32話.ユグドラシル領に友達の家を
少し前に帰ったばかりの家に、今度は皆を連れて帰ってきた。
ノルン以外の皆は、自然豊かな周りを見て驚いていたけれど、それ以上に……空高くそびえ立つ大樹、世界樹の姿に、感嘆しているようだった。
「でっけぇ……それに、ここはすっげぇ空気が澄ンでる……気持ち良いじゃン」
「うん、まるで山頂にいるみたいだ」
気持ちはよく分かる。
兄さんと目配せをして家の扉を開けようとしたら、家の中から叫び声が聞こえる。
「にゅあぁぁぁっ!?」
「アリス!?」
アリス姉さんの叫び声!?そんな、母さんが居るのに!?
何かが起こったと思い、急いで家の中に入る。
するとそこには、お人形さんのような大きさになった、アリス姉さんが居た。
「え?アリス姉さん?」
「あ!蓮華さんお帰りなさい!」
「レンちゃん、お帰り!ロキは一緒じゃなかったの?」
「やれやれ、何をやっているのですか」
「あ、ロキ。と、それに……もしかして、レンちゃんのお友達?」
「えっと、うん。そうなんだけど、アリス姉さんに一体何が起こったの……」
「あ、あはは……話せば長くなるんだけどね?」
母さんが横目を向いたので、なんらかの実験が失敗したと判断した。
「うん、詳しく聞きたいな?」
なんせアリス姉さんが関わってるので。
「はい……」
しょんぼりする母さんに微笑みながら、話を聞く前に皆の事を説明した。
「ロキ、レンちゃんに話さなかったの?」
「結果的に必要ないと思いましてね。こうして連れてこれたのですから、構わないでしょう」
「どういう事兄さん?」
「私が蓮華の元へ向かうついでに、異界からの来訪者を確認しに行ったのですよ」
「そっちがメインじゃなくて?」
「ついでですよ」
うん、普通はそっちの方が重大だと思うんだけど、兄さんの天秤は私やアーネストが重すぎて傾かない。
「異世界からの転生者は珍しくも無いけれど、召喚や転移は珍しいからね。特に、転移なんてそうそうないから」
「前に言ったでしょ蓮華さん。私達は、外から何か来たら、分かるんだよ」
ああ、ヘラクレスに魔剣の話をした時の事かな。
あの件についても、まだ調べてくれてるみたいだけど、どうなったんだろう。
また話してくれるだろうから、それについては今は良いかな。
「成程。えっと、皆を元の世界に戻す事って、出来るかな?」
「うーん、可能だとは思うよ?」
「本当!?」
「うん。ただ、一つ一つ世界を探る事になるから……運が悪いと凄く時間が掛かるかもしれないよー?」
「それでも、お願い出来ないかな?私が何か出来るなら、協力してあげたいんだけど……私じゃ何も出来なくて、母さんに結局頼むしかないんだけど……勝手な事を言ってるよね、ごめんなさい……」
「な、何を言うのじゃ蓮華!頼んでいるのは妾達なのじゃ!すまぬ、ありがとう……!」
私自身では何も出来ず、結局力を貸して貰うのも母さんで……それを申し訳なく思っていたら、突然ミレイユが、皆が頭を下げてくれた。
「すみません蓮華さん!本来、最初に俺達が言うべきでした!それを、蓮華さんに甘えて……!」
「ン、全部蓮華サンに任せるのは、筋が通らねぇンよな。すンませン……私達の事情に、蓮華サンは巻き込まれただけなのに」
「一つ一つの世界を探る、と仰られましたよねー。それって、砂漠で1ゴールド探すみたいなものですよねー。そんな気が遠くなるような作業を、誰だってしたいとは思わないですよねー。でも、そこをあえてお願いしたいですー。お願いしますー」
「あうあう。その、私は皆さんと一緒ならどこでも同じなんですけど、皆さんが帰りたいなら、帰りたいです!お願いしますぅ!」
そう言って、皆が頭を下げた。
それを見た母さんは、ふぅとため息をついてから、答えた。
「勘違いしないでね。私はやらないとは言ってないんだから。そうじゃなくてね、レンちゃんは今、旅をしているの。この作業は時間が掛かると思うし、貴方達の世界を探るんだから、貴方達は地上に残ってもらう事になるの。つまり、レンちゃんは旅を続けるか、帰るかの選択をしなくちゃいけなくなるんだけど……」
そういう事か。私が勝手に母さんに頼んで、旅に出るならそれは丸投げだ。
かといって、私が残るのを、母さんは良しとは思わない。
母さんはいつだって、私に自由に生きてほしいって言っていた。
私がしたいと言った旅を、心から応援してくれている。この事で、私が旅を止めるのを懸念しているんだ。
「母さん、わがまま言って良い?」
「うん、良いよ」
母さんはいつも通り、優しい表情で私を見つめてる。
私は、こんな柔らかな笑顔を向ける事が出来るだろうか。
「私は、ノルンと旅を続けたい。皆の事、任せても良い?」
「ふふ、任せなさい。大精霊の皆の場所とは別に、家を建てるって話をしてたじゃない?あれ、ロキに今から創って貰ったら?」
「母さん……ありがとう!兄さんも、良いかな?」
「やれやれ、マーガリンに良い所を全て持っていかれるのも癪ですからね。それくらいはさせてください」
母さんと兄さんにお礼を言って、そのまま抱きついた。
母さんは滅茶苦茶喜んでくれたけど、相変わらず兄さんは照れていて可愛かった。
「蓮華さん、良かったね」
そう言って笑ってるアリス姉さんを見て、思い出した。
「アリス姉さん、精霊王について後でお話があるんだけど?」
「!!あ、あはは!い、いずれ分かると思うよ蓮華さん!?」
「私は今知りたいんだけど……っと、それよりなんでアリス姉さんはお人形さんみたいになってるの?」
言いながら、ひょいとアリス姉さんを抱き上げる。
「にょわー!れ、蓮華さん!?」
「あは、アリス姉さん可愛い」
どういった原理か、服まで小さくなっているようで、もはやアリス姉さん人形だ。
とてつもなく可愛い。ほら、クマのぬいぐるみが歩いていたら可愛いと思うでしょ?
