133話.ゼロとの出会い
甘かった。
運ばれている間に空から場所を確認しようとした。したのだけれど……全く位置が分からなかった。
だってしょうがないじゃない。箱入りだったんだもの。偶に移動する事があっても、それは『ポータル』を使ってだったし。
つまり、地形なんて見ても、今ここがどこら辺なのか全く分からない。
それが分かっているから、私に目隠しをしなかったんだろう。よく分かってるじゃないコンチクショウ。
「もうそろそろ到着致します、ノルン様」
マモンが丁寧にそう言う。私は誘拐されたはずなのに、扱いが賓客のそれな気がする。猿轡されているので、返事はできないけれど。いや猿轡されてる時点で賓客扱いではないわね。
場所が魔界のどこかって分かっただけでも良しとするしかないか。そもそも、三帝・ローゼリア自体私は正確な位置を知らない。
知っているのは、7つ全ての領地に面した場所って事。地上のユグドラシル領が一番イメージに近い。
知らない場所から知らない場所へ移動してるのに、分かるわけないじゃない。
分かったのは、私が蓮華と一緒に行動したレヴィアタンの領内ではないという事だけね。
それから、森に降りた。そこには直径1Kmくらいだろうか、魔方陣が設置されていた。上から見た時は木々で見えなかったのか、魔法で見えなくしているのか分からないけれど。
私は今魔力を封じられているから、感知もできやしない。
魔方陣の上に乗ると、転移した。不味いわね、これで完全に場所が分からなくなった。
薄暗い道をマモンにそのまま運ばれる事少し、ようやく明かりがさしてきた。
手が動かせないので、眩しくても目を細める事しかできないのがもどかしい。
ようやく目が明るさに慣れてきた頃に、一人の青年と……大罪の悪魔、サタンが居た。
「サタン殿。言われた通りノルン様をお連れしましたよ、フヒヒッ」
先程とはまた変わり、最初の話し方に戻るマモン。私はサタンを睨む。
「ああ、ありがとうマモン殿。そしてノルン様。ご機嫌麗しゅう存じます」
誰だこいつ。私の知ってるこいつは、こんな慇懃な話し方をしない。まぁ、知ってるって程知ってる間柄なわけじゃないけど。
「ククッ……聡いノルン様ならば、もう御分りでしょうが『こちら』ではシャイターンと名乗っております。ノルン様はどちらで呼んでも構いませんよ」
言いたい事はあるけれど、猿轡されているので言えやしない。それに気付いたのか、サタンが私の顔へと手を伸ばし、猿轡を外した。
「ぷはっ……アンタ、どういうつも……っ!!」
どういうつもり!?と言い切る前に、言葉が止まってしまった。だって、しょうがないじゃない。私がついさっきまでつけられていた猿轡を飲み込んだんだもの。しかも、その表情は恍惚としている。
「うぅぅぅんっ!デリィシャスですねぇ!流石、ノルン様の唾液は素晴らしいっ!」
ぞわわ、と鳥肌が立った。こいつ、変態っ!?
「おいマスター……」
隣に立っていた青年が、そんなサタンを見て引いている。良かった、まともな感性をした奴だったようだ。
「おっと、すまない。感極まった時はつい素が出てしまう。マサトなら分かるだろう?」
「まぁ、うん」
同意するな!お前もやっぱりそっち側かっ!
「それより、早速実験に移りたいんだけど」
「おっとそうでしたねぇ……そうだったな。ではマサト、01を」
「了解」
マサトと呼ばれた青年は、そのまま奥へと行ってしまった。
未だにマモンにお姫様抱っこをされている私は、視線で降ろせとマモンを睨む。
マモンはため息をついた後、サタンに目配せをした。サタンが頷いた為、マモンは私をようやく降ろした。
「それで、何の為に私を連れてきたわけ?」
「神の兵を創る為ですよ」
はぁっ!?と思わず口に出る所だった。何を言っているのか理解できない。
「おっと、誤解を招く言い方だったな。兵を全て神とする、が正しい」
一体、何を言ってるのかしらこいつは。神を兵って……もしそんな事が出来たなら、この世界を支配できる。いや、それだけに留まらず、他の異世界にだって侵攻できるのではないか。
「アンタ、神という存在を低く見過ぎなんじゃないの」
「ククッ……とんでもない。その力の凄さをよく、とてもよく知っていますとも。私はどれだけ望んでも神ではなく悪魔。どれだけの力を保持しようと、悪魔としての限界がある。けれど……神には限界がない。それは過去の大戦が教えてくれましたとも」
サタンの目が、私を見ているようで私を見ていない。私の後ろにいる存在を見ているような、焦点の合っていない狂った目をしている。
「連れてきたよ」
「……」
サタンと会話していると、マサトと呼ばれた青年と、もう一人。……人、だろうか?確かに人の形はしている。だけど、見ていると悪寒を感じる。暑くもないのに、汗が一滴零れた。
こいつは、危険だと肌で感じる。
「うむ、では後はマサトに任せよう。マモン殿、こちらへ」
「フヒヒ、分かりました。あの件も、どうぞお忘れなく」
「勿論」
話しながら、サタンとマモンは離れて行った。この場に残されたのは、マサトと呼ばれている青年と、01と呼ばれた何か。
01の方は得体が知れないけれど、青年の方は……最近どこかで見た事があったような……それに、服装も……と考えていたら、話しかけられた。
「ええと……ノルンさん、で良いんだよね」
「……そうだけど」
