28話.魔賊組織『ナイトメア』 ☆
この異世界ラースでは、元の世界である地球と同じように、日は昇るし月も満ち欠けがある。
ただ、日の光は太陽の光ではなく、大精霊アマテラスの力だし、月の光は月からではなく大精霊ルナマリヤの力だ。
二人が向かった、街から離れた大きな屋敷に着いた時には、もう夕暮れ時だった。
夜になってから侵入した方が良いんじゃないかって話も出たけれど、二人が危険な目に合っていないとは言いきれないので、外から中の様子を伺ってから、判断する事にした。
ちなみに、私はルナマリヤの加護のおかげで、夜だろうと朝昼のように見えるけどね。
「蓮華、見つけたわよ。ここからなら中の様子が見えるわ」
ノルンの言葉に皆集まる。
大きな窓から、そっと覗きこむ。
そこには、男たちの腕や足に、触れさせられている二人が見えた。
「あい、つら……!」
頭に血が上る。
まだ幼いあの二人に、ナニを、いや何をさせるつもりだっ……!
「落ち着きなさい蓮華。アンタが今想像した事は、今回に限っては多分違うから」
「……どういう事ノルン」
「顔よ。あいつらの顔、下種な顔をしてないのよ」
どういう事だろう?
今すぐに二人を助け出したい気持ちを抑え、レオン君とリタちゃんに触れられている二人を見る。
どこにでもいそうなおっさんだと思う。
……でも確かに、犯罪者特有の危なそうな表情はしていないというか、なんだろう……優しそうな表情をしている、ような?
「どういう状況?」
「危機的状況じゃない事は一安心だけど……ちょっと読めないわね。まぁ、私達なら気付かれずに二人を助け出せるだろうけど……」
「あの二人が情報を得ようと、真正面から近づいたなら……それは得策じゃなくなっちゃうね」
どうしようかな。助けにきたつもりだったけど、危ない目に合っているわけじゃないし、10人程居る男達も皆笑っている。
険悪なムードじゃない。
なら、私達はもう少し様子を見よう、と思った時に、リタちゃんがこちらに向かって手を振った。
「「「「!?」」」」
窓から覗いている事が他の皆にもバレてしまった。
どうしようか悩んでいたら、リタちゃんが歩いてこちらに来た。
周りの男達も、何故かそれを止めない。
監禁というか、二人を捕えているのなら、そんな事を許すわけがないし……訳が分からなかった。
「蓮華お姉ちゃん、それにノルンお姉ちゃん、心配かけてごめんなさい」
私達の元にきてから、すぐに頭をぺこりと下げて、謝るリタちゃん。
皆で顔を見合わせ、意思疎通を済ませた。
皆を代表して、聞く事にする。
「えっと、どういう状況か説明して貰える?」
「はい。皆さん、無理やり従わされていたんです」
そこには、私達に頭を下げる男達の姿があった。
レオン君もこちらへ来て、説明をしてくれた。
二人は街の人達から魔賊の話を聞き、また魔賊の者達の心を読んだらしい。
それで分かったのが、魔賊と呼ばれているこの方達は、黒呪と呼ばれる呪いで強制的に働かされているという事だった。
黒呪とは、隷属魔法の一種だ。
胸に黒い模様の印が浮かび、命令に背けば凄まじい痛みが絶え間なく起こるというもの。
逆らい続ければ、死に至る。
似たようなものに、令呪と呼ばれる魔法もある。
こちらは一日に回数制限があるが、黒呪と違い逆らう事ができない。
否、命令されれば勝手に体が動いてしまう。だから令呪と呼ばれる。
どちらも禁呪の魔法で、今は使用が禁止されているはずだ。
ただ、この男性達は、自分の子供を守る為に自ら印を負ったという。
死の病に侵された子供を助ける代わりに、黒呪を受けてナイトメアの一員と成れと言われたのだとか。
だから、なのだろう。
自分の子供と重ねて、レオン君やリタちゃんを見てしまったのだろう。
先程のあれは、マッサージだったみたいだ。
うぅ、早とちりして乗り込まなくて良かった……。
「蓮華お姉ちゃん……この黒呪って、なんとかできないのかな……?おじちゃん達、良い人なのに……可哀相だよ……」
リタちゃんがそう言うけど、どうしたものかな。
正直に言えば、解呪してあげたいし、アマテラスに頼めば解呪できると思う。
だけど、それをこの人達が望むのかどうか……そこなんだよね。
子供を助けてもらう代わりに、その身を犠牲にしたのだから。
「……おじさん達、私は多分その黒呪を解呪できると思う。おじさん達は、どうしたい?」
だから、聞く事にした。
私が判断できる事ではないから。
「俺達も……俺もさ、ナイトメアからは抜けたいと思ってる。ここにいる奴らは皆、子供を助けて貰った奴らばっかりだ。話してみたら良い奴らでさ……こんな方法で金を稼ぐのも、ナイトメアのやってる事にも、本当は胸を痛めてるんだ……」
「ナイトメアのやってる事……?」
単なる金稼ぎをしてる集団じゃないって事?
