151話.装備
「後は初音が冥界に行った件について、母さんや兄さんは何か分かるかな?」
タマモの名前も決まったので、早速本題に入る。
ソファーに腰かけている母さんは、足を組み替えて難しい顔をする。
「あの子は自分の享楽の為ならなんだってするからねぇ……正直、予測ができないの」
「ナイトメアに味方しているのも、何か自分の興味の引くものがあったのでしょう」
兄さんの言葉に、アリス姉さんが立ち上がる。
「そうだっ!初音は神を取り込んだって言ってたよ!」
「え?おかしいわね、そんな話は聞いていないけれど……」
母さんが顎に手を添えて思案する。兄さんが目を瞑り答えた。
「恐らく、純粋な神ではなく……神族でしょう。それならば、末端の者が消えた所で私達の所にまで話は来ないでしょう」
「あー、そうね」
母さんと兄さんが話している事は、間違いなく雲の上の話だ。だけど、気になる点が少し出てきた。
「ねぇ母さん。あの子って事は、やっぱり知りあいなんだよね?アリス姉さんともそうだったし」
「ええ。あの子……初音は、私やロキ、アリスと同格の冥王……冥界の王メビウスの娘なの」
「えぇっ!?つまり、冥界のお姫様って事!?」
「驚くとこそこじゃねぇよな!?」
いやだって、冥界のお姫様が好き勝手動いてるってどうなの。魔界と地上にも思いっきり干渉してるじゃないか。
「と言っても、すでにあの子はメビウスから勘当されているから、冥界とは実質関係が無いのだけど……なにしに冥界に行ったのかが気になる所だねー」
成程、冥界側として行動しているわけじゃないって事か。なら国際問題というか世界問題というか、そういうのにはならないわけだね。
「とにかく、あの子が本気を出したら、実力は私やロキに匹敵するかもしれない。だから今はまだ直接事を構えないように注意してね。どうしようもないと思ったら、迷わず連絡する事。良いねアーちゃん、レンちゃん」
真剣な表情でそう言う母さんに、私とアーネストはすぐに返事が出来なかった。
それを見て、母さんは溜息を一つ零してから、再度言う。
「良いかなアーちゃん、レンちゃん。二人はとっても強いよ。それはもう、この世界でも指折りで。でも、それはあくまで神以外の者を基準とした場合。もし、それ以上の力を望むなら……」
「私は、強くなりたい。大切な人を、悪意から守れるだけの力が欲しい」
「俺も、強くなりてぇ。蓮華を、家族を……ぜってぇに守れるくらいに!」
私とアーネストは、心からの言葉を口にする。兄さんは凄く優しい目をして、私達を見ていた。
「分かっていますよ。貴方達はどこまでも純粋に力を求めている。今までは、神の力に魂が押し潰される事を懸念して抑えてきました。けれど、リヴァルのお陰で肉体も精神も強くなりました」
「そうね。この指輪をつける覚悟、二人にあるかな?」
母さんの懐から、二つの指輪がテーブルに置かれる。赤いルビーの装飾が施されたものと、青いサファイアの装飾が施されたもの。どちらもとても美しい。
「これは?」
「身に付けた人の魔力と力を極限まで吸い取る魔道具だよ。言っちゃえば……普通の人くらいまで弱くなる」
「「!!」」
「でも、それは霧散するわけじゃないの。あくまで貯める装置の役割。そうして一年の間に、今の力にまで追いつけた場合……その力は数百倍になる」
「「なっ!?」」
「ただし、一年の間に追いつけなかった場合……力は失われ、永遠に取り戻す事はできなくなる。ハイリスクハイリターンな、一種の賭けのような魔道具よ」
母さんが真剣な目で私達を見る。私は喉をごくりと鳴らす音が聞こえた。今の力に、普通の人から一年で追いつく……それは、不可能な気がする。
今までだって、たくさん特訓をしてきた。全力で取り組まなかった日は無い。
それを、たった一年で普通の人の状態から追いつくのは……無理だ。
「っ……ごめん、母さん。折角の提案だけど……私には、無理だと思う」
「ああ、俺もだ。強くはなりてぇ……だけど、それをやっちまっても、成功する未来が見えねぇ」
私達の言葉に、母さんは笑った。
「うん、合格!」
「「え?」」
「あー、良かった。一応この魔道具を使う制約に、この提案に『乗らない』って事があってね。こんな事言いたくなかったんだけど、効果を強める為にどうしても必要な手順だったの、ごめんねー!でも、二人ならちゃんと考えて、正解を導き出してくれると信じてたから!」
母さんが笑顔でそう言うのを、私達はポカーンとして見ている。えっと、どういう事なの。
「ふふ。まぁまぁ、詳しい事は良いじゃない。それより、この二つの指輪の本当の効果を言うね。まずこのルビーの指輪。これは装着者の魔力を吸い続ける代わりに、様々な恩恵を授けてくれるわ」
「!!」
「そしてこのサファイアの指輪。こっちは自分の魔力じゃなく、自分に向けられた魔力を吸うの。吸った魔力を身体能力の向上や体力の回復に回す事ができるの」
「マジで!?」
軽く説明を聞いただけでも、凄い魔道具である事が分かる。
「この二つの指輪を、二人にあげる。二人はずっと自分を磨いてきた。これ以上の訓練をしたからって、急速に力が上がるなんて事は難しいわ。だけど、それなら装備にも目を向けて良いじゃない?二人共武器は最高級だけれど、他が何か特筆するものを装備してないんだもの。これくらいはプレゼントさせてね?」
