55話.大精霊・レニオン『前編』
翌朝。不可視の天空城を見つける為の古代魔法、『インビジブルアイ』を母さんから教えて貰った。
これは視えない物を視る事が出来るようになる魔法で、例えばダンジョンとかで、対策をしていないと壁にしか見えない場所が、ちゃんと通路に見えるとかだね。
魔力の消費も大した事が無いようなので、常時発動させても問題ない。姿を隠す魔法も、この魔法を使っていれば視えるんだって。
場所は常に浮遊しながら移動してるらしく、母さんにも正確な場所はつかめないらしい。
「それじゃ、今度こそ行ってくるね!」
「うん、気を付けてねレンちゃん」
「蓮華、疲れたなら帰って休憩するのですよ。何も急ぐ必要はないのですから」
母さんと兄さんに返事をして、空へと舞い上がる。
かなり高い位置まで飛んだけど、まだ世界樹の頂きは見えない。
このどこまでも高く、見上げるほど大きな樹が、ユグドラシルなんだよね。
"蓮華、どうしました?"
感慨に耽っていると、珍しくユグドラシルから声を掛けられた。
"うん、ちょっとね。大きいなぁって思って"
ここから、世界を見守っているんだよね。
"そうでしたか。それよりも、大精霊・レニオンの居る場所なら分かりますよ。案内しましょうか?"
"ホント!?それならお願い!"
"ふふ、分かりました。では、まずはまっすぐに……"
そうしてユグドラシルに案内して貰いながら、空を飛ぶ事2時間程。
ついに、私は空に浮かぶ大きな城を見つけた。
「おぉぉぉっ……!」
凄い、城が浮かんでる!
そりゃ魔法がある世界だし、飛んでてもおかしくは無いんだけど!
それでも、元の世界の常識を知る身としては、空を飛ぶ城にはなんていうか、憧れがあったりして。
城の外周に近づいてみたけれど、攻撃とかはされなかった。
城から銃とか大砲が出てきて、問答無用で攻撃されたら困る。
城の外周に降りた場所は、庭園のようだった。
色とりどりの花が咲いていて、とても綺麗だ。
少し庭園を歩いて回っていたら、たくさんの小さな人型をした……妖精だろうか?まぁ妖精と思おう。
その妖精達が、私の周りに集まってきた。
『ニンゲン、チガウ?』
『セイレイ、デモナイ?』
『イイニオイ、イイニオイ』
『アナタノ、オナマエハ?』
一気に質問されたので、一つ一つ答えていく事にした。
「えっと、私は人間でも精霊でもないかな?私の名前は蓮華。蓮華=フォン=ユグドラシル」
『ユグドラシル!ユグドラシル!?』
『メガミサマ?メガミサマ!』
『ダカラ、ココチイイ!』
妖精達がカタコトで同じ単語を繰り返す。
とても可愛らしいけれど、これだけ集まって言われると姦しいね。
そんな時、とてもよく透き通る声がした。
「騒がしいと思ったら、珍しい客人が来ているのね。貴女、誰?」
その姿に言葉を失った。
だって、服装が……真っ白で統一されていて、スカートは膨らんでいる。靴は厚底のワンストラップシューズ。俗に言うゴシック・アンド・ロリータだったから。
髪は綺麗な金髪で、あれどうやってするんだろう、と毎回不思議に思っていた縦ロールが良く似合っている。
身長はアリス姉さんくらいだろうか。小柄で、とても可愛らしい少女だ。
「ねぇ、聞いてるのだけど?」
おっと、じっと見つめていたら駄目だよね。
「初めまして。私は蓮華=フォン=ユグドラシルと言います。今日は、レニオンさんと契約をしに来ました」
「ユグドラシル?という事は、近頃精霊達が話題にしていたのは貴女なのね。そう、私が光の大精霊、レニオンよ。よろし……っ!?」
私に手を差し出そうとして、突然ビクッとするレニオン。どうしたんだろう?
「あ、あれ?どうしてかしら。何故か貴女に触れようとすると、拒絶反応が……そんな、ありえないわ。だって、こんなに綺麗で可愛い女の子なのに、そんなわけ……」
そういえば、母さんがレニオンは潔癖症だと言ってたなぁ。
昨日の寝る前にちゃんとお風呂に入ったし、今日も行く前に身嗜みは整えてきたんだけど……消毒とかしておいた方が良かったのかな?
