70話.DMS団首領来訪
「病院の人手が足りない……?」
ノルンから言われた事に、オウム返ししてしまった。
でも待ってほしい。病院がまず受け入れられるかどうかっていう段階だったはずだ。
それがなんだってそんな事態になるの?
「今も病院は満員よ。ずっと治療に当たってくれているんだけど、他の街からも来るせいで正直対処が追いつかないのよ」
嘘でしょ!?戦争でもあったの!?
そんな私の疑問に、ノルンは一つ一つ教えてくれた。
病院を開業した日から、正確にはその前日から、見た事の無い魔物が湧きだした事。
今まで生息していた魔物とは全く違う魔物が、街を襲うようになった。
そのせいで街を守る為に戦うしかなく、応戦する事になったけれど、魔物の強さは一律ではなく、強弱に凄まじい開きがあるらしい。
弱い魔物だけなら街の住人でもなんとかなるけれど、強い魔物は逃げて時間を稼ぎ、強い魔族の方が来るまで持ちこたえるしかないのだとか。
その為負傷者が重なり、そんな時にタイミングよく聞こえてくる病院の噂。
私が病院を後にしてから時間をおかず、連日満員の状態だったらしい。
ノルンは私を気遣って、なんとか対処しようとしてくれたみたいだけど、もうどうにもならなくなって、私に連絡しに来てくれたというのが、事の流れだ。
私が居ない間に、皆頑張っていてくれたんだ。
今度は私が、皆の力にならないと。
「分かった、病院に行こうノルン。対処はそれから考える」
「助かるわ。アンタなら、とりあえずその場の全員を一気に治せるでしょ?それで少しは余裕ができるはずだから、皆にも少し休んで貰いましょ」
「そうだね、そうしよう。母さん、そういうわけだから、一旦特訓は後回しにさせて貰うね」
母さんの方を向くと、やはり笑顔で頷いてくれた。
「うん、帰りを待ってるねレンちゃん。頑張って!でも、無理はしちゃ駄目だからねー?」
あったかい母さんの言葉を聞いて、兄さんとアリス姉さん、それに大精霊の皆に見送られながら、私はノルンと共に魔界の病院へと戻った。
病院には本当に凄い数の人が集まっていて、皆治療を待っていた。椅子やソファーは全て埋まっていて、軽傷の人は立って待っている。
そんな状態でも、不平不満を言う人は誰もおらず、皆静かに待っているのが意外だった。
中には、自分を先に治せとか、文句を言う人が居ると思っていたのに。
でも、その疑問はすぐに解消された。
治療する場所と、待っている人達の間には隔たりが何もない。
最初はあったはずだ。だけど、その敷居の間すら勿体ないと、消したのだと思う。
重症者を含め、街の仲間の皆を今も必死に治そうと魔法を唱え続けている彼らを見て、誰が文句を言えるのだろう。
ポーションを片手に魔力が尽きれば飲みほして、額に汗を滲ませながら、治療を続けている。
胸が熱くなった。皆、必死に頑張ってくれている。
「蓮華様っ!?」
「蓮華様だっ!」
治療をしていた人達が私に気付いて、私の名を呼ぶ。
疲労を感じさせるその顔が、安心したかのような顔に変わる。
先程まで静かだったその場が、少しざわつき始める。
「皆、お疲れ様。そしてありがとう。一時しのぎだけど、任せて。『エリアヒーリング』」
この場に居る全ての人へ届くように。
魔力回路に、光属性のマナを強く流す。
家での特訓のおかげで、私の属性魔法の効果は跳ね上がっている。
今までと違い、魔力の流れが分かる。
レニオンが力を貸してくれている。
「き、傷が……、こんなに速くっ!?」
「あったけぇ……こんなあったけぇもんなのか、光魔法っていうのは……くそぅ、あいつらが使うのとは、全然違うじゃねぇか……」
「あぁ……お母さんに抱きしめられて、包まれた時……こんな風に、あったかかったな……」
中には涙を流す人までいた。う、うん、それは感動しすぎじゃないかな……。
光を抑え、治療が完了した事を確認する。
「さ、皆少し休憩にしよう。新たに誰か来たら、私が対応するから安心して」
「「「蓮華様ー!!」」」
その言葉と同時に、皆が駆け寄ってきた。
皆にお礼を言いながら、雑談を交わす。
街の人達からお礼を言われ続けて、ちょっと参ったけれど。
ちなみに、私の治した治療費は皆一律の最低値段にしておいた。まぁ、緊急対応という事でね。
事務処理に追われる皆は、凄く忙しそうだったけれど、こればかりは私は手伝えない。
頑張ってくれてる皆に、美味しいと好評のスタミナポーションを差し入れしたら、凄く喜んでくれた。
それから、奥の部屋でノルンとイシスちゃん、ミアちゃんにロジャー君で集まり、情報の共有をはかる。
事の始まりは、魔物の増加だ。
それも、今までの生息地に居た魔物ではなく、見た事も無い魔物達が増えたという事。
驚いた事に、その魔物達は倒すとゴールドを落とすらしい。
聞き間違いかと思ったよ。
それも、強い魔物ほど結構な量のゴールドを落とすのだとか。
ゲームかい!いや、実際問題命に関わるんだけど、どういう事だ。
この世界が私の居た世界からしたら異世界であるとはいえ、魔物を倒したからってゴールドは落ちなかったはずだ。
考えられるのは、ゴールドを媒介に魔物を創ったという事だろうか?
