83話.ゴールドからエンへ② ☆
ヴィクトリアス学園へと『ポータル』を使って移動して、学園内に入る事少し。
いつも通り生徒会室に居るだろうと思ってたんだけど、生徒会室には二人とも居なかった。
アリシアさんはまだ帰ってきていない。生徒会の皆も居場所は知らないとの事だった。
そこでアリス姉さんがアーネストとタカヒロさんの居場所を、魔力を使って探知してくれた。
「二人は蓮華さんが特訓してたあの丘の上に居るみたいだよー?」
ああ、ノルンに備えてアリス姉さんにボコボコにされたあの。
九か所同時攻撃とか酷いと思うんだ。
「多分待てば戻ってくるだろうけど……」
「行くよアリス姉さん、ノルン」
「あはは、だよねー!」
「アリスティアさん、そこにはタカヒロと会長だけなの?」
行こうとしたら、ノルンが首を傾げながら質問をした。
そういえば、あの時の5人の訓練をしてる可能性があるな。
「んー、ちょっと離れた所に5人居るね。で、多分だけど戦ってるよこれ。二人の位置が凄い速さで入れ替わってる」
「!!アーネスト!」
もしかしたら敵と戦っているのかもしれない!そう思った私は外へと駆ける。
「ちょ、待ちなさい蓮華!」
「蓮華さん!?」
二人が後ろから追いかけてきてるのが分かる。
だけど私は振り返らない。
アーネスト、無事でいろよっ!
そうして辿り着いた場所では、アーネストとタカヒロさんが向かい合っていた。
アーネストは双剣であるネセルを両手に持ち、タカヒロさんの方へと構えている。
対するタカヒロさんは、片手に丸い球を複数持っている。
「蓮華さん!急に走り出すからびっくりしたよー!どうしたの!?」
私とほぼ同時に着いたアリス姉さんに、敵と交戦してるんじゃないかと思ったと正直に伝えたら、呆れられた。
「蓮華さん、それならもう1人以上居る事になるよね?」
「あ……」
「あんたね……」
少しだけ遅れて到着したノルンにまで呆れられてしまった。
「ま、まぁ良いじゃない。何もなかったならそれで」
そう言いつつ、アーネストとタカヒロさんの方を見る。
向かい合っていた二人が足元に風を残し、凄まじい速さで駆けだした。
「しっ!」
「甘いぞアーネスト!」
アーネストが右手のネセルを上から振るうのを、タカヒロさんは余裕を持って回避する。
アーネストもそれを読んでいたようで、その先へ左手のネセルで斬り上げる。
けれど、それもタカヒロさんは回避した。攻撃後のほんの僅かな硬直時間。
時間にして1秒もないその隙に、タカヒロさんは手に持っていた丸い球を3つ、アーネストへ向かって放り投げた。
「こういう使い方もあるぞアーネスト!『反結界』」
「このタイミングで俺に結界!?しゃらくせぇっ!」
アーネストがネセルを振るうと、結界にぶつかる音が鳴り響く。
「なんだこれ!?結界って、守る為のもんだよな!?」
「ああ、そうだぞ。都合良く敵の攻撃だけ守ってくれるのが普通だが、それを反対にしたのさ。つまり、アーネストの周りにある結界は、お前を守る為ではなく、お前の動きを制限する為の結界なのさ。けど、俺の攻撃は通るからな?こんな風にな!『鎌鼬』」
そう言って更に丸い球をアーネストに向かって投げる。
丸い球の中に、文字が書いてあるのが分かった。あれはカマイタチ、かな?
球が弾け、凄まじい風の刃が吹き荒れる。
それも、アーネストの結界の中にだけ。
「アーネスト!」
たまらず私は叫んでしまった。
だけど、すぐ横でアーネストの声が聞こえる。
「よぉ蓮華。何かあったんだろうけど、急ぎじゃなければもちっと待っててくれな」
そう言って、タカヒロさんの元へと歩いて戻るアーネスト。
一体、どうやってあの結界の中から!?
「驚いたぞアーネスト。反結界の文殊を投げた瞬間に、すでにそこには居なかったって事か」
「へへ、そういうこった。残像ならぬ、幻実影だぜ。ネセルの力の一つさ。分身体と似てるけど、こっちは一撃貰ったら消えちまうけどな」
笑いあう二人に、私は理解が追いつかない。
アーネストは戦術がまた増えてるし、タカヒロさんに至ってはどこまで多芸なんだ!?
