんだろうな。
皆で話していたら、玄関の扉が開いた。そこにはリヴァルさんと、大精霊の皆が揃ってきていた。
「レン、アーネスト。よく似合っていますね」
「ええ。可愛いしカッコイイわよ」
ディーネにセルシウスが開口一番に褒めてくれる。それに続く様に、大精霊の皆が和気あいあいと私達の衣装を褒めてくれた。
「皆ありがとう。今の皆は本体なのかな?」
「ええ、そうよ。連れて行くのは分身体だけれど、そちらはもう送っておいたから。先にその世界に慣れさせるためにもね」
成程。というか逆換算になるなら、こうしてる間にもその分身体はもう何十年も過ごしているんだろうな。
「それじゃ皆は見送りにきてくれたんだね、ありがとう」
「それもあるけれど……それだけじゃないの」
「うん?」
セルシウスがまっすぐに私を見る。私もそれに応える為に、背筋を伸ばす。
「レンゲ、それにアーネスト。私達大精霊は、貴方達の友であると同時に……仲間でありたいと思ってる。助けられるだけじゃなくて、助け合える仲間として」
「そんなの今も……」
そうじゃないか、と言おうとして口を噤む。皆が真剣な表情で、続きを言おうとしてくれたのが分かったから。
「いいえ、私達は今のレンゲではないけれど、以前のレンゲを助けられなかった。それはひとえに、私達が大精霊という立場に甘えていたから」
以前の、というのは……きっとリヴァルさんの事だろう。リヴァルさんの方へと視線を向ければ、背を壁に預け、目を閉じ静かに聞いていた。
「私達は通常の契約を行っていない。だから、私達の力は制限されている。でも、それではダメなの。それでは……肝心な時に、全力を出しても全力を出せない」
それは、出せる力の中では全力だけれど、本当の全力ではない、という事だろう。
「レンゲが、アーネストが……未来を変えようと努力してる。なら……私達も、その手助けがしたい。だから……」
「おっと、そこはお主だけに言わせんぞセルシウス」
「そうだよ!姉御に言うのは皆で!ね?」
「……ふふ、そうね」
イフリートが、サラが、セルシウスに微笑んで言った。他の大精霊達も頷いて、そして。
「「「「「私達と真の契約を」」」」」
と言ってきた。真の、契約。私は、契約というのを単なる約束事のようにしか認識していない。皆との繋がりも、ただ友人感覚でしかなかった。
だけど、皆は違った。私の、私達の力になりたくて、それでも私が望まないから、言わなかった、言えなかった。
でも、そこにリヴァルさんから未来の話を聞いたのだろう。考え、悩み、それでも言わずにいられなくなったのだろうと思う。なら、私から言う事は一つだ。
「……うん。よろしく、皆」
その一言で、大精霊の皆が嬉しそうに笑ってくれる。嬉しいのは、私の方なのに。皆自分の事のように喜んでくれる。
それから、大精霊の一人一人……一霊一霊って言うんだろうか?まぁいっか一人一人で。神様だって一人って言っちゃうから今更だよね。
契約を上書きしていく。これまでは、単なる魔力回路の繋がりとして、私の魔力の強さまでは力を貸す、だったらしい。対等な友人ではそれが限度だったらしい。
けれど真の契約では、それが一変する。完全なる主と従者の関係になり、主は従者の力を最大限に引き出す事ができるとの事。
つまり、私の力以上に大精霊の皆が強くても、その力を全て借りる事が出来るのだ。
「ふふ、現時点でレンちゃんは神々に並ぶ、ううん超える力を手に入れちゃったわね。もう時の世界に行かなくても良いかもしれないよ?」
なんて母さんが言ってくれるけど、それは違う。
「ううん母さん。これはあくまで皆の力。あ、誤解しないでね?皆の力が私の力だって言ってくれるのは分かってる。だけどそうじゃなくて……私自身の、ユグドラシルの力を引き出したいんだ。だから……特訓はするよ。後、皆の力も使いこなしたいからね。その為の分身体を、先に送ってくれたんでしょリヴァルさん?」
