129話.精神の中で
身体が、ふわふわしている気がした。一体この感覚はなんなんだろう?
目をゆっくりと開けると、そこは虚無。何もない、真っ黒な空間がどこまでも広がっていて、私の不安を煽る。
慌てて起き上がり辺りを見渡すけれど、やはり何もなかった。
……私はそもそも何をしていたんだっけ?
「蓮華っ!……!……!……っ!」
誰かに、呼ばれている気がする。だけど見渡しても姿は見えない。
手を伸ばすと、何かに阻まれた。まるで、透明な壁があるようだ。後ろに手を伸ばしても、横に手を伸ばしても阻まれる。
なら上は?と試すも、同じように阻まれた。ガラスケースのような何かの中に閉じ込められているかのような、そんな感覚。
(私はどうしてこんな場所に?そもそも、何をしていたっけ……?)
記憶に霞がかかったかのように、思い出せない。
「蓮華!目を……せ!…識を……!……っ!」
また、声が聞こえた。私を呼んでいるのだと思う。先程よりも聞き取れた言葉が多かった。
だけど、相変わらず姿は見えない。辺りは真っ暗で、身動きも取れそうにない。
何もない空間で、私はまた寝転がる。
とても静かで、自分の呼吸する音しか聞こえない。そういえば、静かな部屋で寝ていると、普段聞こえない時計の針の音がよく聞こえたりしたなぁ。
「蓮華!目を覚ませ!意識を取り戻せ!お前は、俺との約束を忘れちまったのかっ!」
――アーネストッ!
声が、はっきりと聞こえた。この声は、アーネストの声だ。
アーネストの声をはっきりと自覚した途端、世界に光が差し込んできた。
真っ暗だった世界に、白い光が降り注ぎ……視界が開ける。
思い出した。私は、ミレニアと戦っていたんだ。
視線を向けると、そこにはミレニアにリヴァルさん、そしてアーネストが居た。正確には……戦っていた。
自分の体なのに、自分で動かす事が出来ない。まるで電車の中から、窓の外を見ているかのように。
「蓮華っ!俺と一緒に、この夢みたいな世界を謳歌しようって言っただろっ!?忘れちまったのかよ!?」
私ではない私が振るう魔法を回避しながら、アーネストが呼びかけている。
ミレニアが私を魔法で抑えつけているが、それでも尚零れ出る魔法がアーネストを狙っていた。
「他の意思になんて負けてんじゃねぇよっ!お前は!蓮華は!そんな柔じゃねぇだろっ!?」
相変わらず言いたい放題言ってくれるアーネストに言い返すべく、行動に移す。
まずは私を閉じ込めているこの空間、結界かな?これを破壊しなくちゃ話にならない。
そこで魔法を使おうとするが、何故か発動しない。
どの属性の魔法も、全て。
(どういう事だろう。そういえば、いつもなら感じる魔力の流れを、全く感じない)
魔法が使えない。ならばとソウルを使おうと腰に手をやるが、何もない。
そうだ、魔の闘技場だからソウルは持って行けなかったんだった。
でも、そこで違和感。ここが意識の中の世界なら……あると思えば、あるんじゃないか。
そう思ったのは正解だったようで、腰にソウルが現れた。
"主!主!ご無事でしたか!?"
(うん、大丈夫。心配かけたみたいだね、ごめんよ)
"主ぃ……!本当に、本当にご無事で良かったです……"
一人より二人。ソウルが来てくれた事で、精神に少し余裕が生まれた。
(ねぇソウル、この状況って、私は捕らわれてるって認識で良い?)
"正確には、守られています。その結界を破れば、外はブラックホールのようなもので、主は消されていたでしょう"
げ。なら、私は勘違いでこの結界を壊したら、反対に死んでたかもしれないのか。
(時の聖域での訓練の事は覚えてるよね?あの時はユグドラシルが守ってくれたからだと思うけど……なら、今回は?)
"リヴァル殿のお陰です。今もなお、主の魔法に耐えながら、主を守ってくれております"
そう言われて視線を移す。私を魔法で抑えつけようとしているミレニアと、私の魔法を避けながら私に訴えかけ続けてくれているアーネスト。
そして、すぐ傍で私の肩に手を置き、目を瞑っているリヴァルさんを確認できた。
私であって私じゃないソレは、リヴァルさんにも魔法を放つ。それを、全て受けながらも……リヴァルさんは私から手を離さない。
一体、どうして……そう考えて、この結界だと気付いた。
(時の聖域で使うのと、現実の世界で使うのがここまでの違いがあるなんて思っていなかった。反省しないとだね……。ううん、今はそれよりも、この状況を変えないと……!)
今の私は、リヴァルさんに守られて存在を確立させているって事だろう。
私を操っているソレが、私の体を手に入れたいのなら……リヴァルさんを全力で排除しようとするはず。
それが出来ていないのが、ミレニアの存在。ミレニアが私を抑えつけているから、リヴァルさんに本気で攻撃をする事が出来ていない。
アーネストは私が意識を取り戻すように、今も必死で呼びかけてくれている。
ずっと聞こえてくる、私を心配し、激励する言葉。
全部、全部聞こえてるから。その言葉は、私に届いてる。待ってろ、すぐに戻るから……!そして、後で全力でからかってやるから!滅茶苦茶照れるアーネストが想像できるけど……そうやって笑い話にできるように!
(リヴァルさん!聞こえていたら返事をして欲しい!)
大声で、上に向かって声を張り上げる。すると、頭の中に声が響いてきた。
(この馬鹿者が!あれほど使うなと言ったろうが!)
開口一番、怒られてしまった。
(ご、ごめんなさい。まさか時の聖域とここまで違うとは思わなくて……)
(はぁ、そういう事か。この続きは後でみっちり叱るとして……)
うぇぇ……ここで終わりじゃないんですね。と若干げんなりしつつ。
(良いか、お前が本体の主導権を握るには、解放した核の力を支配しないと駄目だ。つまり、戦って勝て)
(うん、分かりやすくて良いね。どうしたら良い?)
(ふ……)
あれ?今リヴァルさんに笑われた?
(コホン。透明の結界があるのは見えているな?その結界を広げて、順次その中に核を形にして放り込んでやる。それを倒せ)
おお、シンプル。それは実に私好みだ!
(了解!)
(ただ、一つだけ注意しろ。今のお前は属性魔法を使えない。支配下に置けば使えるようになるだろうが、今は誰も支配下に居ないからな)
そういう事だったのか。だから、さっきは魔法が使えなかったと。
(大丈夫。私にはソウルがいるから)
"はいっ!我がいれば敵ではありませんっ!"
(そうか、そうだな。では一体目を送る。出来れば早めに倒してくれ)
(それは勿論ですけど、どうしたんですか?)
いつも余裕そうなリヴァルさんが、そんな事を言うのは珍しいので、思わず聞いてしまった。
(その、お前の魔法が結構痛くてだな……)
(ぶはっ……)
ごめんなさい、私が悪いのは重々承知なんですけど、吹き出してしまった。
(そうかそうか、2体同時、いや3体だっていけるか)
(ごめんなさい1体からでお願いしますぅ!?)
結界が学校の運動場くらいの広さになったと思ったら、その中間くらいの場所に人型のエネルギー体が出現した。
アストラルボディ、だろうか。その姿は私の知る大精霊そのもので。だけどその瞳は、私の知っている大精霊達のものじゃない。
こちらを間違いなく敵と認識している、殺意の込められた目。
私はソウルを構える。
まってろアーネスト、すぐにこいつら全部倒して戻るからな!




