134話.捕らわれていても不安は無い、だって
「へぇ、じゃぁアンタはまだ生まれて数日しか経ってないんだ」
「ああ」
ゼロとの会話で、この場所の情報を少しでも得ようとした。
ただ、ゼロもこの場所から出た事はないらしく、結局分かった事はほとんどない。
生まれて数日なのに、これだけ会話できる事を驚くべきなのだろうけれど。食事を必要としないらしく、今まで何も食べた事が無いと言われて絶句してしまった。
同情したわけじゃない。私と同じように生まれた存在だからというわけでもない。
ただ、ゼロの感情の宿らないように見えた顔が、少し笑ったように見えた時……コイツの感情を引き出してやろうって気持ちが湧いてきてしまった。
「右手出しなさい」
今、私はソファーの左側に座っている。右腕には管が刺さっていて、ゼロの左腕に繋がっている。血が流れているわけじゃなく、ただ刺さっているだけなのは何故かしら。
「分かった」
ゼロは言われた通りに行動する。素直と言うか、疑う事を知らないような気がする。
私は『アイテムポーチ』から、中に入れていた『おにぎり』を取り出す。蓮華が作ってくれたものだ。
「この中身は鮭で、こっちは梅干し、これはシーチキンマヨで、こっちは……」
なんて子供みたいに目を輝かせながら説明してくれる蓮華に苦笑してしまったのを思い出す。
蓮華、心配してるわよね。アイツは本当に優しい奴だから。自分に起こっていない事でも、まるで自分の事のように怒り、悲しむ事ができる甘い奴。
そんなアイツだから、私は心を許す事が出来た。
中身が男だって、アーネストが元だって打ち明けてくれた時は、驚いたと同時に嬉しかった。
私を自分の秘密を打ち明けても良いと思える存在だと認めてくれた事。あの日の事を、私は忘れない。
「ごめん、同じだと思ってた存在が、こんなで悲しくなったよね?本当にごめん……」
「……なんで、謝るのよ。アンタの方がずっと、ずっと辛いじゃないの!!」
アイツだって、不安だったんだ。それでも勇気を出して伝えてくれた。それが分かったから……私は言わずにはいられなかった。
「その、私もアンタの事は嫌いじゃないわ。例え元が男でもね。だから……その、友達、なのよね私達」
「当たり前じゃないか。これからもよろしくねノルン」
当たり前だと、そう言ってくれた。アイツにとってなんでもない一言だったんだろう。
だけど、私にとっては違う。掛け値なしで言ってくれた奴なんて、今まで居なかった。
私は嬉しくて、蓮華の方を見れなかったけれど……きっとアイツは笑ってた、心から。
だから、ゼロへのこの行動はきっと……アイツの影響だ。
「ほら。おにぎりって言うらしいわよ」
「おにぎり?」
「そ。食べれるから、食べてみなさいよ」
「食べる?」
「口に入れろって事」
「分かった」
真面目かっ!そう突っ込まなかった自分を褒めたい。
で、こいつは拳くらいの大きさのおにぎりを、口の中に入れた。そのまま一口で。
「……」
「……何してんの?」
「モガグガ」
「ぶふっ……何言ってるのか分かんないわよ。まずはその口の中の物を飲み込みなさいよ」
「ワグッガ……ングッ!?」
だから真面目かっ!噛まずにそのまま飲み込もうとする奴があるかっ!私は『アイテムポーチ』から急いでペットボトルを取り出しゼロの口へと突っ込んだ。
「モガッ!?」
「良いから流し込みなさい!」
「ゴブッ!?ゴボッ!?」
それからなんとか呼吸を整え、ゼロは私を見つめた。
「いや、きちんと言わなかった私も悪いけど、まさかそのまま飲み込むなんて思わなかったのよ……」
ちょっと目を逸らしながらそう言う私に、ゼロが真面目な顔で言った。
「死ぬかと思った」
「ぶふっ……!」
私は滅茶苦茶笑った。もう、なんなのよコイツはっ!
「あはははっ……それで、美味しかった?って味なんて分かんないわよね」
「……美味しかった?」
きょとんとした顔でそう言うゼロに、私は毒気を抜かれてしまった。
「味よ。まぁ流石に今のじゃ分からないわよね。これはこうやって食べるのよ」
三角形の頭からそのまま口に含む。口の中で味わうと、これは……!焼肉!?アンタなんてもの入れて……!
その後急いでペットボトルを取り出してお茶を飲む。
何を隠そう、私は焼肉の辛さが苦手なのだ。特にアイツの入れる焼肉は、たれが辛いんだもの。
一連の行動を見ていたゼロが、私と同じようにおにぎりを食べ、ペットボトルで流し込んだ。
最後のまで真似しなくて良いのよ。
「……おいし、かった」
そう言うゼロに、私は微笑んで言う。
「お粗末様。私の作ったものじゃないけどね」
「お粗末様?」
「あー、私も詳しい意味は知らないの。ただ、蓮華が……友達が、よく言ってたからつい言っちゃうのよ。食べる前にいただきます、食べ終わったらごちそうさま。料理を提供した側は、ごちそうさまに対してお粗末様ってね」
「なる、ほど。なら……ごちそうさま、でした」
ゼロは、正しく子供なんだろう。教えた事を、純粋に覚えていく。まるで弟ができたように思えてしまう。
こんな場所でなければ、周りが良い人達ならば、ゼロも良い奴になるんじゃないかって、そう思えて。
最初に感じた悪寒など、この時の私は忘れてしまっていた。
「ノルンさん、時間だよ。準備も出来たから実験を始めるよ」
そして、数時間に渡る実験に付き合う事になった。まぁ、特に私が何かするという事はなくて。
時々血や唾液を摂取されたり、何かよく分からない機械を取り付けられたりした程度だ。
私と二人の時に話していた表情とは打って変わり、ゼロは無表情で私の横に居た。
それが何故か辛く感じた。ゼロにも感情がある、それが分かってしまったから。
「凄い、凄いよ!ノルンさんが居れば、もっともっと凄いモノが創れる!」
マサトは実験の間、ずっとこの調子だ。何が凄いのか私には分からないけれど。
数時間経って今日はここまで、とマサトが言い終わる前に、地面が揺れる。
「そんな、まさかっ!この場所は誰にも分かるわけないのにっ!」
マサトの焦りながらの言葉に、私はやっとか、と思う。
だって、アイツが……蓮華が、私が攫われてそのままじっとしているわけがない。
蓮華の周りには最強の実力者達がいる。それが分かっているから……捕らわれていても不安は無い。
だって、助けに来てくれると信じているから。
だからゼロとの会話だって楽しむ余裕があった。
なにより、今は未来から来たリヴァルさんが居るんだ。この場所の事だってきっと、『知っている』はずだから。
「ノルンー!!」
聞き慣れたその声。不安は無かったけれど、その声を聞いて安堵する私が居て。蓮華に返事をしようと口を開けたその時、意外な声まで聞こえて吹き出してしまった。
「そこをどけ雑魚共がっ!私のノルンに傷一つでも負わせていたら、絶対に許さんからな……!」
魔界の唯一魔王で……私の母親、リンスレットの声だったから。




