94話.リヴァルの話-後編-
蓮華の語る未来の話。
その事実は重く、今の時代からは想像もできないような時代となっていた。
アリスティアは持っていたカップに注がれた液体を飲みほし、テーブルに置くとカチャンという音が鳴り響く。
「ねぇ蓮華さん、蓮華さんは今、マーガリンやロキと同クラスの力を持っているって事だよね?」
その質問に、蓮華は苦笑して頷く。
「多分ね。母さんや兄さんが操られているとはいえ、本気で戦っているとは思えないけど……一応互角に戦えてるかな。もちろん、ミレニアや仲間の助けがあってこそだけどね」
蓮華がアリスティアと話していると、マーガリンとロキは視線を交わし、頷く。
「レンちゃん」
マーガリンに呼ばれ、蓮華は視線を移す。
「さっきの話の中で出てきた契約、それは多分本人が同意したからこその強制力がある。けど……私とロキなら、それを外側から壊せるよ」
「え!?」
マーガリンの言葉に、蓮華は信じられない、という表情をした。
けれどそのすぐ後に、悟ったような表情に変わった。
「あはは、本当に母さんや兄さんは凄いな……捕らわれたのが私だったら、きっとこんな事にならなかったんだろうな……」
そう言いながら、表情に影が差す蓮華を、マーガリンは優しく抱きしめる。
「母さん……」
「自分を責めないでレンちゃん。未来の私も、ロキも……そんな顔をして欲しかったわけじゃないと思うの。きっとレンちゃんなら、私達を解放してくれると信じたんだよ」
「!!」
「ええ、恐らくそうでしょう。それに、未来の私達の契約解除する魔道具を、マーガリンならば作れるでしょう」
「え!?」
「うん、仕掛けさえ分かってれば簡単だよ。後ね、多分だけど……その私達、あえて従ったフリしてるんじゃないかしら……」
「え、ええ!?」
未来から来た蓮華は、マーガリンとロキの言葉に混乱する。
それが事実なら、自分のしてきた事は一体と思ったのだ。
「で、でもリンスレットさんも操られてるんだよ!?」
「あー、ノンちゃんを守る為に従ったんだったよね。でも、それもあの契約呪法なら、リンは無効化できると思うんだよね。で、今もリンはソロモンに従ってるんだよね?それも、ノンちゃん付きで」
「う、うん」
「じゃぁやっぱり、そんな気がするなー。常々、地上の危機感の無さや魔界の弱肉強食制に呆れてたからねぇリンは……ソロモンの反乱を良い機会と思って、従ったフリをしてるんじゃないかなー」
「そ、それじゃ私達の今までの苦労は……!?」
唖然とする蓮華に、マーガリンとロキはポンと肩に手を置く。
「も、もしかして、ミレニアが私を過去に送る時になんか苦笑してたのって……」
「多分、知ってるだろうね」
「恐らく、知っていますね」
「ぐふぅ……」
その場に崩れ落ちる蓮華に、アリスティアは苦笑しながら寄り添う。
そこへ、成り行きを見守っていたミラヴェルが口を挟んだ。
「蓮華、例えそうであったとしても……レジスタンスのリーダーはお前なのだろう?」
「!!」
「ならば、お前が救わねばならない。お前がそうする事を、マーガリン達は望んで敵側に居るのだろう」
その言葉を聞いて、蓮華は落ち着きを取り戻した。
その表情は、先程とはもう違った。
「そっか、そうだよね。母さん達は、私を待ってくれているんだ。それに、アリス姉さんがその命を賭けてくれた事も、アーネストやノルンが私を守ってくれた事も、全て変わらない」
「レンちゃんのおかげで、この時代のレンちゃんはアリスを失わないで済むし、その恩は返させて」
「ううん、それは私がしたかった事だから。元の時代に戻ったら、もう会えないけれど……ここに、居るから」
そう言って、胸に手を置く蓮華。
