44話.アーネストを探して
学園に戻り、理事長であるシオンさんに事情を説明したら、二つ返事で了承を貰えた。
「蓮華先生のなさる事なら、勿論構いませんよ」
多分、私じゃなく……後ろに居る母さんや兄さん、アリス姉さんを見ての言葉だと思う。
私自身は、何の実績も残していないのだから。
そう思っていたのだけど。
「貴女は膨大な知識に加え、この地上で最高の権力をお持ちです。そして単純な力もある。けれど、それらを正しく使おうとされるお方です。貴女のされる事なら、私は否とは言いません」
そう、穏やかな表情をして言ってくれた。
シオンさんは、私の周りにあるものだけじゃなく、ちゃんと私自身を見てくれていたんだ。
その事が嬉しくもあり、恥ずかしくもあり。
少し照れながら、理事長室を後にした。
「あの理事長、あれで生徒達一人一人を記憶してるのよ。古代の竜、エンシェントドラゴンだって聞いたけど、ヤマタノオロチの封も無くなったのに、なんでまだ居るのかしら?」
ノルンが不思議そうに聞いてきたけど、その理由はなんとなく予想している。
昔、母さんやアリス姉さんと共に、世界を巡ったと聞いた。
きっと、母さんとアリス姉さんが好きだから。だから、もう一つの役目を果たそうとしているんだと思う。
この地上を、別の側面から守る為に。
そうして、生徒会についた。
扉を開けると、全員の視線がこちらに向いた。
「「「蓮華先生!?」」」
ああ、うん。先生はやめて欲しいんだけどな……同い年だよ。でも中身考えたら正しくそうかもしれないけど。
「あら、ノルンまで居るじゃないですか。どうしたんです?」
そう言って、アリシアさんが近づいてきた。
「ちょっと話があってね。会長は居る?」
「会長は今少し席を外してまして……待ちますか?」
「アーネストが?うーん、なら私は探しに行こうかな。ノルンはどうする?」
「どうせ生徒会室に戻らないとでしょ?なら任せるわ。私はアリシアと居る事にするから」
「そっか、了解」
「あら、それじゃノルンには少し生徒会の仕事を手伝って貰いましょうか」
「え"。蓮華、やっぱり私も行……」
「逃がしませんよーノルン」
「あ、あはは、い、行ってきます!」
私は逃げ出した。
「蓮華ー!」
ノルンの悲鳴のような呼び声は聞こえない、聞こえないったら聞こえない。
そして、アーネストを探して中庭を巡る。
生徒達が気軽に挨拶をしてくるので、それに答えながら。
そうして探していたら、声が聞こえた。
これは、戦いの掛け声かな?訓練中だろうか。
気になった私は、声がする方へと足を向けた。
そこには、5人の生徒達と、タカヒロさん。それにアーネストを見つけた。
「どうした、この程度で陣形を乱されてどうする!エリク!その程度を防げないで、味方を庇いきれると思うか!」
「はい!すみません!」
「サージ!ソレイユ!相手の動きを見るだけじゃなく、予測しろ!見て放っていたら、遅い!」
「「はいっ!」」
「ミリー!回復するのは全体じゃない!ナイトが盾を持てなくなったら前線が崩れるぞ!腕を重点的に回復しろ!」
「は、はいっ!」
「アークはそれで良い!だが、相手が魔物の時は加えて攻撃もするように意識しろ!」
「分かりましたっ!」
タカヒロさんの叱咤が飛ぶ。
凄い、キビキビとした、まるで軍隊の様な実戦形式の訓練だ。
その動きも洗練されていて、無駄な動きが少ないように見える。
ぼーっと見ていたら、アーネストが気付いたらしく、声をかけてきた。
「お、蓮華!」
「「「「「!?」」」」」
「あ、馬鹿っ!」
「ぐはぁっ!?」
「「「「エリク!?」」」」
アーネストが私の名を呼んで、5人が私の方を向いて。
前線を担当していた人がタカヒロさんの攻撃を受けきれず、その場に崩れ落ちた。
これ、私のせい、だよね?
