79話.悪魔の所業
薄暗い階段を下りて行く。
壁には燭台が均一間隔に取り付けられていて、蝋燭の火が絶えず燃えている。
「この蝋燭の火も、魔法なんですか?シリウスさん」
「魔道具だな。消えても魔力を込めれば、半永久的に使えると思うぞ。そして、この火は今も消えていないという事は……」
「誰かがここを今も利用してるって事じゃン?」
玲於奈の言葉に、俺も頷く。
気を引き締めながら、階段を進み……明かりがついている広間へと出た。
そこには、大きな透明のガラス管がたくさんあった。
元は何か入っていたであろうそれは、緑色の液体で満たされている。
「なんだ、これ……」
俺は思わず声に出していた。
なんていうか、昔漫画で読んだバイオテクノロジーとか、遺伝子なんちゃらっていう施設に似てる。
「ふむ……かすかに魔力の残りを感じるのじゃが……ここには何もないようじゃな」
「そのようですねぇー」
ミレイユとスラリンが辺りを見渡しながら、そう言う。
玲於奈は机にあった本を手に取り、中身を見て驚いた声を上げる。
「お、おい兄ちゃん!これっ!」
「どうしたんだ玲於奈?」
呼ばれたので、玲於奈の傍へ行く。
本を受け取り、中身を見た。
「……読めないぞ玲於奈」
なんかよく分からない文字の羅列で、どうしようもないんだけど。
「文字じゃねぇよ兄ちゃん!絵、絵だよ!」
絵?文字の横には確かに絵があった。
そしてこれは……なんだこれ。配合、か?何かのゲームで、こんなのあったような……。
「兄ちゃん、これ魔物の配合データじゃねぇンかな。この絵とこの絵の横に文字が挟んであって、また絵があるじゃン?これってつまり……」
この魔物の絵を仮にABCとして、AとBの魔物を合わせてCの魔物になるって事か!?
「シリウスさん、この文字は読めますか!?」
俺は急いでシリウスさんに本を見せる。
「これは古代文字だな……私でも読めない。持ち帰って、専門の者に解読して貰おう」
シリウスさんでも読めないなら、お手上げだ。
でも、もし魔物の配合だとしたら……キメラは、ここで創られたという事になるのか?
「シリウスさん。この施設壊してしまいますか?」
「それなら、手を貸すじゃン?」
俺と玲於奈が剣を構える。
ミレイユは手から黒い魔力を発生させている。
いつでも破壊してやるってのが見て取れた。
スラリンはニコニコ微笑んでいるけど、あれは笑っていない。
「そうだな……いや、それは後にしないか?」
「どういう事ですか?」
「この施設は、まだ使っている者が居る。なら、張り込んでいればまた来ると思わないか?」
「「「「「!!」」」」」
「そこで、犯人を捕まえる。その犯人から聞き出せる事は多々あるだろう。その後に、破壊してしまおう。どうだろうか?」
「「「「「異議なしっ!」」」」」
話はまとまり、俺達は一旦この場を後にした。
消した蝋燭の火をもう一度つけると、壁が出現して元通りになったので、俺達が侵入した事はばれないはずだ。
こうして俺達は、犯人を捕まえる為の持久戦を開始する事になった。
ただ、犯人と思われる者は思ったよりも早く来た。
蝋燭の火を消し、階段を下りて行く。
俺達はそれを確認し、後を追った。
そこで、信じられないものを見た。
何かカードのような物をガラス管の前の機械に設置したら、その中に魔物が現れたからだ。
キングコングのような見た目の巨大な魔物が、ガラスの中で浮いている異様な光景に息を飲む。
そうして、またもう一つのガラス管の中にも魔物が現れる。
こちらは象、だろうか。最初に現れた魔物に負けず劣らずの大きさをしている。
同じように、ガラス管の中で浮いている。
「ククッ……さて、配合開始だ。今度は失敗してくれるなよ」
日本語!?この世界に来てから、この世界の人達の声は確かに日本語なんだけど、耳からというより、頭の中に聞こえてくる感じだった。
だけど、今の言葉は違う。
今の言葉は、きちんと耳から聞こえた。蓮華さんが話す言葉と同じように。
考えていると、両端のガラス管の中に居た魔物が光り出した。
そして、中央奥にあるガラス管が光に包まれる。
「おぉ……完成だっ!こいつはドラゴンかっ!ハハッ!良いデータが取れたな!」
光が収まったかと思うと、その中には大きなドラゴンが、ガラス管の中で窮屈そうに浮いていた。
最初に居た二体の魔物が、消えている。
まさか、あの二体を生贄に召喚したって事か!?
