25.役目の終わり
魔物を瞬殺した後、オーブに魔力を込めた。
今回は水の魔力を意識したからか、前回と前々回のオーブに魔力を込めた時の10分の1くらいの時間で終わった気がする。
「お疲れ様ですレン」
労わってくれるウンディーネに、ありがとうと礼を返す。
さて……。
「これで、私の役目は終わり、かな」
そう呟く。
そう、これで母さんから頼まれた、この世界に召喚された理由は終わりだ。
これからは、私の、私自身の生き方を決める旅に出る事になる。
その為には、便利すぎるポータルは封じないとな。
まぁ、ポータルは使える人が限られるらしいけど。
有事の際に使う事は躊躇わないけど、普段は使わないように心がけよう。
まずは、家に帰ろう。
帰って、母さんや兄さん、アーネストに話さないと。
その前に、アーネストは終わってるのかなぁ。
「それじゃ、帰ろうバニラさん」
その呼び名に不満そうにしながらも、ウンディーネが居る事を理解したバニラおばぁちゃんは頷く。
「それではレン、私が必要な時はいつでも呼び出してくださいね」
ん?呼び出す?
「も、もももしかして、召喚術というのですか!?」
私は興奮して尋ねる。
だって、召喚術って私の中で上位に入る、やってみたかった事だ。
そんな私の態度に若干引き気味に答えてくれる。
「え、ええ。我が呼び掛けに応えよ、という言霊の後に、召喚したい大精霊の名前を呼ぶと良いですよ。今は私だけでしょうけれど」
興奮した私は即座に言う。
「我が呼び掛けに応えよ、ウンディーネ!」
何も起きない。
「レン……」
「レンちゃん……」
なんか悲しげな眼で見られた。
いや、分かってたよ?ここに居るんだもん。
でも、何か起きるかもって思うのは仕方ないじゃないか。
「レンは時々阿呆ですよね」
真顔で言われた!?美人にそんな事を言われると結構傷つくものなんだね……。
四つん這いになって項垂れる私。
「レンちゃん、座ってほしいのぉ?」
なんて聞いてくる頭がぶっとんだエルフが一人。
すっと立ち上がって、一言。
「さ、帰ろう」
私は無かった事にした。
後ろから手を振って見送るウンディーネを背に、バニラおばぁちゃんと歩いて来た道を戻っていると。
「レンちゃん、『リターン』の魔法を使えば、すぐ戻れるよぉ?」
その言葉にそんな魔法の存在があったのを思い出した。
あれ、ならシリウスにカレン、アニスはなんで言わなかったんだろう?
ってそうか、私がその魔法を使えるかなんて分からないか。
使えると知ってたら言ってただろうし、むしろ使えるのに使わない理由が無いよね、使わなかったのは単に忘れてた私が悪い。
あれ?ウンディーネのさっきの言葉、割と私は本当に阿呆っていうか馬鹿なんじゃなかろうか。
なんか凹んできた。
「そ、そうだね。それじゃ戻るよバニラおばぁちゃん」
二人に戻ったから、呼び方を変える。
嬉しそうに微笑むバニラおばぁちゃんの肩に触れ、唱える。
「『リターン』」
見えていた光景が瞬時に入れ替わり、入り口に戻る。
「ありがとうレンちゃん。アタシはこの手の魔法は使えないから、助かるわぁ」
そう、魔法には適性がある。
母さんは異例で全属性の魔法が使えるが、私のように全属性が同等レベルで扱えるというわけじゃない。
得意な系統、苦手な系統は母さんにもあるのだ。
どう致しましてと伝え、家の中に戻る。
行きと同じように車に乗り、ポータル石の前に着く。
これで、バニラおばぁちゃんともお別れだ。
と思ったら、いきなりバニラおばぁちゃんにハグされた。
「レンちゃん、もし何か困った事が起きたら、アタシに連絡してね。必ず力になるからねぇ。もちろん、なんでもない時にだって、いつだって来て良いし、どれだけだって居て良いんだからねぇ?」
なんて、嬉しい事を優しく言ってくれるバニラおばぁちゃん。
「うん、ありがとうバニラおばぁちゃん」
そう言って、離れてポータルを起動した。
毎回、これの後に泉の前に着くが、違和感が半端ない。
さて、家に帰るとするかな。
これでアーネストが先に帰っていたら、本当に役目は終わりだ。
家に向かって歩いていると、中から喧騒が聞こえる。
思わず笑ってしまう。うん、先を越されたか。
「ただいまー」
言って扉をあける。
そこには、倒れるアーネストに母さんと兄さんが抱きついていた。
うん、いつもの光景だな。
「おかえりぃレンちゃん!」
「ああ、蓮華も無事帰ってきてくれましたね、安心しました」
「蓮華、お帰り。俺も今帰った所なんだけどさ、まずは母さんと兄貴を引き離すの手伝ってくれね?」
なんて三者三様に言ってくるから、思わず笑ってしまった。
それから居間へ戻り、母さんと兄さんは台所へ。
アーネストと二人、少し話をしている。
「そっか、蓮華は道を決めたんだな」
「ああ。それで、その……アーネストはどうするつもりなんだ?」
少し聞くのに勇気が要ったが、聞かないわけにもいかない。
しかし、聞こえてきた言葉は。
「そうだなぁ、一度帰るか」
帰る、そう聞こえた。
「そう、か。アーネストは帰るん、だな」
「ああ、母さんや父さん、それに兄さんや友達のあいつらに話さないわけにはいかないだろ?」
その言葉に、黙って頷くしかなかった。
そこへ。
パリィィン!