「えっと、ごめんねタカヒロさん。邪魔しちゃったよね」
「いや、そんな事はないさ。むしろ、突然の事態に対応できなかったこいつらが悪い」
「「「「「うっ……」」」」」
しょんぼりする皆。
ご、ごめんよ。空気を変える為に、少しフォローする事にした。
「そ、それにしても凄いね。全員自分の役割をきちんとこなしているように見えたし、動きに無駄が無かったよ」
「ふむ、蓮華にもそう見えるか?」
「うん。タカヒロさん相手にここまで戦えてるし……凄いんじゃないかな?」
そう言ったら、5人が嬉しそうに笑った。
努力が認められたら嬉しいよね、分かるよ。
私も母さんや兄さんに褒められたら、嬉しかったもんね。
元の世界では、刀の扱い方を父さんに褒められた時は、本当に嬉しかったから。
「そんで蓮華、どうしたんだよ?あ、もしかしてホームシックか!?しょうがねぇなぁ蓮華は!」
「ふんっ!」
「ごふっ!?お、お前、だから力を抜いている時に鳩尾は……ひでぇ、だろ……?」
「お前が阿呆な事を言うからだ」
お腹を押さえてうずくまるアーネストに、腕を組んでふんすとしている私。
それを見て、皆がぽかーんとしているのに気付いた。
しまった、やってしまった。
外では結構淑女をイメージしてたのに、アーネストと居ると猫を被りきれない。
「おいアーネスト、この雰囲気をどうしてくれる」
「それ俺のせいじゃねぇよな!?」
「お前がいらんことを言うからだろ!?」
「落ち着けアーネスト、蓮華。俺は慣れたが、こいつらが呆然としてるだろ」
「「あ」」
くぅ、今思ったばかりだというのに、アーネストめっ!
「あ、あははは。えっと、驚かせてごめんね。後、訓練の邪魔をしてごめんなさい」
そうして頭を下げたら、皆が滅茶苦茶狼狽した。
「い、いやいや!頭を上げてください!タカヒロ先生から言われたように、あれは俺達のミスですからっ!」
「そ、そうです!蓮華先生に謝罪をされるような事ではありません!どうかそんな事はなされないでください!」
皆がこぞってそう言うので、頭を上げる。
訓練をしていたから、息も上がっている。そうだ。
「皆、お詫びというわけじゃないんだけど、これ飲んでみて。体力が回復するよ」
アイテムポーチから、スタミナポーションを取り出す。
これは普通のポーションと違う。
普通のポーションは傷を治すけど、失った体力や精神は癒えない。
けどこのスタミナポーションは、傷は癒えないけど、体力を回復する事ができるんだ。
「っ!美味しいっ!ポーションって、凄く苦くて不味いのに……」
「本当!フルーツジュースみたい……!アタシ、これならいくらでも飲める!」
「ソレイユにミリーもそう思うって事は、俺の味覚がおかしいわけじゃないんだな。エリク、こんなポーションあんのか!?」
「いや、ヤクート商会でもこんなポーションは取り扱ってないぞアーク!」
えっ、そうなんだ。そんなに難しいレシピじゃないんだけどな。
「まだまだあるよ?飲む?」
「「「「「はいっ!」」」」」
皆元気一杯に返事してくれた。
「やれやれ。蓮華、俺も一つ貰っても良いか?」
「あ、俺も俺も!俺は別に疲れてねぇけど、喉が渇いてさ!」
というわけで、タカヒロさんとアーネストにも渡す。
「うまっ!?なんだこれ、これ本当にポーションなのか蓮華!?」
「確かに、これは美味いな。市販のポーションは糞不味いんだが」
私、回復魔法が使えるからポーション飲んだ事ないんだよね。
なので、ちょっと飲んでみる。
「っ?!ゴホッ!ゲホッ!ま、まずぃ。皆これ美味しいの……?」
「「「「「!?」」」」」
青汁の10倍くらい不味い。
絶対もう一杯とか気軽に言えない味なんですけど。
皆の舌どうなってるの?
「ふむ……俺達は美味しいんだけどな。アーネスト、蓮華と一緒に同じ飯を食べてきたんだよな?」
「ああ。だから蓮華の味覚がおかしいって事はねぇと思うけど……」
何か、原因があるのかな?まぁ、回復魔法があるので、これからも飲む機会はないと思うんだけど。
「あ、本題を忘れかけたよ。アーネスト、それにタカヒロさんも。少し相談したい事があってね、生徒会室に集まれる?」
「俺は問題ねぇぜ」
「そうだな……。よし、お前達は自主練をしておけ。蓮華、その話は長くなりそうか?」
「うん、多分」
「そうか。なら、晩まで自主練をしたら、今日はそのまま休んでいい。終わった後に体を解す事を忘れるなよ」
「「「「「はい!」」」」」
「皆ごめん、タカヒロさんを借りていくね。頑張ってね。それじゃ行こうアーネスト、タカヒロさん」
「おう!」
「ああ」
そうして、アーネストとタカヒロさんと一緒に生徒会室へと向かう。
その後ろ姿を、5人の生徒達が眩しそうに見ている事を、私は知らなかった。