それの女の子版というか。
「ちょ、ちょっとマーガリン!なんとかして!?う、嬉しいけど恥ずかしすぎるからねー!?」
「多分、その腕輪を外せば戻ると思うわよアリスー」
「これね!」
「あ!今外したら……」
母さんの言葉を全て聞く前に、アリス姉さんは腕輪を外した。
すると、ボフンッ!と音がして煙が出たかと思うと、アリス姉さんが巨大化……じゃなくて、元の大きさに戻った。
急に全体重が腕に加わり、完全に力を抜いていた私はアリス姉さんと共に床に崩れた。
「ごふぅ……アリス姉さん、重くは無いけど、どいて……」
「ご、ごめんね蓮華さん!」
慌てて私の上から離れたアリス姉さんだったけど、照れ笑いをしているアリス姉さんはやっぱり、人形の大きさじゃなくても可愛かった。
それから話を聞いたら、どうやらアリス姉さんが魔界でも消滅しないように、色々と実験をしていたようで。
今回はマナの調整をしていたら、こうなったんだとか。
相変わらず、人知の及ばない事を簡単にしている母さんだった。
「あ、そだ!照矢君や玲於奈ちゃんなら、遊園地とか遊べる場所のイメージ、私より詳しそうだよね!」
「「え?」」
「実は、このユグドラシル領に、日本のレジャー施設を色々と創りたいと思ってるんだ。その、土地が滅茶苦茶広いから、一部そんな場所にしたいなって思って。まぁ、そんなに来れる人は多くないけど、私やアーネストの友達くらいは、呼んで遊びたいなって思ってて」
そう言ったら、二人とも笑ってくれた。
「友達……か。兄ちゃん、ダチの為ならしゃーねぇじゃン?」
「あはは、そうだな。蓮華さんは旅をしてても、ここには気軽に帰ってこれるんですよね?」
「うん、本当はそんな事してたら旅って言えない気もするけど……」
「ポケットハウスでしたっけー?あんな便利な物を使ってるんですから、元からじゃないですー?」
「ぐふぅ……!?」
「こ、こらスラリン!それを言っちゃ……!」
「こンの腹黒スライムは!言って良い事と悪い事があンだろ!?」
二人がフォローしてくれるけど、ボディブローを受けたかのような衝撃を受けた。
うぅ、そうですよね、こんなの旅じゃないですよね。
「ふむ、しかし旅行というものもあるじゃろう?蓮華のそれは、そういうものじゃろう。気にしなくて良いではないか」
「おお!ナイスフォローミレイユ!」
「それだ!流石じゃンミレイユ!」
「ミレイユ様なら、そう言ってくれると思っていました!」
「う、うむ?妾は別にそういうつもりで言ったわけでは……」
「うわーん!ミレイユ様が私を悪者にするですー!」
「なんでじゃー!?」
うん、本当に仲が良いよねこの5人。
そんな事を考えていたら、今まで黙っていたノルンが口を開いた。
「それより、ナイトメアの事とか話しておいた方が良いんじゃないの」
至極もっともな意見だった。
兄さんが一応聞いていたので、私としてはそれで良いかなって気になってしまっていた。
それから、魔族が魔物に変わる件と、キメラについても話した。
そのキメラを、オーブに魔力を込めに行った時の遺跡で見た事も伝えた。
「成程ねぇ。ただ、魔界はリンの管轄だから、私から何かする事は出来ないのよねー」
「そうなの?」
「ごめんねレンちゃん。私達は、基本的には見守るだけだから。あまり下界の事に直接干渉しないのが私達のルール。相手にそれを破った神族が居たら、別だけどね」
そういえば、アリス姉さんも学園の時、途中から戦いを止めていた。
ユグドラシルも、相手に神が居るから手を貸してくれたんだった。
「地上のキメラについては、各国の国王に伝えておくわ。魔界はリンに話を伝えておくくらいはできるから。後はそうだね、何か力を貸してほしい事が出来たら、こうして話してくれたら良いからね?」
「うん。ありがとう母さん!」
「本当はもっと力を貸してあげたいんだけど……ごめんね」
そう苦笑する母さんに、私は笑顔を向ける。
これまでだって、私の頼みを拒んだ事は一度だってない。
どんな些細な事でも、母さんも兄さんも、私達に協力を惜しまない。
そんな大切な家族の存在を心強く思いながら、再度私は母さんに抱きついた。
周りの皆からは、意外な一面と思われたかもしれない。
だけど、私は家族の前では猫を被ったりしない。
素の私でいられるんだ。