「「!?」」
二人そろって驚いて見た先には、母さんがこちらを見ながら、お皿を落とした所だった。
「そ、そうだよね……アーちゃん、帰っちゃうんだね……」
「え?うん、そうだけど……」
その言葉を聞くたびに、心にズキリとした痛みを感じる。
そこへ。
「アーネストォォォッ!!」
物凄い勢いで、兄さんが叫びながらアーネストを抱きしめた。
「ぐはぁっ!あ、兄貴、苦しいって!?」
「今回ばかりは可愛い弟の言い分でも聞いてはやれませんよ!?アーネスト、一体何が不満なのです!?」
「アーちゃん……!」
「アーネスト……」
私と母さん、兄さんが揃ってアーネストを見つめる。
いや兄さんは見つめるというか抱きしめてるんだけど。
「いやだから、ちゃんと聞いてた?一度帰るけど、また戻ってくるつもりなんだけど……え、もしかしてできなかったりするの!?」
「「「え?」」」
「え?」
三人と一人が揃って呆けるこの図はなんだろうか。
沈黙を破るようにアーネストが続ける。
「母さんって俺を呼んだわけで、送還もできるんじゃないかなぁと思ったんだけど、違った?」
「う、うん、できる、よ?その、何回もは難しいけど……」
母さんがおずおずと答える。
「良かった。でさ、俺は家族や友人に、お別れを言いたいんだよ。まぁ、信じて貰えるかは分からないけどさ。元気でやってくから、心配するなってさ。蓮華じゃ女の子になっちまってるから、無理だろ?」
それは確かに。
仕事場にも行けはしない。
というか私は戻れるのかどうかすら分からないけども。
「じゃ、じゃぁ、アーちゃんは帰ってきてくれるの……?」
「もちろんだよ。今の俺はもう、母さんと兄貴、それに蓮華の居ない生活なんて考えられないってば。ここが、俺の居場所だって思ってるよ」
「アーちゃぁぁぁん!」
母さんがアーネストを抱きしめる。
「ぐぇっ……く、苦しいから母さん!美人に抱きしめられて嬉しくないわけがないのに、苦しさが上回るんだけど!?」
アーネストの言葉に笑ってしまう。
だけど、アーネストがここを居場所と言ってくれた事は嬉しかった。
だから、らしくない事をしてしまった。
「ちょ、蓮華まで!?」
「良かった、アーネスト。お前が居なくならないでくれて」
そう言って、後ろから抱きしめてしまった。
母さんが前から抱きしめていたから、必然的にそうなったのだが、その後の言葉で私は後悔した。
「やっぱ、母さんよりは小さいよな」
「うん、死ねアーネスト」
ゴキゴキゴキィ!!
「ぎやぁぁぁぁっ!骨が、骨が折れたって今ぁぁ!?」
アーネストが叫んだ。
知るか。
「ぷっ……くくっ、アーちゃん、レンちゃんったら……あははっ……!」
母さんが涙を拭いながら笑う。
「やれやれ、しょうのない弟ですね」
なんて、さっき滅茶苦茶慌ててた人とは思えない兄さんが言う。
だから、追撃してあげる事にした。
「兄さんだって、アーネストが帰るって聞いた時、かつて無いほど驚いてたくせに」
「ぐぅっ!?蓮華、それは言わないお約束という奴ですよ……?」
なんて顔をしかめながら兄さんが言ってくるので、思わず
「あっはは!兄さんのそんな顔初めて見ました。あははっ!」
と笑ってしまった。
兄さんにはやれやれという顔をされたけれど、怒っていないのは分かる。
だって、兄さんも笑ってるのだから。
「い、良いから、笑ってないで回復魔法を……割と、俺致命傷なんですけど……?」
その言葉に、私達三人が更に笑ったのは言うまでもない。




