37.ローランド侯爵家
アーネストと別れ、再び王都・オーガストへ。
今度は認識阻害の魔法を忘れない。
そしてシリウスの屋敷前の衛兵さんに止められ今に至る。
「申し訳ありません、シリウス様は現在不在です。お名前をお聞かせ頂ければ、伝えておく事はできますが、如何されますか?」
と言われてしまって、困っている。
私の名前を伝えるのは簡単だ。
簡単だけれど、それで騒ぎになったらどうしようと身構えてしまう、これまでの経験から。
「……?」
ああ、黙っていたら衛兵さんにあらぬ疑いを掛けられるかもしれない!
し、仕方ない。
「え、えっと、蓮華と言うのですが……」
と伝えた途端、衛兵さんの態度が豹変した。
「え!?ま、まさか、レンゲ=フォン=ユグドラシル様でございますか!?」
なんてあからさまに動揺して聞いてくる。
あ、認識阻害の魔法かけたままだしね。
解除する。
「っ!?」
なんか固まった。
直立不動でピシッとこう。
「あ、あの」
おずおずと声を掛けると。
「も、申し訳ありませんー!!す、すぐにシリウス様をお呼び致しますので!し、少々お待ちをおおお!!」
と言って走り去っていった。
置き去りにされる私。
えっと、このまま待っていたら良いのかな?
と考えていると。
「衛兵がとんだ失礼を。どうか、中にお入り頂けますか?」
と突然声をかけられビックリする。
驚いた、全然気配を感じなかった。
そこには、黒い執事服を着た、これぞ執事って感じの人が頭を下げていた。
漫画やアニメで見て、カッコイイと思ったのは一度や二度じゃない。
そのものほんの執事が目の前に!
感動しないわけが無かった。
じっと見つめてしまったからか、自己紹介をしてくれる。
「申し遅れました。私はローランド侯爵家の執事、ガイアスと申します。以後、お見知りおきをレンゲお嬢様」
ぐはっ!こんなカッコイイ執事さんに、お嬢様と呼ばれたよ中身おっさんの私が。
こ、これは精神的にくるな。
私が精神に大ダメージを受けていると。
「ささ、中へどうぞ。シリウスお嬢様もじきにおいでになるでしょう。何せ、あのレンゲお嬢様がお尋ねになられたのですから」
ん?あの?とはなんだろう。
「?」
疑問が顔に出ていたのだろう。
ガイアスさんが答えてくれる。
「ふふ、レンゲ様の事は、シリウスお嬢様より良くお聞きしております。当屋敷の使用人全員、レンゲ様の事を実物はどんな方なのだろうと興味津々でございまして。粗相をしてしまいましたら、何卒ご容赦を」
あんのシリウス、自分の屋敷の皆に何を言ってるんだ!?
「い、いや、特別な事は何もしていないんですけどね……」
と苦笑しながら答えておいた。
その言葉に微笑みながら
「ふふ、そうでございますか。成程、奥ゆかしい方なのですね」
なんて微笑みながら言ってくる。
そうか、これがイケメンって奴か。
私にはできない芸当を素でやってのけるとは、流石執事。
そして、豪華だけど落ち着いた感じのする部屋に通され、ソファーに腰かける。
むっはぁ……これも柔らかいぃ。これも人をダメにするやつぅ……!
なんて顔に出ていたのか、ガイアスさんにクスリと笑われた気がする。
ぐっ、なんとも恥ずかしい。
出された紅茶はとても美味しかった。
そしてしばらく待っていると。
「蓮華様!」
ダン!と扉が開けられたかと思うと、ロイヤルガードの制服の上に鎧を纏ったシリウスが抱きついてきた。
ちょ、痛い!鎧が硬くて痛いから!?