その表情は、とても穏やかだった。
「蓮華さん……そうだ!」
アリスティアは蓮華に近づき、胸に置いた手に重ねる。
「アリス姉さん?」
蓮華は抵抗せず、アリスティアのする事を見守っている。
アリスティアが何をするにしても、信じているからこそだった。
「うーんと……これだっ!そりゃぁ!!」
「うわっ!?」
アリスティアが大きな声を出すと同時に、蓮華の全身が光り輝く。
そしてその光が飛び出し、人の形をとった。
段々と光が収まってきた時、そこには今のアリスティアより更に小さい、アリスティアの姿があった。
「えっ!?ここは!?」
「あ、アリス、姉さん……?」
「あ、あれ?なんで蓮華さんがここに?というか私、蓮華さんと一つになったよね!?」
わなわなと震える蓮華。そして、アリスティアを力強く抱きしめた。
「アリス姉さん!アリス姉さんだよね!?」
「そ、そうだけど、どうして!?」
わけがわからないといった表情の小さなアリスティアが、辺りを見渡し……今の自分からしたら、少し大きなアリスティアを発見し、頷いた。
「そっか、私を複製してくれたんだねアリスティア」
「魂は蓮華さんの中にあったからね。入れ物を用意するだけなら、今の私でも余裕だよ!」
そうニコッと笑って言うアリスティアに、蓮華は破顔する。
「ありがとうアリス姉さん!本当にありがとう!」
「ふふ、どう致しましてー!」
「でもアリス姉さん、後で説教だからね?」
「「そんにゃー!?」」
どちらのアリスも声を揃えて叫び声を上げる。
それを見たマーガリンとロキは笑う。
「ぷふっ。どっちもアリスだから、ここでは呼び方変えない?レンちゃん」
「ククッ……そうですね、変えないとどちらのアリスも振り向きますよ」
二人に言われ、吹き出す蓮華。二人が一緒に振り向くのを想像してしまったのだ。
「アリス姉さん。あ、小さい方ね」
「あぅー。ただでさえ小さくなってたのに、これはもう妖精レベルなんだよー……」
がっくりと肩を落とすアリスティアに、蓮華は苦笑しながら話す。
「あはは。えっと、今私は過去にきてて、蓮華じゃなくてリヴァルって名乗ってるんだ。だからアリス姉さんも名前何か考えて?」
「そこは蓮華さんが考えてくれないの!?」
「え?私で良いならそうだね……アリスってどう?」
「そのまんまだよー!?」
「そうじゃなくて、アリス姉さんって本名はアリスティアなんでしょ?だから、アリスが名前って事で。丁度童話のアリスみたいに可愛くなってるし。あ、今のアリス姉さんも可愛いよ?」
蓮華のフォローに苦笑するアリスティア。マーガリンにロキも同様に苦笑していた。
「まぁ私も違う名前だと反応できないかもだし、それで良いかなぁ。それじゃ、私はアリスって事で!蓮華さん、じゃなかった……リヴァルさんもそう呼んでね!」
「うん、アリス姉さ……アリス。やばい、私が間違えそうだ」
その言葉に全員が笑いだす。
そこにはもう、悲壮感はなかった。
「さて、話を戻すねレンちゃん。えっと、地上歴7285年月の6日、約二か月後にソロモンがリンの所に行くんだったね」
「うん。そこでノルンが人質に取られるんだ」
「今倒しに行った方が楽そうだね」
「多分無理だよ母さん。時の聖域のような、干渉外の世界に居るはずだから」
「成程、亜空間世界で力をつけているというわけですか」
蓮華の言葉に、ロキは少し苛立ちながら答える。
今すぐにでも滅ぼしに行きたかったのである。
「ならしょうがないわね。そうだ、リンにも伝えないとね。ありがとうレンちゃん、おかげで対策がとれるよ」
「ううん、さっきも言ったけど、私がしたかったから。ただそうだね、結果的にだけど、私は蓮華の成長を妨げた事になるね」
