29話.規格外な家族
「「「隊長!?」」」
荷物を取りに行っていた方達が戻ってきて、顔を青ざめて叫んだ。
成程、こいつがこの街に居るナイトメアの隊長か。
「オヤオヤァ……貴方達、黒呪の刻印が消えてマスネェ……そんな事が可能な者が……」
その視線が、ルナマリヤで止まる。
上から下まで、全身を見た後言った。
「大精霊、デスネェ?ソレも、月の……」
「邪魔です」
「ダプァ!?」
「「「!?」」」
突然の事態に、全員が固まった。
扉の前で立っていた、ええと名前も知らないナイトメアの隊長が、その後ろから現れた人に、いや神様に裏拳貰って壁まで吹っ飛んだから。
「私の視界を男爵程度の悪魔が遮るんじゃありませんよ」
この場の雰囲気にこれっぽっちも似つかわしくない、さわやかな笑顔でそう言うのは……
「良い物をプレゼントしようと思いましてね。探しましたよ蓮華」
ユグドラシル領に居るはずの、兄さんだった。
「え、ちょ、蓮華サン、あの超絶イケメンと知り合いなン!?」
「あー……知り合いというか、ええと……兄、です」
「「「「「兄ぃぃっ!?」」」」」
今日知り合った、この世界に飛ばされてきた5人全員に驚かれた。
日本人の現女子高生である玲於奈ちゃんが見てもイケメンって言うって事は、私の感覚は間違ってなかったって事だね、うん。
「ちょ、っと、待って、クダサイ、ネェ……!」
兄さんの裏拳でぶっ飛ばされた悪魔っぽいのが、よろよろと立ちあがった。
偉いよ兄さん、ちゃんと殺さなかったんだね。
「五月蠅いですね」
「コヒュッ」
今、心の中で褒めたばかりなのに。
兄さんが指をパチンと鳴らした瞬間、凄い魔力が流れて一瞬で肉塊に変わってしまった。
「あ、ちょ!兄さん!そいつからは聞きたい事があるから、殺しちゃダメだよ!?」
「そうなのですか?」
「そうなんです!って言ってももう遅いけど……」
私はぐちゃぐちゃになった、グロテスクな物を見る。
うぇ、吐きそう。
「なら、戻しましょう」
兄さんがパチンと指を鳴らすと、先程まで肉塊だった物が、元通りになった。
「なっ!?えっ、蘇生魔法!?」
「違いますよ蓮華。これは時を戻しただけです」
「と、時を!?」
「ええ。この者が生きていた時間まで、戻しただけです。蓮華もいずれ出来るようになるでしょう」
凄く簡単に言ってのけるけど、そうだろうか。
時を止めるとかは良く聞くけど、対象だけの時間を戻すとか……!
「ア、ナァァ!?……た、確かに、死んダト……、ドウシテ私は生きているんデスカネェ!?」
その悪魔っぽい奴の元へ兄さんが近づく。
一歩一歩、コッコッという音が響き兄さんが近づくたびに、目に見えるほどにビクビクと震えている。
そうして、目の前に着いて兄さんは視線を合わせた。
「以後質問された事に真実のみを話せ。逃げる、もしくは嘘を言った瞬間に、貴様は死すら生ぬるい地獄を味わう事になる。全ての質問が終わった時、この呪縛は解除される。刻印」
「ギャァァァァ!!」
兄さんから放たれた魔力が、ナイトメアの隊長を縛った。
ええと……登場からなんにもしないまま、こうなってしまったけど……ううん、相変わらずというか。
「兄さん、詳しい事情も聞かずに、良かったの?」
「構いませんよ。状況を察する事は出来ましたからね。まぁあの程度の下級悪魔、石ころと同じですから、気にする事もありません」
さらりと滅茶苦茶な事を言う兄さんに、苦笑してしまう。
とりあえず、この場を収めないとだね。
「えっと……この悪魔っぽいのっていうか、兄さんの言から悪魔で良いのかな。これがナイトメアの隊長ですか?」
「は、はい、そうです!」
質問に、恐る恐ると言った感じで答えてくれる。
そうだよね、あんなの見たら普通は正気でいられないと思う。
「そっか。それじゃ、この街のナイツオブラウンド支部の場所は分かるかな?そこで、アンジェラスって方に話を通して貰おう。皆さんも一緒に事情聴取に協力して貰いたいんだけど、良いかな?」
「「「「大丈夫ですっ!!」」」
凄く力一杯に返事をしてくれた。
ああそうか、後ろに兄さんが居るから、緊張してるんだろうな。
「ええと兄さん、事情を説明してくるから、私達が泊まる宿で待ってて貰っても良い?」
「何故です?私も一緒に行きますよ蓮華」
首を傾げて、そんな事を言ってくる兄さん。
いやあの、他の皆が委縮しちゃってるから、一旦離れようと思ったんですけど!