「驚いたわね、タカヒロが文殊を使うなんて」
「ノルンは知ってるの?」
「ええ。アスモデウスが、タカヒロのスキルが通ったら負けてたかもしれないって言ったの、伝えた事あったかしら?そのうちの一つ。なんでも、球の中に文字を描いて、その文字の組み合わせで効果が発動するスキルらしいわ」
そんなスキルがあるんだ。
ああ、それで反結界っていうのを発動した時は3つの球を投げたのか。
「あの文殊は敵に回すとかなり厄介でね。応用も効くし……魔術と同じで使用制限はあるらしいけれど。その為か、本当に強者と認めた相手にしかタカヒロは使わなかったはずよ」
成程……つまりアーネストは、タカヒロさんにそれだけ認められたって事か。
「まぁそもそも、スキルが効かない相手が居るから、リンスレットに負けてからは自分の腕を磨く為にも使わないって言ってたけど」
そう言いつつ、アーネストとタカヒロの方を見ているノルン。
その表情はなんだか少し悔しそうな気がした。
なんとなく、なんだけどね。
「私の訓練の時も使わなかったくせに……」
ボソッと聞こえた声を聞き逃さなかった。うん、これは悔しがってるな。
タカヒロさんに特訓を受けていた5人も私達に気付いたようで、ぺこりと頭を下げてきた。
苦笑しながら手を振って、アーネストとタカヒロさんの方に視線を向ける。
タカヒロさんの持つ球が、魔剣という文字を浮かび上がらせた。
瞬間、禍々しい剣がタカヒロさんの手に握られた。
なんでもありだな、あのスキル……。
そして、今度はアーネストと接近戦で戦いだした。
あのアーネストの素早い動きを、完全に見切っている。
って見惚れてたけど、なんで二人が戦ってるんだ。
そう思っていたら、見守っていた5人のうちの1人、エリク君だったかな?彼が一歩前にでて言った。
「師匠、アーネスト様、時間です」
その言葉でアーネストは剣を降ろし、タカヒロさんは魔剣を消した。
「ふぅ、お疲れさん。良い試合だったアーネスト」
「ああ!タカヒロさんマジで強ぇな!またやろうなっ!」
「はは、ああ」
二人笑いあって握手をしていた。
うん、良い青春……って違う。
二人の元に歩いて行って、声を掛ける。
「それで、なんで二人は戦ってたの?」
「俺がタカヒロさんと戦いたいって言ったからだよ」
お前かい。いやそんな気はしてたけどさ。
「俺としては5人の勉強になるかもしれないと思ってな。それで後学の為にスキルも使ったんだ。だからぶーたれるなノルン」
「!?ぶ、ぶーたれてなんかないし!?」
ノルンが顔を真っ赤にして反論するのがおかしくて、吹き出してしまった。
勿論、すぐにノルンから反撃を受けたのは言うまでもないよね。
「そんで、今度はどっちが必要なんだ?あ、タカヒロさんだけ必要でも俺は行くけどな!」
なら聞くな。どっち道来るんじゃないかと思ったのは口には出さない。
「どっちもだよ。いやまぁアーネストは今回要らないかもしれないけど」
「ひでぇ!?」
「あははははっ!」
アリス姉さんがお腹を押さえて笑っている。
アリス姉さんの笑いのツボは相変わらずよく分からないけれど。
「ふむ、そうか。なら5人にはまた自主練に戻ってもら……いや、丁度良い。今回のように俺達はよく抜けるかもしれんし、お前達には生徒会の仕事の手伝いをまたして貰おうか。どの道、アーネストは生徒会を任せるつもりなんだろう?」
「ああ、そうだぜ。こいつらの事は良く見てたけど、性格も実力も問題ねぇと思ってる」
「「「「「会長……!!」」」」」
おお、5人がアーネストの事をキラキラした目で見てる。
一応生徒会長としての威厳もあったんだなアーネスト。
私にはよく分からないんだけども。
「お前、またなんか失礼な事を考えてたろ?」
「なんで分かるんだよ」
「せめて否定しやがれ」
「あは、はははっ!もぅ、蓮華さんとアーくんが話すと本当に面白いんだからー!」
