81話.魔素
ユグドラシルの力が、私の現時点の潜在能力までしか使えないのは知ってた。
だけど、それでも凄まじい強さで、今の私なんかじゃ到底出せない力と技量だと思う。
それなのに、この目の前の女は……
「クス、甘いですわね。動きに精彩を欠いておりますわよ蓮華」
二刀の刃が、ユグドラシルを襲う。
けれど、気が付いた時には離れた位置に居た。
アンジェさんの時止めの秘術だ。
「やれやれ、無粋ですわね紳士さん?ようやく斬れたと思いましたのに」
「ほっほっ。これだけが得意なものでしてな」
そう言うアンジェさんの額には、汗が流れてきている。
初めはこちらが優勢だった。アンジェさんの拳を避ける事が出来ていなかった。
ユグドラシルの斬撃とアンジェさんの打撃、凄まじい速度で繰り出される攻撃の数々を、全て直撃していたんだ。
だと言うのに、段々と……そう、段々と受け流せるようになっていった。
まるで、恐ろしい勢いで成長しているかのように。
アンジェさんは時を止める事と、ほんの少しだけ巻き戻す事も可能だという。
それを攻撃に応用し、外した攻撃を当てたり、当てられた攻撃を外す事も出来るらしい。
だと言うのに、あの女はそれに対応している。
「ふぅ、しかし驚きましたな。ここまでとは……流石は冥界の異端児というわけですな」
「これだけの実力がありながら、ナイトメアなどという組織に組しているのですか」
アンジェさんとユグドラシルが、息を乱しながら言葉を投げかける。
それに対して、彼女は微笑んで言った。
「あらあら、私は私のしたいようにしているだけですわ。今回も、蓮華=フォン=ユグドラシルを確保して欲しいとお願いされたものですから、楽しそうなら良いですわと言っただけでしてよ?」
私、を!?
「それが、ナイトメアというわけですかな?」
「ええ、そうですわ。中々に面白い実験をされてましたから、興味を持ちましたの。魔族を魔物に変えるなんて、面白いでしょう?」
「「!!」」
「神は、あらゆる生物を創りましたけれど、その中に魔物が含まれていない事は、知っていますわよねぇ?」
なんだって!?なら魔物はどうやって生まれたんだ!?
「世界樹と動植物のコラボレーションで生まれたのが、魔物ですものねぇ。私が創りだした方法も、それの応用ですけれど。くす、最初に生まれた種族だけならば、魔物は存在しなかったかもしれませんのに。ユグドラシルも罪ですわよね」
ユグドラシルがソウルを握る力を強くする。
どういう事だ?世界樹が生まれた事によって、魔物が生まれた!?
「それは少し語弊がありますなレディ」
「いいえ、違わなくてよ?世界樹が世界に散布しているマナ。それと同等の魔素も放出している事を貴方達ならご存知ですわよね。そして魔素の比率が高いのが、魔界ですもの」
魔素?魔素なんて初めて……いや、ゴールドに含まれる魔素をなんとかって聞いた気がする。
「魔素は、生物の負の感情を吸収するエネルギー。土に還った動植物の抗生物質や因子を媒体にして、魔素が変化した存在が魔物ですもの。だから、魔物は他の生物に対して、攻撃的なのですわ。そしてそれは、生命が存在する限り、魔物もまた存在する事になるでしょう?」
そんな……魔物が、それで生まれていたなんて……。そういえば、ノルンも言っていた。魔界のダンジョンは、魔界のマナによって生まれているって。
ワルドモンスターと呼ばれているって……正確にはマナじゃなくて、魔素だったのか。
「御託はそこまでで良いですか?今、そんな話が必要ですか?」
ユグドラシルが冷徹な声を発する。
こんなユグドラシルは、初めて見た。心底、機嫌が悪そうなその声に驚く。
「ええ、勿論この話をしたのには理由がありますわ。それはですわね……魔族を魔物へと変化させ、魔物を配合し、新たな魔物を創りだす者達が……世界に魔物を生み出した根源の化身、蓮華=フォン=ユグドラシルをどうするのか……とても興味が湧いたのですわ。私はその行いを見守り、時には手を出すつもりですわ。だから……今日はそれを伝える為のデモンストレーションに来たのですわ」
「「!!」」
そう言うと、彼女は剣を消す。
まるで、最初からそこには無かったかのように。
「一気に終わらせては、つまらないですものね。貴方達はとても強かったですし、今後が楽しみですわ。それでは、今日はこの辺りで失礼致しますわね。また、会いましょう?」
そう言って、その姿が消える。
しばらくの間、ユグドラシルとアンジェさんは無言だった。
「……蓮華、戻りますね。色々と聞きたい事があるかとは思いますが、これだけは信じてください。私は、魔物を創るつもりは、ありませんでした」
そう辛そうに言うユグドラシル。
だけどね、そんな事でユグドラシルを責めるつもりなんて、さらさらない。
"ユグドラシル、勘違いしないで欲しいんだけどね。私だけじゃなくて、皆それを知ったとしても、ユグドラシルに何か言う事はないと思う。何か理由があったんだと思うし、そもそもユグドラシルが居たから、皆生きていられるんだよ。そんなユグドラシルが、気負う必要なんてないじゃないか"
「……ありがとう、蓮華」
少し沈んだように感じるユグドラシルだったけど、少しでも私の気持ちが伝わってくれたら良いなと思う。
「レディ、それでは街へ戻りましょう。被害状況も確認せねばなりませぬからな」
アンジェさんに頷き返し、私達は地上に降りてノルンの元へ行った。
レニオンのお蔭で傷も塞がり、完全に回復していたノルンは悔しそうだった。
でも、あれは仕方がないと思う。彼女は完全に格上の相手だった。
強く、ならないといけない。そう心に深く刻んだ戦いだった。