「蓮華?」
ぐぅぅぅっ!穢れの無い目で見つめないでほしい!本当に無理だから、その視線には耐えられないから!
皆、ごめん。
「わ、分かったよ。でも、他の皆を威圧しないでね?」
「勿論ですよ蓮華」
笑顔になる兄さんに、肩を落としてしまう。
そうして皆でナイツオブラウンド支部へ向かおうと移動を開始する前に、ルナマリヤに突っ込まれた。
「その皆って、私も?」
「えっと、ダメ?解呪した証明もいるかと思って」
「はぁ……そんなのいらないと思うけど。まぁ、蓮華と一緒に居るのは悪くないから、付き合うわ」
なんだかんだで、付き合ってくれるルナマリヤにお礼を言って、移動を開始した。
道中で私と兄さんの事を根掘り葉掘り聞かれたけど、勘弁してほしい。
興味の対象が兄さんだったのに、兄さんが私の事ばかり話すので、凄く恥ずかしかった。
途中からノルンには生暖かい目で見られたよ、くっそぅ。
ナイツオブラウンド支部に着いてから、アンジェさんに連絡を取ってもらったら、すぐに来てくれた。
この街の支部にも責任者の方は居たみたいだけど、アンジェさんは最高幹部の一人らしくて、名前を出して確認してもらったら、取り次いでくれた。
キメラの事や、人間を魔物に変える事件にナイトメアが関わっている事を伝え、これから取り調べに掛かってくれるらしい。
また詳細が判明次第、私達に伝えてくれるという事で、今夜はこれで別れる事になった。
ナイトメアで強制的に働かされていた方達から、たくさんお礼を言われた。
レオン君やリタちゃんも嬉しそうだったし、問題の解決はしていないけれど、嬉しくなった。
そうそう、アンジェさんが兄さんの姿を見て、心底驚いていた。
正確には、私の頭に手を置いて、ずっとニコニコしていた兄さんを見て、なんだけれど。
そうですよね、普段の兄さんを知っている人が、今の兄さんを見たらそうなりますよね。
ミレニアだって私と兄さんを見て毎回驚いていたし。
皆さんと別れてルナマリヤも帰してから宿屋に戻り、女将さんから部屋を増やすか聞かれたけれど、とりあえずはこのままでと伝えた。
というのも、兄さんが来たのが、その事についてのプレゼントがあるからだと聞いたから。
宿屋の下がバーになっていて、酒を飲んでいる人達が結構居たんだけど、兄さんが居るからか、今回は女性の視線が凄かった。
階段を上がる時に後ろから刺さる視線の中に、殺気があった気がするのは何故だろう。
私は別の意味で心配になった。兄さんは私やアーネストに対する害意には凄く敏感だから。
命の価値を同じとは思わないって私も思ってるけど、兄さんの場合はそれが極端過ぎるからね……。
部屋に入り、各々が座って兄さんの方を向く。
かくいう私も、話を聞きたいので兄さんを見る。
「ふむ、案の定人が増えましたね蓮華」
「あはは……。その、兄さんが創ってくれたポケットハウス、凄く役立ってるよ」
「ポケットハウス?」
しまった、そう名付けたの私だった。
「うん。名前無いのも不便だから、そう呼ぶ事にしたんだ」
「そうですか、可愛らしい名前ですね」
そう微笑む兄さんの笑顔が眩しい。
これがイケメンパワーか!って見惚れてる場合じゃない。
「ただ、街の中でポケットハウスは出せないし、土地を買ってまで長居しないし……だから、こうして宿を取ってるんだけど、これだけ増えたのは事情があって……」
「それは妾が説明しよう」
そう言って、ミレイユが兄さんと、事情を知らないレオン君やリタちゃんにも話してくれた。
全ての事情を聴き終えた兄さんが、ポツリと零した。
「イシュタリアですか。あの享楽の女神なら、召喚で遊んでいるのでしょうが……やれやれ」
「兄さん、知ってるの?」
「ええ、まぁ。女神イシュタリア自体は知り合いですね。ただ、他の世界の神族ですから、滅多に会うようなことはありませんが。事実、この世界ラースが出来てから一度も会っていませんからね」
神様って、そんなにたくさん居るのね。
まぁそれもそうか、異世界の数だけ、神様も居るのかもしれない。
「元の世界に帰してあげる事って、出来るかな?」
「ふむ……それについては、マーガリンに聞いた方が良いですね」
「兄さんでも出来ないの?」
