130話.ノルン誘拐
アーネストが魔の闘技場へ駆けて行くのを見送る。
リヴァルさんが居て、あの強大な魔力の持ち主である吸血鬼の真祖が居る。
物理的にも魔力的にもあの二人なら大丈夫だろうし、精神的なものならアーネストが居れば大丈夫だろう。
少し、悔しいけれど。
モニターには、今の私よりもはるかに上の魔力を扱う蓮華が映っている。その瞳はいつものエメラルドグリーンではなく、朱く染まっている。
恐らく、正気ではない。
「蓮華……」
私は一人、そう零す。蓮華に負けないように、訓練をした。興味の無かった勉強も、強くなる為に取り組んだ。
私との出会いは最悪だったはずなのに、友達だと言ってくれた蓮華にアーネスト。
二人に負けたくなくて、対等でありたくて……。
けれど、そんな私をあざ笑うかのように、蓮華はどんどん、どんどん上に行く。
「ノルン様、ようやく見つけましたよ」
「……マモン?」
突然声を掛けられた相手は、見知った相手だった。
リンスレットの部下で、大罪の悪魔の一人、マモン。
「私を探していたようだけど、何か用?」
「フヒッ……ええ、ええ。ずっと探していたのですよ。それが、少し前まで全く気配すら感じなかったモノですから、時間が掛かってしまいました」
こいつは話し方が色々変わる。どの話し方が素なのか、私には分からない。
以前から薄気味悪い奴で、私はこいつが苦手だ。
「それで、私を探していたのは分かったけれど、何の用なの?」
「ええ、ええ。実はですね……」
突然、マモンの体から闇が侵食する。
私は飛び退こうとするが、体が動かなかった。そのまま浸食され、魔力を封じられてしまう。
「なっ!?」
「勿論勿論、ノルン様が彼と二人で居る時から、準備をしておりましたとも。フヒッ……フヒヒヒ……!」
私の首元から、小さな蜘蛛が手へと移動する。
まさかっ……!
「フヒ、フヒヒ……ご明察でございます。私は蜘蛛を使役致します故、気付かれないようにノルン様の元へと移動させ、神経毒を注入させて頂きました。足のみ、動かないでしょう?」
マモンの言うとおり、声も出せるし上半身は動かせる。なのに、足だけはまるで存在しないかのように動かす事が出来ない。
「この騒ぎでは、声を張り上げても無意味で御座います。大人しく、我々の元へと来て頂きます。フヒ、悪いようには致しません故、ご安心ください」
「何が目的よ」
「最初は蓮華=フォン=ユグドラシルがターゲットでしたが……フヒヒ!ノルン様でも良いとの事で」
「!!まさかアンタ、ナイトメアに!?」
「ヒヒ、おしゃべりが過ぎました。では、失礼致します、フヒ!」
「フン!足が動かないくらいで、私が大人しく捕まるとでも……!」
封じられた魔力を解放しようと力を込める。けれど、それを途中で止められてしまった。
「ふふ、大人しくして頂きますわよ」
「あ、アンタは……!」
真っ白な着物を着ており、艶やかで黒い髪は腰まで届いている。眼は獲物を狙う猫のように鋭く、黄金色に輝いていた。
蓮華と共に戦い、押し負けた相手。
「はつ、ね……!」
「お久しぶりですわね。積もるお話はまた後で」
そうして、私は初音とマモンによって捕らわれてしまう。
恐らく、マモンが探していたのに見つけられなかったのは、リヴァルさんが私を隠していたのだと理解する。
こうなる事態を予測……いや、未来から来たのだから知っていたんだろう。
ただ、リヴァルさんの予想外の事が起きた。それが蓮華の暴走。それを止める為に、リヴァルさんは力を集中する必要が出て、私に掛けていた力が解除されてしまった。
……情けない。私は、またお荷物になってしまうのか。あれだけ力をつける為に努力をしたのに、何も変わっていないのか……!
悔しさで涙が出そうになる。でも、ここで泣いていられない。
私を何の目的で攫うのか分からない。だけど、後悔させてやる。
私を蓮華よりも与し易いって考えた事、絶対に許さないわ。
それに、考えようによってはチャンスかもしれない。ナイトメアのアジトを突き止められるかもしれない。
闘技場の騒ぎが収まれば、蓮華達が絶対に私を探してくれる。
その時まで、私は情報収集を進めよう。雌伏の時ってやつね、前に本で読んだわ。
「マモン、シャイターンに先に伝えてくれるかしら?私は少し野暮用を済ませますわ」
「フヒヒ……お任せください初音殿。ノルン様は私がお連れしても?」
「ええ。ただし、手を出したら許しませんわよ?」
「フヒッ!勿論、勿論でございます」
このマモンという悪魔は、今は商人のような口調を気に入っているんだろうか。いや、この口調が商人基準ってわけじゃないんだけれど、以前読んだ本の商人が丁度、こんなへりくだったような言葉遣いをしていた。
以前は侍のような口調を好んでいて、語尾にござるとか言ってた気がする。
「ではでは、失礼致します」
初音によって腕も糸のような物で拘束されている私は、身動きできずにマモンにお姫様抱っこをされる。
「ムー!!」
口にも猿轡をはめられ、言葉が話せない。
必死に嫌と言うも、言葉にならない。
「ふふ、正に美女と野獣ですわね」
初音が微笑んで言うのを、私は苛立ちながら見つめる。
「それでは、任せましたわよマモン」
そう言って、姿が消える。
そこで初めて、マモンの口調がまた変わった。
「申し訳ありません、ノルン様。今は……従ってください。決して、ノルン様に危害は加えません……」
そう言って、また空を進みだす。
何がなんだか分からなくなってしまった。
マモンは、ナイトメアの一員じゃないって事?いや、今の言葉だけでは判断できない。
大罪の悪魔で信頼できるのは、アスモデウスとレヴィアタン、それにルシファーくらいなものだ。
後の奴らは、腹に一物確実にある奴らだから。
蓮華、アーネスト……ごめん。いつもアンタらに厳しく言ってるのに、私がまた迷惑をかける事になっちゃったわね。
でもただでは捕まらない。必ず有益な情報を手に入れて見せるから、それでチャラにさせてね。