「凄いなぁ、聞いてた以上に綺麗な人だね。同じクラスの女子共なんて目じゃないや……あ、人じゃないんだっけ」
「喧嘩売ってるわけ?」
そう睨んで言うと、慌てたように手を横にブンブンとして言った。
「ち、違うんだ!ごめん、そんなつもりは無かった。えっとね、ノルンさんに協力してほしい事があるんだ」
「拉致しといてイエスもノーもないと思うけど、なんでそんな事聞くのよ」
「それは……できれば自分の意志で協力してくれた方が、効率が良いから、かな。ノルンさんは特別な存在だから。あはは」
こいつの表情は笑っているけど、目は笑っていない。感情のない人形のような顔。
あのサタンに気に入られるくらいだから、やはりそういう奴なんだろうと思う。
「それでね、俺は魔物の配合をしてるんだけど……あ、配合って分かる?魔物と魔物を合成して、違う魔物を創りだす事なんだけどね!」
!!……もしかしなくても、あのキメラを創ったのはこいつだと理解する。私が表情を強張らせていくのにも気付かず、嬉々として話を続ける。
「魔物にはそれはもうたくさんの種類が存在してて、配合する片側を変えるだけで全然違う魔物になったりさ!潜在能力も魔物それぞれに違いがあって、やっぱり力の強い魔物と力の強い魔物を配合する方が高確率で強い魔物になるんだけど、偶に片方が……」
「……」
それまで意気揚々と話していたが、私が無言で睨んでいるのにようやく気付いたのか、話を止める。
「……ごめん、女の子にはこんな話面白くないよね。俺って自分の趣味の事になると、饒舌になっちゃうみたいでさ」
女の子に限らず、命を弄ぶ行為を嬉々として語るこいつに同意できる奴は、同じような心の持ち主だけだろうと思う。
「まぁ色々と端折って言うと、このコードネーム01は最高傑作の一体なんだ。魔族と天使を配合したら、偶然出来ちゃったんだよね!魔神……そう、神の人柱がね!」
「なっ……!?」
「あ!安心してよ!?魔族も天使も、元は魔物で創った奴だから!この世界に生きてたのを使ったわけじゃないよ!?」
私は、こいつが何を言っているのか一つも理解する事が出来ない。
魔物で創った?使った?こいつは、命をなんだと……!
「うーん、俺はやっぱり女の子と話すのは苦手みたいだなぁ」
「……アンタには何を言っても話は通じなそうだけど、私の協力ってのは、もしかしてコイツと配合させるつもり?」
「いやいや、そんな事はしないよ。01をもう一度創れたとしても、ノルンさんを創る事は出来ないし。マスターが言ってたように、神クラスの兵を創るには、元々が神の体のサンプルが欲しいんだ」
神の体のサンプル。成程、私は女神イグドラシルの化身だからか。っていう事は……
「も、もしかしてコイツと子供作らせる気!?」
「あはは!それも考えたけど、それだと効率が悪いでしょ?兵って事は大量に必要なんだ。ノルンさんが子供を産むにしても、そんなに沢山産めないでしょ」
それは確かにそうだ。っていうか、子供を作るって事は……その、色々としなければいけないわけで。自慢じゃないけど、私は今までそういった事をした事がないし、キスすらした事が無いのに。
そんな事を考えていたら、顔が物凄く熱くなった。
「おお、可愛い……美人な人が真っ赤になると、こんな可愛いんだ」
「うっさいわね!?」
「あはは。まぁそういうわけでね、ノルンさんに無体を働くつもりはないよ。ただ、多少実験に付き合って貰うつもりだけどね。01、良いかい?」
「構わない」
コイツ、話せたんだ。さっきから木偶のように動かず話さずだった01と呼ばれているコイツの腕に、管を刺した。そして、その管の反対側の管を、私の腕に刺した。
「っ……」
「痛かったかな?ごめんね。01の血と拒絶反応があるかどうか、調べたいから。1時間後くらいにまた来るから、それまでその部屋ででもゆっくりしていて」
そう言って、アイツは奥へと消えた。
「はぁ……とりあえず、その部屋に入るわよ。こんな所で突っ立ってたくないし」
「分かった」
管の長さはそこまで長くなく、割と至近距離に居る為歩きにくい。部屋にはソファーとテーブル、そしてダブルベッドに本棚だけの質素な感じだ。
私がソファーに腰かけると、コイツも必然的に腰かける。そのまま無言でしばらく居たけれど、居た堪れなくなったので私から話しかける事にした。
「ねぇ、アンタ名前は?」
「01」
「いや、それコードネームって言ってたじゃない」
「それが名前」
「いやそれは名前じゃないでしょ」
「なら、無い」
「……」
別に名前なんて知らなくても困らないし、コードネームで呼べば良いんだろうけど……私はなんか、そういうの嫌いなのよね。私も、人のように産まれたわけじゃない。
だけど、リンスレットが名付けてくれた名前、ノルン。ノルン=メグスラシル=ディーシルという名は、リンスレットと同じ家名が入っている。私はそれを嬉しく思っていて。リンスレットと繋がっているような、そんな温かさを感じる事ができるから。
だから、名前とは大事なものだと思っている。
「そう、ならゼロって呼ぶわよ。短い間かもしれないけど」
「……分かった」
「!!」
ほんの少しだけど、この無愛想な男が微笑んだ気がした。
それから一時間、ゼロと会話を楽しんだ。
会話と言っても、私から一方的に話しかけて、ゼロが答えるだけのもの。
だけど不思議と、嫌な気はしなかった。