「召喚、転生の儀を行うという点では可能です。が、同じ場所へとなると、難しいですね」
なんでも出来る兄さんでも無理なら、無理なのかもしれない。
その場合、皆を元の世界へ戻してあげられないって事で……。
私が表情を暗くしてしまったのを見て慌てたのか、照矢君が言ってくれた。
「蓮華さん、聞いてほしいんだ。あの時言おうとした事なんだけど……」
そういえば、ナイトメアの隊長が来る前に、照矢君は何か言いかけていた。
「俺達、すぐに戻れなくても良いっていうか、むしろ戻れても意味が無いと思ってるんだ」
「え?どういう事?」
意味が無いって、そんな事はないと思うんだけど。
「兄ちゃん、蓮華サンが困惑してンじゃン」
「うぅ、ごめん。えっと、意味が無いっていうか、状況が悪化する可能性が高いと思ってるんだ」
「???」
更に意味が分からなくなって、首を傾げてしまう。
「もぅ~、テリー様は~。肝心な部分を説明してから、言いましょうよ~」
「うぐ、ごめん……テンパって上手く言えないんだよ……」
スラリンの言葉に、照矢君が謝ってるけど……なんか照矢君の顔が真っ赤なのが、関係してるんだろうか?
「緊張しまくってる兄ちゃんに変わって私が説明するけどさ。あの女神に飛ばされたって言ったじゃン?で、なンとか戻れたとして、また飛ばされたら同じじゃン?」
あ、そういう事か。だから、意味が無い。
「でさ、今回は蓮華サンやノルンサンのような、良い人達に出会えた。これはすっげぇ幸運だと私達は思ってンだよ。でも、次飛ばされたら、どうなるか分からねぇじゃン?」
だから、状況が悪化する可能性が高い、か。
照矢君の話と、玲於奈ちゃんの話で、理解できた。
「成程ね。ならまずは、そういうバシルーラ的なのを無効化できるようになるか、そういうアイテムが必要なわけだ!」
「「ぶはっ!!」」
私の思いつきに、照矢君と玲於奈ちゃんは吹き出した。
他の皆はきょとんとしている。
「あはははっ!マジ蓮華サン元日本人なンだな!その見た目でその話は反則じゃン!」
「はははっ!ホントそれな!蓮華さんのゲームしてる姿が想像できないのに、いきなりドラクエの魔法が出てきて笑っちゃうよ」
二人が滅茶苦茶笑うので、私もつられて笑ってしまった。
転生者や召喚された人と会うのは、懐かしい想いに浸れる。もう戻れない日本を感じる事ができるから。
でも、それは寂しさじゃない。この世界が、もう私の世界だから。
「その手の話も、明日マーガリンと話すと良いでしょう。私が来たのは、ポケットハウス内に、『ポータル』の魔道具を設置しようと思いましてね。そうすれば、わざわざ家を出さなくとも、中に入れますよ」
とんでもなかった。
いやそれ、最高すぎるんですけど。
でも確か……
「兄さん、アイテムポーチ内では時間の概念が無いんだよね?なら、アイテムポーチの中にあるポケットハウス内に居たら、時間が経たないんじゃない?」
時間が経つ感覚はあっても、実際の外の世界は時間が経っていない。
それだと、朝を迎える為に宿を取ってるのに意味が無いというか。
「大丈夫ですよ。私の魔力でコーティングしていますからね。テレビも見れたでしょう?ポケットハウス内でも時間が経たないのは、保存庫と指定した場所だけですよ」
もう色々と考えるのが無駄な気がしてきた。
それなら、これからも表向き宿は一部屋取っておいて、実際はポケットハウス内で寝る事が可能だ。
「それじゃ、今日は皆でポケットハウスで寝れるね。兄さんも今日くらい良いよね?」
「蓮華がどうしてもと言うのな……」
「どうしても」
「……し、仕方がありませんね。なら、今日は泊まりましょうか。亜空間を創りますから、そこでポケットハウスを出して、設置しましょう」
兄さんは私に対しては凄まじくチョロインですよね。
アーネストも同じだろうけど。
呆気にとられている皆に笑いつつ、手際良く準備を済ませた兄さんから良いと言われたので、皆で中に入る事にした。
ノルンも最初は警戒していたみたいだけど、今回は何も言わなかった。
きっと、この短い間でも、信用に値するって思ってくれたんだと思う。
そうして私達は、ポケットハウスの中に入った。