「ふむ。蓮華、元の世界へは同じ時間に戻れるのでしょう?」
「うん、ミラヴェルがこの時代の私に力を貸して貰えって言ってたけど、大丈夫ミラヴェル?」
壁にもたれかかりながら、ミラヴェルは静かに頷いた。
「ああ。アリスも共に戻すのなら、多少時間を貰うがな」
そう言うミラヴェルに、蓮華は笑う。
「うん、お願い。そっか、アリスと一緒に戻れるんだ……そっか……!」
「あはは。蓮華さんにそこまで嬉しそうな顔をされると、照れるなー」
アリスもとても嬉しそうな表情で笑う。
それを見て、ミラヴェルも微笑んだ。
「凄惨な未来を歩んできたんだ。今は少し、休めると思えば良い。帰れば、お前達はまた戦いの日々になるだろうからな」
その言葉に、二人は静かに頷いた。
「では蓮華、戻るまで蓮華やアーネストに修行をつけてやれば良いのではないですか?未来を変える為の行動も、私やマーガリンの手を極力借りず、自分達でやれる事をやるのが良いでしょう」
「成程……それも良いかな。アーネストはともかく、蓮華なら私は先を行ってるわけだし。というか、私はソロモンを倒すまでここに居たいんだけど、無理かな?」
「未来を知ってるレンちゃんが居てくれるのは助かるけど……時空神辺りが警告に来そうだねぇ」
「やっぱり、神々はそういうのルールで縛ってるの?」
蓮華の質問に、マーガリンは神妙な顔で頷く。
「私やロキ、リンまで巻き込んでる未来でならともかく、今はまだ起こってない事に対して、だからねー」
「そっか……なら、あまり長い時間は無理って事かな」
「だねー。まぁ、時空神が来たところで、私とロキ、それに今はアテナやクロノスまでいるから、手出し出来ないだろうけどねー」
「クロノスは元最高神の一神ですからね。多分大丈夫でしょうが……そもそも、私が居る時点で蓮華に手出しなどさせませんが」
マーガリンとロキの話に、蓮華は苦笑する他なかった。
相変わらず、神々の中でも最高位に位置する家族の存在に、頼もしいやら誇らしいやら複雑な気持ちだったのである。
「でも、私を守る為に母さんと兄さんもソロモンの契約を受けてしまった。私が強い皆の弱点になってるんだ。だから、過去の私を鍛える事は願ったりだよ」
蓮華は真剣な表情でそう言うが、マーガリンにロキは優しい表情で蓮華を見守る。
その瞳は、言葉を発するよりも雄弁に物語っていた。
「私は、この気持ちを得られるのなら、そんな事構わないよ」
「私は、この気持ちを得られるのなら、そんな事構いませんよ」
と。蓮華は二人の気持ちを知っているからこそ、自分の弱さが許せなかった。
言葉には出さずとも、二人の気持ちが理解できる。
だからこそ、守られる存在ではなく、共に戦える存在になりたかったのだ。
「コホン。えっと、蓮華って今は時の聖域の訓練を終えたくらい?」
空気を変える為に咳払いをし、質問をする蓮華。
二人は苦笑しながら答える。
「ふふ、そうだよ」
「ええ。先程、アーネストと蓮華、ノルンの戦いをしていた所です」
「そっか、ならノルンを魔界に戻らせなければ……!」
「その時点で、未来は変わりますね」
蓮華の瞳に輝きが増す。
未来でも変わらないその態度に、マーガリンとロキ、アリスティアにアリスは笑う。
ミラヴェルもまた、そんな蓮華を優しげな表情で見守っていた。
「それじゃ皆、蓮華達の所に戻ろう。あんまり長く放置するのもあれだし……話は上手く合わせてね?」
「了解よリヴァルちゃん」
「ええ、リヴァル」
「リヴァルさんって呼ぶの、慣れるかなぁ……」
「というか蓮華さん、なんでリヴァルなの?」
「え?私の好きだったゲームキャラの名前だけど……」
全員が苦笑したのは言うまでもない。