そもそも、何の為に?
「蓮華。今は魔物が何故増えたのかを考えるよりも、これからも負傷者が増え続ける事を見越して、対処しなければ不味いわよ。いえ、勿論魔物の事も元を絶たなければ変わらないから、必要なんだけれど……」
ノルンの言う事は分かる。私も同じ考えだ。
「何より、人手が圧倒的に足りない。今の現状が続けば、いえもっと増える事になれば、こちらが倒れてしまうわ。蓮華のお蔭で今は持ち直したけれど……」
ノルンは言いよどむ。私と同等の回復魔法を使える魔力の持ち主なんて居ない。
「魔物の対処が追いついていなくて、マナポーションの材料も集められない状態で……このままだと、在庫も尽きてしまいます……」
ミアちゃんが沈痛な面持ちでそう言う。足りなくなったその時、現場は崩壊する。それを理解しているからだ。
「申し訳ありません、蓮華様……私達が不甲斐ないばかりに……」
イシスちゃんがそう言うけれど、その言葉は聞き逃せない。
「そんな事ない、それは絶対に違うよイシスちゃん。不甲斐なくなんてない、一生懸命頑張ってくれたのを、見ていなくたって分かる。イシスちゃん達を貶むのは、例え本人でも私が許さないよ?」
イシスちゃんは驚いた顔をしたけれど、その後微笑んで、ありがとうございますと言ってくれた。
お礼を言うのは、私の方だよ。
「素材を集めるのは、俺達騎士に任せて貰っていたんだが……やはり魔物の分布が分からないのもあってな。それに強い魔物が多くて、中々捗らないんだ」
ロジャー君も難しい顔をしてそう言う。
やはり、人手が圧倒的に足りないのが問題だ。
アーネストに手伝って貰う?いや、ここ最近何度もアーネストは学園を離れている。
あいつにずっと甘えるわけにもいかない。
どうするべきか……そう考えていた所で、扉をノックする音が聞こえる。
「どうぞ?」
「失礼致します。蓮華様、治療に来たのではなく、蓮華様にお話があるという者が」
「私に?」
「放っときなさい蓮華。どうせ、蓮華に一目会いたいとかしょーもない奴でしょ。そんなのにいちいち付き合ってたら、アンタの時間が勿体ないわ」
ノルンがそう言う。うーん、今は確かに時間を無駄に出来ないよね。
帰って貰おう、そう言おうとしたんだけど、続く言葉で気が変わった。
「それが、DMS団の首領が会いに来たと伝えて欲しい、と」
DMS団。確か、ナイトメアと表だって敵対している組織。
その首領……会う価値は、あるね。
「通してくれる?」
「分かりました!」
呼びに行ったのを確認して、皆に向き直る。
「皆も一応話を聞いてもらうね。大丈夫、何かあっても私が守るから」
そう微笑んだら、皆笑ってくれた。
「やれやれ、俺は一応守る役目でここに居るんだけどな」
なんてロジャー君が苦笑して、皆がまた笑う。
そうして待つ事少し、力強いノックの音が聞こえた。
「どうぞ、開いてるよ」
「失礼致します」
入ってきたのは男性で。
どこにでも居そうな、村人のような恰好をしていて、拍子抜けしてしまった。
首領って言うくらいだから、もっとこう……凄い恰好してるのかなって勝手に思っていたから。
「お初にお目にかかります、蓮華様。私はDMS団首領のニガキと申します。今日は、蓮華様に協力したいと思い、参りました」




