143話.脱国、そして
「では、死んでもらおうか」
「安心なさい。この体の持ち主の想いを組んで、痛みはできるだけ無くしてあげる」
父上は風属性の魔法を、母上は火属性と水属性の魔法を使える。
二人とも中級レベルの魔法までしか扱えないはずだが、その手に集まる魔力はそれ以上だと感じる。
それに今こいつは何と言った。『この体の持ち主の想いを組んで』、そう言った。
つまりは、父上と母上は何者かに体を乗っ取られている。
文献でそんな事が出来るのは悪魔の類いだと読んだ事がある。つまりは……
「さよならだ、シロウ――」
父上の手から、魔法が放たれる直前。俺はいざという時の為に懐にいつも忍ばせていた魔道具の一つである『魔導銃』を取り出し、引き金を引いた。
「「っ!?」」
銃弾は色によってその効果を変える。できるだけ殺傷能力が無く、かついろんな場面で使えそうだと思って『煙幕』の弾を入れておいたのが功を奏した。
二人が俺の姿を見失っているうちに、隠し通路へと急ぐ。出入口である扉の前に二人が居たので、そちらへは向かえない。
だけど、俺はカルナスとよくこの部屋で遊んでいた。いざという時の為……というわけじゃなく、カルナスと遊びでいろんな部屋に通じる道を作っていたのだ。
人生どんな事がどんな所で生きるか分からないな、本当に。
「何っ……居ない、だと!?探せ!第一王子シロウを探し出し、殺せ――!」
父上の声で、そんな言葉が聞こえた。
だけど、アレは父上じゃない。母上じゃない。きっと、助け出してみせる……!俺の、俺個人の力では無理でも……!
そう決意して、俺は城の一階へと辿り着く。どこも衛兵達が見張りをしており、見つからずに出るのは難しい。
せめて、何か気を……そうだ!この『爆炎』の弾で表門を破壊して、裏口から出れば……!と決まれば、後は時間差が必要か。
裏口で待機しつつ、表門を銃で撃つ……いや、無理だろ。どんな手品師なら出来るんだよそんな事。
考えろ、考えろ……時間が経てばより警備を整えられてしまう。
そういえば、日本の戦争の時に地雷というのがあったな。
あれは踏めば爆発が起こるタイプのだ。いやだめだ、そんな事をしたら……昨日まで俺に尽くしてくれた家族同然の皆を、殺す事になる。そんな事出来るものか!
いやまてよ……踏む、のがダメなら当てれば良いのか?要は、扉に爆発物を仕掛けて、魔法で当てて爆発させれば騒ぎは表門に集中するはず。
問題は魔法で当てる、って事か。裏口から城門には障害がありすぎて無理だ。
俺は風魔法も扱えるけど、そんな繊細なコントロールできるわけがない。
くっ……あれもダメこれもダメ、俺は……いや、こんな事で諦めるものか!考えろ、発想の転換だ。
踏むのは駄目、当てるのは無理……なら……時限爆弾だ!
いくつか方法があったはずだけど、そのうちの一つにアナログ時計の針に起爆装置の回路から引いた電線を接着し、ある時刻がきたら針が重なって通電し爆弾を爆発させるものがあった。
丁度この腕時計はアナログ式だ。設定した時間がくると起爆装置に通電する事で爆発が起こるわけだから……よし、早速……って無理に決まってるだろぉ!
知識はあっても、俺にそんなもん作れる技術なんてあるかぁー!
……詰んだ、俺にはもうどうする事もできない。頭を抱えて座り込む。
カルナス、駄目なお兄ちゃんでごめんな。せめて、この事を他の誰かに伝える事が出来れば……。
あ……そういえば昔、父上から聞いた事があったな。玉座の後ろに、緊急用の隠し通路があるって。
今の今まで忘れていたけど……よし、行ってみるか!