「蓮華様!わざわざ私を尋ねにいらしてくれるなんて感激です!」
「ぐぇっ……!鎧のまま抱きしめるのはやめぇてぇ!?」
「あっ!す、すみません蓮華様!!」
ぱっと離れて頭を下げまくるシリウスを見て。
「くっ……ははっ!シリウスお嬢様、貴女のそんなお姿を拝見するのはいつぶりか……はははっ……!」
なんてガイアスさんが笑ってる。
「か、からかわないでガイアス!」
何て言ってるが、シリウスは真っ赤になっている。
衣服を正して言う。
「まずは、突然来てごめんなシリウス。ちょっと頼みたい事があってさ」
その言葉に。
「はいっ!蓮華様のお頼みでしたら、何よりも優先させて頂きます!ガイアス!午後の予定は全てキャンセルよ!」
「はっ、畏まりました」
なんて言ってるが、それで良いのか。
私まだ何を頼むかすら言っていないのに。
というかガイアスさんもそれを通しちゃって良いのか。
「それで、私に頼みとはなんでしょう?」
って聞いてくるので。
「えっとね。オーブの遺跡っていうのかな、祠っていうのが合ってるらしいんだけど、あそこの手前まで、また案内を頼みたいんだけど……ダメかな?」
って言ったら。
「やったぁぁ!蓮華様とまた出かけられるんですね!」
なんて言ってきた。
いや、頼んでるのこちらなんだけどね、喜んでるのはなんで。
「シリウスお嬢様、早急に準備をさせますので。皆、お嬢様のお召し物や旅に必要な物を急ぎアイテムポーチへ」
「「「はいっ!」」」
いつから居たのか、大勢のメイドさん達が散り散りになる。
えっと、ここのメイドさん、暗殺者か何か?なんか気配が一切感じられなかったんですけども。
「ふふ、驚かれましたか?当屋敷で働く者はみな、ロイヤルガードであるシリウスお嬢様の部下でもあり、ローランド侯爵家に仕えるメイドでもあるのです。みな、一騎当千の猛者ばかりですよ」
なんて微笑みながら言ってくる。
そうだろうな、なんせこの執事のガイアスさんも、とんでもない実力者なのが分かる。
そりゃ、こんな人達に囲まれて育ったなら、シリウスも強くなるよね。
ってあれ、もしかして。
「ねぇシリウス、もしかしてシリウスの部隊って……」
との言葉に慌てて。
「ち、違いますよ!?私の部隊は当家の者達だけではありませんからね!?当家の者達は、部隊の中で部隊長をしている者達なのです!」
成程。
聞く所によると、ロイヤルガードの下には直属の部隊があり、その下に更に部隊がある。
その直属の部隊がローランド侯爵家の者が多く、その下の部隊の部隊長なども多く占めているのだとか。
それだけ実力者を雇っているという事になる。
「私共は先祖代々、ローランド侯爵家に仕えて参りました。その中でもシリウスお嬢様は剣技にも優れ、統率力もある、歴代の才女と謳われております」
とガイアスさんが言う。
「や、やめてよガイアス!蓮華様の前で恥ずかしいでしょ!」
と真っ赤になって言うシリウスは、なんか年相応の女の子に見えた。
あれ、そういや私シリウスの年齢は知らないな。
姉御って感じだったんだけど、まさか私より年下なんて事は……いや中身の意味じゃなくだよ?
「そういえば、シリウスっていくつなの?」
失礼かもしれないけど、聞いてみた。
「私ですか?16になったばかりです」
と答える。
げ、アーネストと同じ歳じゃないか!
姉御とか呼んですみませんでした!!
心の中で謝っていると
「蓮華様はおいくつなのですか?」
と聞かれたので。
「ん、私は今年で14歳になったよ」
その言葉に唖然とするシリウスとガイアスさん。
え?なんで?
「れ、レンゲお嬢様、失礼ですが本当に?その、レンゲお嬢様が年老いて見えるというわけでは全くありません。言われれば違和感など全くない、美しいご令嬢です」
と、ガイアスさんが照れる事を臆面もなく言ってくる。
「ただ、漂う雰囲気と言いましょうか、落ち着いた、芯の通ったもの……それがその若さで出せるものとも思えず……失礼をお許しください」
あー、中身はおっさんですからね。
「いえ、良く言われるので慣れてます。でも、私はこれでもお転婆ですよ?」
なんて笑ってウインクしてみる。
それを見て。
「ふふっ、成程。これはシリウスお嬢様が惚れるわけですね」
なんてガイアスさんが言ってくる。
「ちょっ!ガイアス!?」
なんてシリウスが慌てているのが面白かった。
そりゃ惚れてるなんて勘違いをされたら慌てもするよな。
なんて笑ってみていた。
「ただ、レンゲお嬢様は気付いていないようですね」
ん?何か言った気がするけど、聞き取れなかった。
「それじゃ、準備が出来るまで待たせてもらうけど……」
と言い切る前に。
「「「シリウスお嬢様!準備が整いました!!」」」
とメイドさん達が集まってきた。
はぇぇ……!
驚くわ。
速すぎるだろ、今の会話の間に全部済ませるとか、ここの屋敷のメイドはどれだけ優秀なんだよ。
「ありがとう。皆は仕事に戻っていいわ」
「「「はいっ!楽しんでらしてくださいませ!!」」」
とても良い笑顔で言って出て行くメイドさん達。
慕われているのがよく分かる。
「それでは蓮華様、行きましょう。外に馬車を待機させてくれていると思います」
「うん、ありがとう。今回は道を覚えようと思ってるから、たくさん質問するかも、ごめんね」
その言葉に。
「いいえ!むしろ喜んで!!」
喜ばれたよ。
ガイアスさんがこらえきれない感じで笑っている。
「っ……くくっ……本当に。レンゲお嬢様、シリウスお嬢様をよろしくお願い致します」
そう言ってきた。
「ん、了解。というか力を貸してもらうのはこちらだけどね?」
だから、そう返しておいた。
「ふふ、そうでございましたね。今のシリウスお嬢様を見ていると、こちらからお願いをしているように感じてしまいまして」
と笑いながら言ってくれたので、苦笑してしまう私だった。