「!!」
あの時、リヴァルさんはそれだけじゃないって言っていた。それが、この事だったんだろう。時の世界でも、精霊の力を行使出来るように。
「やれやれ。お前はもう私と同等の精霊王の力に限りなく近い力を得たんだぞ。だが、それを制御する為には時間がかかる。私は戦いの中で学んでいったが、お前は時間をかけて土台を強固に出来る。少し、嫉妬してしまうくらいにな」
そうリヴァルさんが微笑んでくれるのを見て、私も苦笑してしまう。だって、あのリヴァルさんがそんな事を言うなんて初めてだったから。
「リヴァル、少し良いですか?」
「兄さん?」
そんなリヴァルさんに、兄さんが近づく。手に何かを持って。
「これを。兄からのささやかなプレゼントです。未来の私には、上手くいっておいてくださいね」
「これは……」
兄さんからのプレゼント。それは、今リヴァルさんが来ている服の、元の姿だろうか。
ボロボロになっていない、綺麗な服。それを受け取ったリヴァルさんは、目に涙を浮かべて服を抱きしめた。
「……り……とう。ありが、とう……兄さん」
「どう致しまして。貴女も私の大切な、妹ですからね」
敵わないなぁ、兄さんには。そっか、時間が掛かっていたのは、私とアーネストの分だけじゃなく……リヴァルさんの分まで秘密裏に作っていたからだったんだね。
「ふふ、これも受け取ってねリヴァルちゃん」
「……母さん?」
それは、鞘、だろうか。綺麗な装飾に彩られた、美しい鞘。
「これは……?」
「ソウルイーターを出してもらっても良いかしら?」
「あ、うん」
リヴァルさんがソウルを出現させる。私のソウルとは違う、何かを失ったかのように感じるその刀身。母さんはソウルを、その鞘にいれた。
すると、凄い勢いで魔力がソウルに注がれていくのが分かる。
「な、これは!?」
「治癒能力を極限まで特化させた鞘なの。それに常時入れておけば……失ったココロも、取り戻せるかもしれないわね?」
「!!……母さん、兄さん……ありがとう……」
私達はその光景を、あったかい気持ちで見守っていた。未来で、私達の想像もできないような戦いを繰り返してきたであろうリヴァルさん。
服は自己治癒が効かないくらいボロボロで、その精神もボロボロになって、一縷の望みを託して過去へと来た。
リヴァルさんの気持ちを、私では推し量る事はできないけれど……それでも、今、リヴァルさんが泣く程に喜んでくれている事は分かるから。
それからリヴァルさんが泣き止むのを待って、照れくさそうにそっぽを向く姿に笑ってしまって。それから、ノルン達が来るまで雑談する事少し。
コンコン
「マーガリンさん、いらっしゃいますか?」
この声はノルンだ!
「居るよー。入って良いからねー!」
「あ、はい。お邪魔します」
そう言って扉を開けて入ってきたのは、ノルンにタカヒロさん、そしてゼロの三人だった。
「うおっ!?多いな!?」
「だい、せい、れい?」
タカヒロさんとゼロが驚くのも無理はない。リビングがいくら広いとはいえ、数十人といればちょっとした教室だから。
「いらっしゃいノルン、タカヒロさん、ゼロ。リンスレットさんから聞いてると思うけど、あの世界ちょっと特殊だから気を付けてね」
「あれでちょっとって言うのは蓮華くらいだと思うけど」
そうかな?そうな気もする。母さんや兄さんのする事に慣れてくると、ちょっとの基準がおかしくなってきている気がする。
「というかアンタ、この短い間に何があったのよ。まーた魔力の質が恐ろしいくらい変わってんじゃない。ったく、アンタは目を離すとすぐに化け物になってくわね」
「ばけっ!?」
「ぶはっ!ははははっ!」
ノルンの酷い言い様に驚いていると、アーネストが滅茶苦茶笑い出した。覚えてろよコノヤロウ。
「さて、何はともあれ揃ったな。行くとするか」
リヴァルさんの言葉に、皆頷く。さぁ、いよいよだね!




