64話.アリスティアとミラヴェル、数千年ぶりの邂逅
蓮華さんの為に、私は今冥界の中心地である『サクリファイス』という場所に来ている。
その名前の通り、生前生贄として殺された者達が住まう場所。
ある者は化け物に食べられ。ある者は天候の為に殺された。
そんな誰かの為の贄となった者達が、第二の生として生きる場所。
生きていながら、生きていない体。アストラルボディに食べ物は必要じゃない。
勿論味覚はあるけれど、食べたからって満腹にならないし、満足しない。
その気になれば永遠に食べられる。ただ、食べても何の意味も無い。必然と、この冥界では料理という概念が無くなる。
水も要らないし、本当に何もしなくても"生きて"いけるんだ。
けれどそれは、果たして生きていると言うのだろうか……私はそう思う。
だから、蓮華さんの前では、私は普通に食べる。蓮華さんの作る料理はなんだって美味しいし、卵焼きが大好きだ。
蓮華さんは私が食べた感想を言うと、本当に嬉しそうに笑ってくれる。
その笑顔が大好きで。また見たくて、お願いしてしまう。蓮華さんはしょうがないなアリス姉さんはって言いながらも、また作ってくれる。
優しい笑顔をくれる蓮華さんが大好きで。可愛い妹のような存在で、時折お姉さんのように格好良くなって。
私を心から信じてくれて、大切にしてくれる。
そんな蓮華さんの力になれるならと、私は一も二も無く冥界へと向かった。
こんな気持ち、精霊女神であった頃には感じた事が無かった。
大好きなユーちゃんの化身。だけど、その心は別物で。優しくて、どこまでもあったかい人。
周りに居る人を笑顔にしてくれる。その言葉で、その態度で。
私は蓮華さんが大好きだ。
だから、蓮華さんの手伝いの邪魔をする、この程度の魔物に負けたりなんかしない。
「邪魔ぁぁぁっ!!」
「グガァァァァッ!?」
巨体が地面へと転がる。
私のパンチを正面から受けて、一撃で絶命した。
「相手を見て喧嘩を売るんだね!」
手をパンパンと叩いて、手についた汚れを払う。
むしろ相手を見て喧嘩を売ったのかな?見た目少女だもんね。でも、相手の力量を感じられない時点で、雑魚だからねー。
もうそろそろ、時の大精霊が眠る神殿に着く。
神殿と言っても木々に囲まれていて、根が外壁を犯しているし、手入れもされてはいない。
「ミラー!居るんでしょー?どこー?」
神殿の外から、そう呼びかける。
時の大精霊、ミラヴェル。愛称でミラと呼んでいるこの大精霊は、他の大精霊達より一つ上位の存在だ。
元となる属性の日、月、火、水、木、金、土の大精霊。
また派生になる光、闇、炎、氷、風、雷の合計十三の大精霊が居る。
その上に、時の大精霊であるミラヴェルと、空の大精霊であるサクラを合わせ、十五の大精霊が精霊女神の僕として存在している。
まぁ言っちゃうと、私の眷属だったって事なんだけど。
私はロキの放ったフェンリルを封じる為、役割を放棄した。
ロキは、あの時ユーちゃんの為に本気で怒っていた。
私とマーガリンは、ユーちゃんの為にロキを止めようとした。
ロキ自身の命まで込めて創られたフェンリルの強さは凄まじく、精霊女神の私とマーガリンの力を合わせても、封じる事しか出来なかった。
厄災の獣、ロキはそう呼び名を変えた。
ユーちゃんを奪った世界が許せなくて。でも、ユーちゃんが守ろうとした世界をどうすれば良いのか決められなくて。
ロキはずっと、そうして地上を見守ってきた。
マーガリンと二人で、ずっと。
蓮華さんの頼みでなければ、ミラに会いに行こうとは思わなかった。
ミラは私や精霊達には寛大だけど、他の生物に対して、どこか冷めた印象があるからだ。
それがこうして会いに行くんだから、どうなるか分からないものだね。
返事が無いので、奥へと進む。
途中にある仕掛けは、私には発動しない。
てくてくと散歩するように歩いていくと、大きな広間へと出た。
そこには、座禅をして眠っているように見える、美しい女性が居た。
薄い布のような物で最低限身を包んでいるだけの、絶世の美女。
彼女こそ、時の大精霊ミラヴェルだ。
「ミラ、居るんなら返事してよー」
「……ん?アリスティア、か?」
「そうだよー」
「そうか。見違えたぞ。いつからそんな少女の姿に?」
「あ、そっか。実はね……」
ミラに、私が子供の姿になった原因を話す。
ロキの事も、蓮華さんの事も。
「そうか……人の世界は、まだ続いているのだな。ユグドラシル様のお蔭で、私達は今も生きていられる。その事を、理解して生きている者がどれだけ居るのだろうな……」
「たくさん居るよ。大丈夫、ユーちゃんの望んだ世界に、ちゃんと成ってるから」
「ふむ……生物は醜いだろうアリスティア。何故、助けるのか私には理解できないな。我々精霊達と、神々のみが生きる世界では、いけないのだろうか」
私も、生物の醜い所は知っている。それだけを見ていたなら、私だって生物は嫌いになっていたと思う。
でもそうじゃない。優しい人も居るんだよ。誰かに厳しい人も、大切な人が居て……またその大切な人にだって、大切な人が居る。
身近な人だけでも守ろうとする人達は、たくさん居る。
「ミラ、視野を広く持とうよ!目についた悪は、根絶やしにしちゃえば良いんだし!」
だから、私は明るくそう言う。
笑って言える。だって私は……蓮華さんや、アーくんと出会えたから。
私の大切な家族。私を受け入れてくれた、何よりも大切な家族の顔を浮かべて。
今だって鮮明に思い出せる、その笑顔を。
「……そうか。心から笑えるようになったのだな、アリスティア」
「!!」
「蓮華という少女と契約をする為に、地上に行けば良いのだな?分かった、行こう。ただ、少し腕試しをさせてもらうぞ?」
「え、えぇ!?蓮華さんと戦うの!?」
「私は他の大精霊とは違う。私が認められないのなら、契約をするつもりはない。例えアリスティアの言葉でもだ」
「ぶぅー。まぁ良いけどね。どうせ蓮華さんと会ったら、そんな事言えなくなるから!」
「そうか。では行こうか」
「ちょっと待って!もうちょっと服を着て!その姿は目に毒なんだからねっ!」
「そうか?」
「そうなの!」
「そうか……」
渋々と服を上に羽織るミラを見ながら、蓮華さんが笑顔で迎えてくれる姿を今から想像して、つい笑みが零れてしまう。
あー!早く蓮華さんと会いたいなー!