「えっと、レニオンは潔癖症、なんだよね?だから、消毒液とかで手を洗ってないからかな?ごめんね。潔癖症って病気なんだよね?」
「ち」
「ち?」
「ちっがーう!私は潔癖症なんて病気じゃないわよ!?そんな事を言った奴はマーガリンね!?あんのババアー!」
「ば……!?」
凄いな、あの綺麗な母さんをババアなんて言う人、いや人じゃないけど、初めてだよ。
「私は男が嫌いなだけなんだから!本能が刺激されるくらい大嫌いなの!近くに居たら虫唾が走るのよ!」
へ……?男が、嫌い……?
「脳みそエッチな事ばっかり考えてて、女を見たら性欲のはけ口くらいにしか見てなくて、野蛮で胸毛でガサツでデリカシーがないんだからっ!」
え、えっと。元男として否定できない所もあるんですけど、胸毛は関係ないような……ってそうじゃなくて。
「その……それ、私が元男だからかも……?」
「は?」
ヤバい、なんか温度が凄い下がったのを感じる。
なんだろう、今氷山に居るみたいに寒いんだけど……!
「今、なんて?貴女……いや、お前、男、なの?」
凄い、視線で人を殺す事が出来るなら、きっとこういう目の事を言うんだろう。
さっきまでの天使のような雰囲気から、地獄の閻魔のような迫力を感じる。
「あ、いや、その。か、体は間違いなく女性なんですけど……その、魂が男と言いますか……」
しどろもどろになりながらも、そう伝えた。
すると……
「い……」
「い?」
「いやぁぁぁぁぁぁっ!寄るなオカマー!」
「ち、違っ!いったぁぁぁっ!?」
凄まじい大きさの光の矢が空中に浮かび、次々と飛んでくる。
妖精達は危険を察したのか、いつの間にか周りにはいなかった。
「いやぁぁぁっ!いやぁぁぁっ!!」
次々と飛んでくる光の矢を前に、このままじゃ話は出来ないと思い、一旦この場を離れる事にした。
「い、一旦帰るから!また来るね!」
「もう来るなー!」
というわけで、帰ってまいりました。
「という事があってね……どうしようかな……」
はしたないと分かりながらも、テーブルにぐてっと上半身を預けながら、母さんと兄さんに現状を伝えた。
今まで順調に契約出来ていたので、まさかこんな事になるとは思わなかった。
話が出来ないんじゃ、どうしようもないよね……。
「ほぅ……蓮華に、そのような態度を……」
「ふふ、あの子、そう……ふふ……」
二人が静かに立ち上がった。
私の第六感が、この二人をそのままにしてはいけないと言ってる!
「母さん、兄さん、どこに行こうとしてるのかな?」
「決まっているでしょう。次の光の大精霊に入れ替えるだけですよ」
「ええ、そうね。私も昔からあの子を知っているけど、ちょっと今回の事は許せないかなー?」
ひぃ、二人の笑みが黒い!二人の後ろから黒いオーラが抑えきれずに漏れてる!?
で、でも、こんな事で入れ替えるなんてダメだ!
「お、落ち着いて!最初、ちゃんと話が出来たんだよ!だから、もう一度チャンスを頂戴!ね!?」
私の必死の懇願に、二人は溜息をつきながらも、了承してくれた。
「ふぅ、分かりました。蓮華の望まぬ事は出来ればしたくはありません。けれど、私の意思に反して、我慢出来ないかもしれませんから、そこは理解してくださいね蓮華」
「分かったよレンちゃん。私だってレンちゃんが嫌な事はしたくないからね。でも、勝手に体が動いてたら、ごめんねー」
分かってるようで分かってないよねこの二人ー!
どうしよう、なんとかレニオンと仲良くならないと、レニオンが危ない。
レニオンの為にもレニオンと話せるようにならないと……でも、私だと同じ事になりそうだし……。
こんな時、アリス姉さんが居てくれたらなぁ……。
「ねぇ母さん、アリス姉さんってまだ時間掛かりそう?」
「アリスはまだしばらくは帰ってこないでしょうねぇ。帰って来るまで、待っても良いんじゃないレンちゃん?」
それも手ではあるんだけど……。
"蓮華、なら次は私が話してみましょうか?"
"ユグドラシル!?"
"レニオンは蓮華の話を、きちんと聞いていませんでしたからね。男という部分にのみ反応していました。そこをきちんと理解させましょう"
"良いの?ユグドラシル"
"ふふ、構いませんよ"
「母さん、兄さん!ユグドラシルが手伝ってくれるって!」
「「!!」」
二人が驚いた顔をしている。二人ともあまり驚いた顔はしないから、珍しい。
「そっか、なら安心だね」
「そうですね。またすぐに行くつもりなんでしょう蓮華」
「うん!当然!それじゃ、行ってくるね!」
「「行ってらっしゃい」」
二人に笑顔で見送られ、再度天空城へと向かう。
今度こそ、話が出来ると良いな。