何故かアリス姉さんには笑われるんだけども。
それから、生徒会室に一度戻ってから皆にアーネストとタカヒロさんを借りてく事を伝えて、『ポータル』で家に帰った。
「あー、俺も『ポータル』使えるように特訓しようかな。便利だよなこれ」
「なら私と一緒に特訓するかアーネスト。私はこれから、強くなる為に特訓するつもりだし」
「へ?旅は良いのかよ」
「とりあえず、この後の事でまとめて説明するよ」
「まぁ家の中に入ってからで良いか。はー、喉も乾いたし、キンキンに冷えたビールが飲みてぇ!」
「お前、その見た目でおっさんくさい事を……せめてジュースって言え」
「母さんと兄貴がビールなんて許してくれるわけねぇじゃん。願望くらい言っても良いだろー」
まぁそうなんだけど。
この世界でも、飲酒は20歳を過ぎてからなのだ。
成人は18歳で認められているのに、よく分からないルールだよね。
「アンタ達、よく分かんない事で話してないで、さっさと家に入んなさいよ。アンタ達が入らないと、私達も入れないでしょうが」
やれやれって感じでノルンに突っ込まれてしまったので、家へと向かう。
私とアーネスト、アリス姉さんにノルン、タカヒロさんを含めた5人。
ノルンとタカヒロさんが居るけれど、家族が全員揃うのは私が倒れた時以来だね。
ミラヴェルと会うのは初めてになるだろうし、アテナやクロノスさんにも会わせたいけれど……まぁ今すぐじゃなくて良いかな。
それから母さん達に迎えられて、皆で居間に集合する。
母さんの作ってくれたお菓子の数々と、兄さんが用意してくれた飲み物を飲みつつ、アーネストとタカヒロさんに魔界であった事や、ゴールドをエンへと変えたい経緯を説明した。
「それは面白い案だな。リンスレットに俺から話を通しておこうか?」
そう言ってくれるタカヒロさんに、母さんがすでに概要は伝えてくれてると話した。
タカヒロさんが乗り気な事で、ノルンも安心したみたいだ。「なら早速私達はリンスレットの所に戻った方が良い?」ってタカヒロさんに聞いてた。
ただ、初音との戦いの経緯を聞いたタカヒロさんは、ノルンが強くなりたいと思っている事を知ってる。
だからか、タカヒロさんは「それは俺に任せて良いから、お前はアーネストや蓮華と一緒に特訓して貰ったらどうだ?」と言った。
ノルンは頷き、母さんの方を真剣な表情で見る。
「私も、蓮華や会長と同じように特訓して頂けないでしょうか……!」
ゴクリと唾を飲む音が聞こえそうなくらい、緊張した雰囲気だったんだけど。
「良いよー!私の特訓は厳しいから、覚悟してねー?」
なんてあっけらかんと言う母さんに、そんな雰囲気は霧散した。
明らかにホッとした表情をしているノルンに、耳元まで近づいて私とアーネストはそっと伝える。
「ノルン、ほんとーに辛いからね。デリバリーヘルってくらい」
「地獄を配ってどうすんだ蓮華。むしろあれは鬼を超えてるだろ」
「あ、アンタ達二人がそこまで言うくらいなの!?」
「レンちゃーん、アーちゃーん?」
「「ひぃっ!?」」
稀に見る母さんの黒い笑顔に、私とアーネストは竦み上がった。
それを見たアリス姉さんはまた笑ってて。いい加減笑いすぎだからねアリス姉さん。
いや兄さんにタカヒロさんまで笑ってたけれど。
そんなこんなで、ゴールドとエンの事は母さんやタカヒロさんに丸投げして、私達は特訓に入る事になった。
ちなみに、アーネストについてはシオンさんに母さんが連絡をしておいてくれるとの事。
生徒会の事もタカヒロさんに投げる事になってしまったけれど、何気に小間使いさせてしまってる気がする。
魔界の重鎮にそんな事させて良いのかなと思いつつ、本人が気にしていないようなので、甘えさせてもらおう。
折りをみて病院にも顔を出そうと思うけど、まずは特訓だ!
こうして私とアーネスト、ノルンの特訓の日々が始まった。