それとも、あの二体を配合したって事か!?
突然の事態に、頭がこんがらがる。
そこへ、玲於奈から冷静な声が聞こえた。
「兄ちゃん、アレは許しちゃ駄目だ。アレは、人が行って良い事じゃねぇよ」
「……そうじゃな。今のは魔物のようじゃったが、あれが人であってもおかしくは無いのじゃ」
ミレイユのセリフにハッとする。
そうだ、そんな事をさせるわけにはいかない。
隠れていた俺達は、危険な事を行っている男を捕まえようと部屋に入ろうとしたのだが。
「いけませんねぇ。見られたからには、生かして帰すわけにはいきませんねぇ」
そう、すぐ後ろから声がした。
「なっ!?」
玲於奈が信じられない、と驚いている。あの玲於奈が気配に気付けなかった。
それだけじゃない、体が動かない。
「随分魅入っておられたようですからねぇ。その場に陣を刻むのは簡単でしたねぇ」
「お前、は……!」
「これはこれは。自己紹介が遅れましたねぇ。私の名はサタン……いえ、シャイターンと名乗っておきましょうかねぇ」
シャイターンと名乗ったその男の眼が光ったと同時に、俺の意識が刈り取られる。
一体、何が……そう思った時には、俺はもう倒れてしまった。
「さてさて、少し前から拝見させて頂きましたが、彼がこのチームのリーダーでしょう?彼の命を奪われたくなければ、従って頂きましょうかねぇ」
「「「「っ!!」」」」
「特に、貴女と貴女。素晴らしい力をお持ちのようですからねぇ。ククッ……ちなみに、妙な考えを起こさない方が良いですねぇ。私はこれでも悪魔でして、他人の命の価値は物凄く低いですからねぇ」
「お主に従ったとて、テリーを無事に返すとは思えぬのじゃが?」
「これはこれは。勿論、勿論でございますとも。ですから、契約を致しましょう。悪魔とはすなわち契約。言葉など信じられないのは当たり前。ですからですから、契約こそ絶対」
シャイターンの言葉に、ミレイユは思考してから答えた。
「……聞こう」
「ミレイユ!?」
たまらず玲於奈が叫ぶが、ミレイユは落ち着いている。
「レオナ、悪魔は契約を違わないのじゃ。それは、違反すれば自身に危害が及ぶからなのじゃ。契約こそ絶対、それは悪魔の絶対のルール。そこを違える事は無いのじゃ」
「で、でも!」
食い下がる玲於奈に、ミレイユは先を促す。
「ご安心をご安心を。なーに、簡単な契約でございます。レンゲ=フォン=ユグドラシルの肉体を、ここへ持ってきてほしいのですよ。ただ、それだけでございます。それで彼を解放すると約束致しましょう。勿論、貴方達に手を出す事も致しませんとも」
「「「「「!!」」」」」
「そんな事を認めると思ったか悪魔め」
シリウスが剣を抜く。だが、ミレイユはその前に立ちはだかった。
「すまぬ、今は従って欲しいのじゃ。妾達は、テリーを失うわけにはゆかぬ」
「それは無理だ。私は、蓮華様を売るような真似だけは、絶対に出来ない。お前達には悪いが、従うつもりはない」
ミレイユは目を瞑った。しばらくして目を開けたその時、その瞳には普段と違う目の色を宿していた。
「すまぬ。その悪魔は、恐らく妾でも倒せぬ。じゃから、お主を今は……倒させてもらう。シャイターンとやら、この者の命まで取れとは言わぬな?」
「ククッ!勿論でございますとも。私は悪魔ですから、こういう展開は大好物でございますからして。良いですねぇ、楽しいですねぇ」
そう笑うシャイターンに、玲於奈は舌打ちをする。
「チッ……マジでやンのミレイユ」
「……今は、従って欲しいのじゃ、レオナ」
真剣な表情で言うミレイユに、玲於奈は頭を掻いた後にシリウスを見る。
「すまねぇシリウスサン。兄ちゃんを助ける為に、今は敵対させて貰う」
剣を構えるシリウスの前に、ミレイユ、玲於奈、ハルコの三人が並ぶ。
いつの間にか居なくなっているスラリンに気付いた者は、ミレイユを除き誰も居なかった。