それから、母さんは昼食を用意するというので、ミレイユの事をそっと話した。
で、流れるようにミレイユは母さんと料理をする事になったので、家を作りに行く私達とは別行動となった。
スラリンはミレイユと一緒に居ると言うので、母さんとミレイユ、スラリンは家に残り、私達は移動を開始した。
場所は、大精霊の皆が住む家にある、泉を挟んだ向こう側一帯。
木々が生い茂っているのでどうしようかなって思っていたら、ドライアドが出てきた。
「蓮華ちゃん~、少しだけ時間を貰っても良いかな~?」
「大丈夫、任せるよドライアド」
「ありがと~」
そう言った後、ドライアドが歌いだした。
言語化された声ではなく、言葉の意味は理解できなかったけれど……心が安らぐ音だった。
その音が響いている中で、目の前の木々が次々と折れ重なっていった。
「これで大丈夫~。皆が、蓮華ちゃんの力になりたいって~、恵みをくれたよ~」
「え、えっと、私のせいで皆の命を……?」
「あはは~、違うよ~。木の精は、次の木に宿るの~。これは、抜け殻みたいなものだから~、気にしないで蓮華ちゃん~」
「そっか。ドライアド、皆にありがとうって伝えておいてくれる?もちろん、ドライアドもありがとうね」
「うん~。皆聞こえてると思うけどね~。蓮華ちゃん~、私も見ていても良いかな~?」
「もちろんだよ。良いよね兄さん?」
そう言って兄さんを見上げたら、いつもどおり爽やかな笑顔でこちらを見ていた。
「ええ、もちろんですよ。素材もこれだけあれば十分でしょう。変えてほしい所があれば、都度言ってくれれば変えましょう」
「うん!皆も何かあったら遠慮なく言ってね!やるのは兄さんだけど」
「あはは!蓮華さんは相変わらずだね!」
アリス姉さんに突っ込まれるのも、いつもの事だ。
皆も笑っていた。
「ねぇ蓮華、その家に私の部屋も作って良いの?」
なんてノルンがおずおずと聞いてくるものだから、一瞬何を言っているのか理解するのに時間がかかってしまった。
「……。えっと、何を当たり前の事を言ってるの?」
「っ!?」
ノルンの顔が一気にゆでだこみたいに赤くなった。
いやだって、ノルンの部屋を作るのなんて、当たり前じゃないか。
私の一番の友達なのに。
レオン君やリタちゃんは、魔界で住む場所が決まったら、離れてしまうだろうけれど。
それでも少しの間くらいは、安心して休める場所が出来るのは良い事じゃないかな、と思っている。
それから兄さんに外観を整えてもらい、家の中に入って内装を整えて貰った。
うん、私はいつも通り何もしていない。
兄さんは凄いなぁ。
「そだ兄さん、奥に行くほど遠くなっちゃうのもなんだし、入り口の横に転送場所みたいなの作れないかな?」
ほとんど思いつきだったけど、以前にアーネスト達と行った学園街のデパートで、エレベーターとか使わずに魔方陣で移動したのを思い出したんだよね。
「可能ですよ。どうせなら、一つの魔方陣で魔力認証させて識別させましょうか?」
「えっと……同じ場所を使って、効果はそれぞれ別に、この場合自分の部屋へって事だよね?」
「ええ、その通りです」
成程、それは確かに便利だ。
他の部屋に間違って行く事も無くなるし。
「それでお願いして良いかな兄さん。えっと、それって私でも出来るかな?その方法だと、部屋を作る毎に兄さんの手間になっちゃうよね……?」
毎回毎回兄さんに面倒をかけるなんて、迷惑だよね……そう思って言ったんだけど、兄さんは悲しそうな顔をした。
「蓮華、私は蓮華の力になれるなら、手間など考えた事もありません。私の事を想うなら、遠慮などせず、兄を頼ってください」
うぐっ、そう言われたら何も言えないじゃないか。
「兄さん……ありがとう。それじゃ、お願いするね」
「ええ、任せなさい」
その私達のやり取りを見ていた皆の反応はというと。
「理想の兄貴過ぎて辛い。兄ちゃん見習って良いンだぜ?」
「理想が高すぎるからね!?イケメンで性格も良くて妹想いとかどこの漫画に出てくる人なんですかね!?」
「姉想いなら負けませんからー!!」
「テメェは妹じゃねぇかンな!?」
「ひんひんっ……お姉様のいけずぅー!」
うん、あの人達も相変わらずだよね。
あと兄さんはそこに何でもできるが追加できるよ照矢君、と考えている私だった。