母さんが微笑んで言うのを、私達は喜んでお礼を言う。
「「ありがとう母さん!!」」
「うん、どう致しまして」
「アーネストはサファイアの方だよな?」
「おう!これで俺の弱点を克服できるぜ!」
アーネストは凄まじい力だが、短時間でガス欠を起こす欠点があった。
それはリヴァルさんとの模擬戦でいくらかはマシになったのかもしれないけれど、この喜びようを見るにまだ課題が残っているんだろう。
「ふむ、それでは私からは、新しい服を二人にプレゼントしましょう」
「「服?」」
「ええ。二人とも戦闘を考えた服ではありませんからね。そのまま外から付与をしても良いのですが、どうせなら一から素材が良い物で作りましょう」
兄さんの予想外の言葉に、私とアーネストは顔を見合わせる。
「マーガリンだけ良い恰好をさせるのもあれですからね」
最後の一言が無ければ完璧だったのに。それでも、兄さんの心遣いは本当に嬉しい。
母さんも兄さんも、いつも私達の事を大切にしてくれる。
だからこそ、心配をかけないようにしないと。この心優しい家族が、悲しい想いをしないように。
「ありがとう母さん、兄さん!」
「ありがとう母さん!兄貴!」
私達は最高の笑顔で二人に言う。二人とも、とても素敵な笑顔を見せてくれた。
「やっぱ、家族って良いな玲於奈」
「ン……両親は……だけど、兄ちゃんが居たかンな。これからもよろしくな兄ちゃん」
「ああ、勿論さ」
後ろで照矢君と玲於奈ちゃんが優しい表情をしているのが見えた。皆が居るのを一瞬忘れていたので、急激に恥ずかしくなってしまった。
「さて、それじゃ次の話だよ。貴方達の世界、特定できたよ」
「「「「「!!」」」」」
照矢君達の居た世界が、もう特定できたのかっ!流石母さん、仕事が速い……!でもそっか、もう皆とお別れなんだな。そんなに長い間じゃないけど、もうかなり親しくなったと思っているので、やっぱり寂しいけれど……でも、やっぱり自分の世界に戻るのが一番だもんね。
「すぐにでも元の世界に送ってあげられるけど、どうする?」
母さんの言葉に、照矢君が一歩前に出て答えた。
「いつでも戻れるのなら、もう少しだけ待ってもらっても良いですか?」
「良いけど、どうして?」
「俺達は、まだ蓮華さん達に何も恩返しが出来ていません。だからせめて……このナイトメアの件が片付くくらいまでは、協力したいと思ってるんです。これは俺一人の考えじゃなくて、皆で話し合って決めてた事なんです」
照矢君や玲於奈ちゃん達の方を向くと、皆頷いていた。皆っ……!私は嬉しくて、心が温かくなるのを感じる。
「良いの?正直、命の危険もあると思うよ?それでも、アーちゃんやレンちゃんに協力するの?」
「はい。それに、俺達も自分の身は自分で守れるように、レベル上げをしてきました。まだまだ蓮華さん達に比べたら弱いかもしれませんけど……それでも、足手まといにはならないつもりです!」
照矢君の真剣な言葉に、母さんは微笑んだ。
「そっか。ありがとう」
そう言って、母さんは頭を下げた。
「え!?ちょっ!頭をあげてくださいっ!俺達の方が世話になっているんですから!こんなの当たり前ですよ!」
違うよ照矢君。それは違う。世の中には、良い事だけを受け取って、後は知らないと放り投げる人はごまんといるよ。
「照矢、お前良い奴だよな。元の世界で会えてたら、親友になれてたと思うぜ!」
なんてアーネストが照れ臭い事を笑いながら言う。でも、私も同意見だ。
「あはは、ありがとう……と言うのも変かな?それに、今でももう友達じゃないですか。ってあれ、俺が思ってただけで、もしかして違いました!?」
「ぶはっ!いや違わねぇよ!はははっ!」
アーネストは照矢君の肩に手を回して、ソファーに二人してドカッと座った。
「よし、今日は男二人で徹夜で遊ぼうぜ!実はバニラさんに貰った携帯ゲームで面白いのがあるんだよ!」
「え、マジですか!?ゲームとか諦めてたんですけど!?」
「兄ちゃんずりぃ!アーネストサン、私も混ぜて欲しいンすけど!?」
早速盛り上がってるあたり、アーネストらしいな。
「レンちゃん。夕ご飯の用意、手伝ってくれる?」
見ていたら、母さんにそう言われたので頷く。
「ミレイユ、一緒にどう?」
「!!勿論やるのじゃ!」
母さんに教えてもらえるようにと話をしていたのは覚えていたので、ミレイユも誘う。
ハルコさんは玲於奈ちゃんの背後霊のように傍に居るので、そっとしておいた。
ただ、台所に行く前に予想外の物を見た。ミラヴェルがスラリンさんと何か話をしていたのだ。
内容は聞き取れなかったけれど、あのミラヴェルが驚いた顔をしていたので、少し気になったけれど……まぁ、何か大事な事があれば言ってくれるだろうし。
「それでは私は服の作成にとりかかりますね。夕食楽しみにしていますよ蓮華」
そう微笑んで言って、兄さんは部屋に戻って行った。うーん、相変わらず爽やかなイケメンなんだよね兄さんって。
これが街では氷の表情なんだから驚きだ。
さて、母さんに献立を聞く事から始めようかな。




