114話.ノルンの想い
蓮華とアーネストがダンジョンへと向かった同時刻。
大精霊達の住まう家の、多くの者が休める広いリビング。そこでノルンはリヴァルから、二人が今日は休む事を聞いた。
「あいつら、まーた私を除け者にしたわね……!?」
蓮華とアーネストからすれば、自分達の都合でノルンを巻き込むわけにはいかないと思っての行動だったが、ノルンからすれば知った事ではなかった。
リヴァルは苦笑しながらノルンに言葉を掛ける。
「あの二人はそんなつもりじゃないとは思うが……」
「まぁ、そうでしょうけどね……」
はぁ、と溜息をつきながらそう言うノルンに、リヴァルは微笑む。
「どうする?今日はノルンも休むか?」
「いいえ。あいつらが何をしてるのか知らないけど、それならそれで、私は自分の鍛錬を続けるわ」
その真っ直ぐな瞳を見て、リヴァルは笑った。
ああ、今も昔も変わらないな、と思ったからだ。
「な、何よ?」
「いや。それなら今日は、私とユグドラシル、イグドラシルの三人でやるとするか」
「私を今日こそ殺すつもり!?」
「ははっ!違う違う。何も3対1をするわけじゃないさ」
「そ、そう。それなら良いんだけど……」
ノルンの叫びにも似た声に、リヴァルは笑いだした。ノルンもまた、自分の発言がおかしかった事に気付き、少し頬を赤く染めていた。
「ノルンにはいつも通りイグドラシルと相手をして貰うが、今日はその戦いを私とユグドラシルも見ておく。気になった点があれば、私達から伝えるって事さ」
「な、成程。要はいつも通りでいいわけね?」
「そういう事だな。それじゃ、行くとするぞ?『ワープ』」
リヴァルはノルンの肩に手を置き、『ワープ』を使っていつもの修練場所へと移動した。
ユグドラシル領の中でも、修練をする区画として一部障害物等を無くした場所だ。
リヴァルは早速、ユグドラシルとイグドラシルを召喚する。
「あら、今日は蓮華の相手をしなくて良いのですねリヴァル」
「姉さんと一緒にやれるのリヴァル!?」
召喚され辺りを見回したユグドラシルは、蓮華が居ない事を確認し、リヴァルに問いかけた。
イグドラシルもまた同じ事を考え、今日はユグドラシルと共に修練をするのかと期待したのだ。
「ああ、二人は今日は休みだ。ノルンの修練はイグドラシルに一任しているから、私とユグドラシルは見ているだけだけどな」
「リヴァル、私の維持に大分魔力を使うでしょう?」
ユグドラシルは思案顔でリヴァルへと問いかける。神々を召喚し使役する……それは受け手側が快諾か渋々かでも魔力の消費量は異なるのだが、快諾でも一介の魔術師では1秒すら不可能なレベルだ。
それをリヴァルは数時間、それも二人の神を召喚し、維持し続けているのだ。リヴァルの魔力量が凄まじく多いからこそ、できる事だった。
「大丈夫だユグドラシル。二人の維持程度なら、私の時間回復量の方が多い」
表情を変えず淡々と話すリヴァルに、ユグドラシルは苦笑するしかなかった。
「まったく貴女は……分かりました。それじゃイグドラシル、それにノルン。私達はのんびり見させて貰いますね」
すぐ近くの場所にブルーシートを魔法で出現させるユグドラシルに、リヴァルは苦笑した。
「アンタら、ピクニックじゃないんだからね……」
額に手のひらを当てて、がっくりとしながらノルンは見ていた。だが、ノルンとは真逆でイグドラシルはいつにも増してやる気に満ち溢れていた。
「姉さんが見てくれるなんて、いつぶりかしら!本気で行くからねノルン!」
「ちょっと、アンタが本気とかシャレになってな……」
「行くわよー!」
「話を聞……きゃぁぁぁ!?」