「ああ、嬢ちゃん達は知らないのか。魔賊『ナイトメア』、それが組織の名でさ。俺達は末端、使い捨ての下っ端だけど、やりたくねぇ仕事だってやらされた。人を魔物に変えたり、な……」
「なっ!?」
「申し訳ない事をしていると思ってる。だけど逆らえば死んでしまうし、どうしようも無かったんだ……」
それは、分かる。
本当に、どうしようも無かったんだろう。
悪いのは、この人達に命令している奴だ。
「……抜け出しませんか?そんな事を、ずっと続けていくつもりですか?そんな事を続けて、残されたお子さんが笑ってくれると思いますか……?」
「おじちゃん、蓮華お姉ちゃんにノルンお姉ちゃんなら、信用できます。私達も、助けて貰ったんです……!」
「嬢ちゃん……。皆、どうする?今ならあの隊長もいねぇ。黒呪さえなんとかなれば、逃げられるかもしれねぇ」
「……元々、こんな事はしたくなかった。子供を助けて貰った恩を返せたら、なんて最初は思ってたさ。だけど、やらされる仕事は汚ねぇ事ばかり……もう俺は嫌だ!家族と暮らしてぇよ!」
「俺もだ!」
「俺も!!」
全員が、ナイトメアを抜けると言ってくれた。
だから私は、アマテラスを呼び出す事にした。
「我が呼び掛けに応えよ、アマテラス!」
日光が降り注いだかのような温かい光の後、小さな太陽に乗り、ぷかぷかと浮いているアマテラスが現れた。
「わらわ、参上ー♪」
皆が呆気にとられている。
うん、分かるよ。
神々しい光の中から出てきた巫女姿の大精霊が、小さな太陽に乗りながらぴょんこぴょんこしているのだ。
「ひ、久しぶりだねアマテラス。聞くまでも無く元気そうだね」
「蓮華ちゃんのおかげで、皆とも話せるし幸せだよー♪今日はどうしたのー?」
「えっと、呪いを解呪して貰いたいんだ」
アマテラスに事情を説明すると、微笑んで言ってくれた。
「蓮華ちゃんが言うなら、良いよー♪それじゃ早速……」
ポンッ
あれ?なんか軽快な音と共に煙が出た。
その煙が晴れると……そこには月の大精霊ルナマリヤが、小さな三日月に乗って、そこに居た。
(上・大精霊アマテラス、下・大精霊ルナマリヤ)
「時間ね。丁度切り替わるタイミングだったみたい。久しぶりね蓮華」
「ルナマリヤ。うん、久しぶりだね。こんな風に急に変わるものなの?」
「魔界と地上では時間の流れが少し違うから。もう地上では日が暮れているわよ」
「そうなんだ……。えっと、もう一回説明した方が良いよね。あ、その前にルナマリヤは解呪って出来る?」
「出来るわよ。日と月は表裏一体。アマテラスに出来て、私に出来ない事はないのよ」
どうやら、懸念事項は一瞬で解決した。
皆が説明を求めている気がするけど、話に出ていた隊長が戻ってきても困る。
「ルナマリヤ、お願いしても良い?」
「そこの人達に掛かってる呪いを浄化すれば良いのね?お安い御用よ。それじゃ並びなさい、順番に浄化してあげるから」
そう言って、一列に並んだおじさん達に月の光が降り注ぐ。
暗い部屋で、月明かりの光が窓から注ぎ込むように……凄く神秘的な光だった。
それから、おじさん達の胸にあった黒い印が、煙のように消えていった。
「すげぇ……綺麗じゃン……」
「うん……魔法って、攻撃に使うものばっかりじゃないんだよな……こういうの、なんか良いよな玲於奈」
一緒についてきてくれて、成り行きを見守っていてくれた皆も、少し安堵しているように感じる。
かくいう私も、ルナマリヤの魔法に魅入っていた。
「はい、おしまい。これでもう大丈夫。それと、二度とその呪いに掛からないようにしておいたから、安心なさい」
「あ、ありがとうございます……!ありがとうございます……!」
大の大人が、涙を流しながらお礼を言っていた。
その姿を見て、良かったと思う。
「ありがとう、蓮華お姉ちゃん!」
リタちゃんが笑顔でお礼を言ってくれる。
頭にポンポンと手を置いて、私は何もしてないけどねって言っておいた。
ノルンに呆れられた気がするのは何故だろう。
「蓮華。邪悪な気配が近づいている気がするのじゃ。早く離れた方が良いぞ」
「ミレイユ?……了解。皆、すぐに出れる?」
「あ、少しだけ待ってもらっても良いかい?奥の部屋に私物があるんだ。すぐ取ってくる!」
「そっか、急いで!」
「ああ!」
荷物を取りに行っているのを待つ間に、皆と話す。
「予定と違ったけど、とりあえずあの人達を逃がしてから、隊長とやらは倒した方が良いよね」
「アンタ、ナイトメアって組織に喧嘩を売るつもり?」
「違うよノルン。喧嘩なら、すでに売られてる。だから、買うんだ」
そう、人の命をなんとも思っていない奴を、私は許せない。
優しい人達が犠牲になるのを、見過ごす事は出来ない。
アンジェさんの言っていた人が魔物になるという事件に、ナイトメアが関わってるという事も分かった。
そしてもしかしたら……キメラを創ったのも、その組織かもしれないんだ。
なら、私が勝手にキメラとした約束。
一つ目のオーブに魔力を込めに行った時に、出会ったキメラ。
"ごめんな。お前をそうした奴らをもし見つけたら、私が殺してやるから"
そう言って、殺した。
あの言葉を守る為に……命を弄ぶ奴を、私は許せないんだ。
「ったく……ま、こいつらを元の世界に戻す事も考えなきゃいけないけどね」
「あ、その事なんだけど……」
ノルンの言葉に、照矢君が何か言いかけた時、耳障りな甲高い声が聞こえてきた。
「ケヒャヒャヒャ……!何やらお客様がイラッシャルようじゃないですかぁ……!まさか、DMS団の手の者デスカネェ?」
その容貌は、正しく悪魔、と呼べるような……禍々しい姿をしていた。
挿絵はソノさんからのFAです。
ありがとうございます。




