37話.穏やかな夜
「はい、これで大丈夫。それを身に付けている間は、もう心の声は聞こえないはずだからね」
母さんにそう言われて、指輪を小指にはめたレオン君にリタちゃん。
「お兄、ちゃん……あんなに五月蠅かった声が、雑音が……!」
「あぁ、あぁ!消え、た。消えた……!」
二人の瞳から、涙がポロポロと零れる。
私はそんな二人を抱きしめた。
「ごめんね、もっと早く気付くべきだったよね。本当にごめんね」
「そんな、そんな事ないです!蓮華お姉ちゃん、本当にありがとうございます……!」
「蓮華お姉ち゛ゃ゛ん゛っ!あ゛り゛がどぅ゛!」
二人が泣きながら、私を抱きしめる力を強くする。
きっかけは、夕食の後の帰り、リタちゃんがふらついた時だった。
「どうしたの?リタちゃん」
「あ……な、なんでもないの。その、ちょっと声が聞こえすぎて……いつもの事だから……」
その言葉を聞いて、私は背筋が凍った。
そうだよ、どうして思い至らなかったんだ。
心が読める、そう二人は言った。私はそれを勝手に、取捨選択できるものと思っていた。
聞きたくないなら、聞かないで済むのだと。違う、気付ける機会はたくさんあったんだ。
レオン君もリタちゃんも、私からは聞こえないと言った。
その時私は、私の心の声も聞こうとして、出来なかったんだと勝手に思ったんだ。
だけど、人の心が読めると知ったら、普通どう思うだろうか。
その事を伝えるのは、どれだけ勇気がいったろうか。
心優しい二人が、私の心を読もうとするだろうか。この子達は良い子達だ。自分からはしなかったろう。
だから、私に言ったんだ。読めない、と。だから、一緒に居ても良いかを聞いていたんだ。
私は、そんな事にも気付いてあげられなかった。
「リタちゃん、ごめん。二人はずっと、私に気付いてほしかっただろうに……本当にごめん……!」
「ち、違うの蓮華お姉ちゃん!私、これくらい耐えられるの!だから、だから捨てないで……!」
「っ!?」
私は、リタちゃんを抱きしめた。そこまで、そこまで不安にさせてしまったのか……!
「リタちゃん、それにレオン君。安心してほしい。私達はもう友達だ。捨てるとか、捨てないとか……そんな次元の話じゃないんだ。友達が苦しんでる。なら、私に助ける手伝いをさせてくれないかな?」
できるだけ優しく、ゆっくりとした口調で伝える。
リタちゃんは、泣きながらも……笑ってくれた。
「……うん、蓮華お姉ちゃん……お願い、します。私を……お兄ちゃんと私を、助けて……この頭の中に鳴り響く騒音を……消して、欲しいです……!」
「分かった。私に出来る事は、なんだってやってみる。それが私の力じゃなくてもね」
それからユグドラシル領に戻り、夕食を待っていた母さん達がテーブルで暗くなっているのを見て凄く慌てた後。
明日の朝食は絶対一緒に食べるから、私も一緒に作るから!って言ったら、一気に元気を取り戻した母さんに事情を説明したら、すぐに魔道具を作ってくれた。
これで、二人はその指輪を外さない限り、心の声を聞く事は無い。
「そういえば母さん、指輪だけど二人はまだ成長すると思うんだけど……」
合わなくなったら困るんじゃ、と思ったんだけど、そんな心配はするだけ無駄だった。
「大丈夫よレンちゃん。腕の太さくらいまでなら、自動調整するからね」
魔法を私はまだ舐めていたかもしれない。
便利だよね。こんなのが普通にあったら、そりゃ化学は発展しないよ。
それから皆の家に行って、荷物を置いてきた。
物凄い量があるので、まとめるのに時間がかかるだろうし、今日はそれでお開きだ。
ノルン達と別れて、外に出る。
私は母さん達の居る家で寝るからね。
今は、夜の暗さを感じれるようにしている。
昼間のように明るく見る事もできるけど、私は夜の静けさも好きだから。
ゆっくり歩いて、大精霊の皆が住んでいる家の前に辿り着いた。
「皆、自分達の家って思ってくれてたら良いな」
「思ってるわよ?」
「うわぁっ!?」
一人ボソッと言った言葉を拾われて、驚いて変な声が出てしまった。
泉の上に三日月が浮いていて、その三日月に寝転がっているルナマリヤだった。
月明かりの中で輝いていて、とても幻想的に見える。
「ふふ、蓮華もそんな声をあげるのね」
「気配も無くいきなり後ろから声をかけられたら、誰でも驚くからね?」
「そうなの?」
まるで初めて知ったといわんばかりの態度で、首を傾げるルナマリヤ。
とても綺麗なその姿に、見惚れそうになる。
「最初に言ったけれど、もう皆ここが自分の家だと思ってるわ。あの落ち着きのないイフリートやサラマンドラでさえも、文句なんて一度も聞いていないわ」
ああ、うん。確かにあの二人は退屈だとすぐに暴れそうだ。
「そっか。なら、私のした事にも、少しは意味があったのかな」
私はこの世界に来てから、自分のしたいように生きてきた。
間違った事だって、してきたかもしれない。だけど……
「蓮華、貴女のお蔭で、私は今素敵な生を感じられているわ。ありがとう」
「っ!!」
「これは、私だけでなく……今この場に居る全大精霊の総意だから」
そう言って後ろを見るように促すルナマリヤに従うと、そこには大精霊の皆が居た。
「皆……!」
「レンゲー、ナヤンデルー?ワタシデヨケレバ、キクヨー?」
「ヴィーナス、抜け駆けは許しませんよ。ここはレンと一番最初に友達となった私が……」
「ウンディーネも抜け駆けしようとしてるじゃん!?姉御の一の舎弟である俺の方が話を聞くってば!」
「ええい!サラも下がれぃ!ここは蓮華の師匠足るわしがだな!」
いきなり姦しくなったこの場を、どう静めたら良いんだろうか。
「ああもう、せっかく静かな夜だったのに、貴方達五月蠅いのよ!」
なんてルナマリヤまでその輪に入っていった。
私は、気付けば笑っていた。
この温かい気持ちが、私は大好きだ。
うん。私はこれからも、自分の好きなように……この異世界での生活を謳歌しよう。
もちろんアーネスト、お前と一緒に。
明日から、また大精霊と契約する為の旅を再開しないと。
アーネストが来るまでに契約していないと、遅いと絶対にからかわれるから。
それだけは許せないからね!他の誰にからかわれても良いけど、アーネストだけは許さないから!
そう意気込んで家に戻ったら、アリス姉さんに捕まった。物理的に。
「蓮華さん、後の時間はずっと一緒なんだからね!」
「は、はい……」
アリス姉さんの後ろに阿修羅が見えたので、私は抵抗できずにずっと一緒にその夜を過ごした。
しまった、また精霊王について聞けなかったよ……。