ノルンとの間を一瞬で詰めたイグドラシルは、ノルンの懐へと入り込み、槍を上へと薙ぎ払った。
咄嗟に槍の柄で受け止めたノルンだったが、受け止めきれずに空へと吹き飛んだ。
「……今のは瞬時に防御できたノルンを褒めるべきか、それともカオスの強度が足りなかった事を怒るべきか、どっちだと思う?」
「どちらも、でしょうか。ロウ状態からカオス状態への移行は速ければ速いほど良いですが、その量を調整できなければ」
「だなぁ」
ロウ状態とは、マナを纏っていない状態である。つまり、普通の人間となんら変わりのない状態だ。
対してカオス状態とは、攻撃や防御に一極集中する等マナが不均一に偏っている状態の事を指す。
また、マナを解放し全身へ均等に行き渡らせた状態をニュートラル状態と言う。
余談だが、蓮華は常にこのニュートラル状態である。
上空へと打ち上げられたノルンが、地面へと着地する。
衣服を整え、イグドラシルの方へと詰め寄る。
「イグドラシル!これは私の特訓なの、分かってる!?」
これには流石にイグドラシルも悪かったと思ったのか、苦笑しながら素直に謝った。
「あはは、ごめんごめん。つい調子に乗っちゃった。次からちゃんとやるから!」
「頼むわよホント。まぁ、不意打ちも必要な事だとは思うけどね」
そう言うノルンに、イグドラシルは目を輝かせる。
「そうよね!?」
「でも今は意味ないでしょ。リヴァルさんが居るんだから」
「うぐっ……」
言葉を詰まらせるイグドラシル。対してリヴァルは微笑んでいた。
昔のノルンから、こうして信頼されている事が嬉しかったのだ。
リヴァルはかつて聞けなかった事を、この機会に聞く事にした。
「なぁノルン、少し良いか?」
「え?ええ」
きょとんとしているノルンに、リヴァルはいつもより真剣な表情でノルンを見つめる。
ノルンも気を引き締めた。
「どうしてノルンは、強くなりたいんだ?」
蓮華はずっと、ノルンの強くなりたいと思う理由を聞けなかった。聞く前に、敵の手に落ちてしまった。
必ず救う、そう決めているが……今この時、まだ敵の手に落ちていない今……どうしても聞きたかったのだ。
「そんな真剣な顔で何を聞くかと思えば……そんなの決まってるじゃない」
「……」
ノルンの表情が、穏やかなものへと変わる。
それは、心からそう思っている事が伝わってきた。
「負けたくない奴が居るからよ。奴ら、かしら?私はあいつらに誇れる自分でありたい、それだけよ」
ノルンの言うあいつらが、誰を指すのか……言葉にせずとも、リヴァルにははっきりと感じれた。
だから、自然と笑みが零れた。
「……そうか」
「っ……!」
リヴァルの笑みに、ノルンは同性でありながらドキッとしてしまった。
その笑顔が、誰かに似ていたから。そして、心から喜んでいるような……そんな気がして。
「青春ですねぇ……」
「姉さん、おばさんみた……」
「イグドラシル?」
「なんでもないです!」
ブルーシートに座っているユグドラシルの横に、ちゃっかり座って二人の会話を見ているイグドラシル。
隙あらばユグドラシルの近くに行こうとするのは、生前から変わらない。
「さて、邪魔をしてしまったな。まだ一日は始まったばかりだ、ビシバシ……いってくれ」
「はいはーい!」
「なんか締まらない所が蓮華に似てるわねリヴァルさんは……」
「そ、そうか……?そんな事ないと、思う、ぞ?」
「なんでそんな挙動不審になんのよ。リヴァルさんが蓮華と違うって事くらい分かってるわよ。あの蓮華がそこまで強くなんないでしょ」
「……」
ノルンにそう言われ、複雑な心境のリヴァルだった。