他の者に見つからないように、玉座のある王の間へと走る。
幸い、城の中心部に逃げるとは思っていないようで、玉座への道は人が少なかった。
「おかしいな、やっぱり何もないけど……どうしたら良いんだ?」
普通だとこう、簡単に地下へと続く階段とか出るもんじゃないのか。
「……ん?ここ、色が違う?」
父上の手を置く場所。その右手側に、赤い玉座とは対照の青い箇所があった。
不思議に思った俺は、その個所を押してみる。
「ビンゴ、だな」
玉座が静かに前へと移動し、下へと続く階段が姿を現した。
「父上、母上。そしてカルナス……俺は皆を助ける為に、一時国を離れます。待っていてください……!」
階段を下り、通路を駆ける。ほんのりと明るく地面を照らしてくれるのは魔道具だろう。
俺が階段を降りると、玉座は元の位置へと戻った。戻る事は出来なくなったが、これで俺が外へ出たと判断するまでの時間稼ぎになるだろう。
「はっ……はぁっ……はぁっ……」
普段体を動かしていなかった為、ここにきて体力の無さが足を引っ張る。
急がないといけないのに、足が前へと進まない。
普通の人なら歩いているような速度で、俺は走って進む。
「はぁっ……はぁっ……」
昨日まで何もない普通の日常だった。父上が居て、母上が居て、カルナスが居て。
俺の勉強を見てくれて、家族のような城の従者達と一緒に、時には煩わしかったりもしたけれど、ずっと平穏に暮らしてきた。
どうして、こんな事になってしまったのか……。
目に涙と汗が混じり、痺れがくる。思わず目を瞑ったのが悪かったのか、足をもつれさせて転んでしまった。
「うっ……くぅ……いそ、がないと……父上と、母上、カルナス……皆の、為に……」
体力のない自分をここまで憎く思った事は無かった。何も出来ない自分を、不甲斐なく……情けないと思った事は。
全身に力が入らなくなっても、なんとか立ち上がり前へと進む。
そして、ようやく外の明かりが見えてきた。俺は重い足を引きずるように前へと出して、その場所へと辿り着く。
そこは、サンスリー王国の外れ。フォース王国の国境線のすぐ傍だった。
「ようやくですか。遅かったですね殿下」
「そん、な……」
そこには、ずっと俺に勉強を教えてくれて、第二の父とも言うべき執事のガイルと
「陛下の命により、殿下を消しに参りました」
ずっと俺の世話をしてくれて、第二の母とも言えるメイド長のリューゼが、剣を携えて立っていた。
「は、はは……二人が、俺を……?ずっと、俺と一緒に生きてきた二人が、俺を……?」
目から涙が零れる。大切な、大切な家族である二人。俺が生まれた時から、優しく、時に厳しく……政務で手が離せない父上と母上の代わりに、ずっと一緒に居てくれた。
その二人に、なんで剣を向けられなきゃならないんだ?なんで、どうして……!
「殿下、それでは御覚悟を……、にげ、くだ、さい……でん、かぁ……!」
「殿下を、消す、など……い、やで、ござい、ます……!に、げ……でん、か……!」
ガイルとリューゼも、瞳に涙を浮かべ……俺の事を想い、必死に……!
神様、本当にこの世界に神様がいるのなら、どうか……どうかこの者達を救ってくれ!俺はどうなっても良い!
悪魔に身を奪われて尚俺の事を想ってくれるこの忠臣達を、どうか………!
「ガイル、リューゼ。俺は、俺は情けない王子だろう?この国の危機に、俺は何も出来やしない。こうやって逃げる事も、満足にできやしない。ここでお前達を見捨てたら、きっと俺はもう立ち上がれない。だから……俺は二人を取り戻す……!大切な家族である二人を操ってる奴を、俺が倒してやる!」
「「殿下……!」」
二人は俺を見て、俺を信じて、ギリギリで保っていた意識を手放した。
「千載一遇のチャンスを逃しましたね殿下」
「それでは、死んで頂きます殿下」
二人が剣を再度構える。対して、俺は先程からの全力で走ってきた体力を、ほんの少し回復した程度。
確実にこのままじゃ犬死してしまう。だけど、ただでは死なない。
もう外に出た。だから俺は、自分にできる最大限の事……『メッセージ』を込めた弾を用意した。
今日起きた事を、外に出る道中魔法で全て書き記した。勉強ばかりしていた俺の、得意魔法だ。
後は、これをフォース国へと放つだけ。狙いは大雑把でも良い、届かせる為に、俺の全ての魔力を込める。
撃った後、俺は二人の手に掛かって死ぬだろう。だけど、俺が死んでも二人は生きる。
そして、この国が亡ばなければ、カルナスが立派に王を継いでくれる。なんだ、不安は何もないじゃないか。
「父上、母上、カルナス……幸せな第三の人生でした。もし、四度目の転生があれば……また、この世界で……さようならです……!」
そう、叫んで二人の元へ駆けようとしたその時。
「その気概、気に入りましたわ。その命、ここで果てるのは勿体ないですわね」
「「っ!?」」
ガイルとリューゼの剣を易々と防ぎ、俺に背を向けて立つその後ろ姿。
ルビーのように輝く艶やかな赤い髪。
くっきりとした二重にルビー色の瞳が、俺を射抜く。
誰がどう見ても美しいとしか言いようがないその美貌。
白い正装に身を包んだ、彼女は……
「お久しぶりですわねシロウ殿下。助太刀、させて頂いても?」
隣国フォースのインペリアルナイツマスター、カレン=ジェミニ卿だった。




