15話.新たな家族
「っ!?」
目の前の料理を一口食べて、衝撃が全身を駆け抜けた。
長い時間、コトコトと煮込まれたのが分かる。
口の中の肉が、ちょっと歯に力を入れただけで溶けていく。
そこから肉本来の旨味がじわっと浸透し、優しく舌を包む。
これはショウガの辛みだろうか?肉の臭みをうまく消すどころか、肉のもやっとした後味を爽やかに感じさせてくれている。
そして、極めつけは味噌の味。甘く、程よい塩気が最高だった。肉の旨味と絡まって、相乗効果を生んでいる。
味の層が幾重にも重なり、噛む毎に色々な味が口の中を満たしてくれる。
食レポかっ!と自分で自分に突っ込みたくなったけど、それくらいに衝撃だった。
美味しい、こんな美味しい料理を私は食べた事が無い。
「お口に合いましたかな、レディ」
そう微笑んでくれるアンジェさんに、私は笑って感想を伝える。
「美味しいなんてもんじゃないです。母さんの料理も、学園の料理も凄く美味しかったのに……これはそんな次元じゃないですよ!」
「ふふ、ありがとうございます。私は料理が趣味でしてな、レディのように喜んで頂けると、本当に嬉しいのですよ」
「あ、あの、アンジェさん。この料理、ノルンの分も作れますか……?」
「ご安心を、レディ。これはダウンズボーダーの味噌煮でしてな、鍋で作っておりますから、まだまだありますよ」
これが、味噌煮だって!?
母さんが家庭の味での最高級の腕前だとするなら、アンジェさんは料理の最上級のプロと言えるんじゃないだろうか。
そんな事を考えながら、料理を堪能していたら、シュンランさんがノルンを連れて戻ってきた。
「蓮華、ただいま。ちょっと相談したい事があるんだけどさ」
「おかえりノルン。えっと、相談って、後ろの子達の事?」
ノルンの後ろから、ぞろぞろと数人の子供達が一緒に居た。
「ふむ、シュンラン」
「畏まりました。皆様、どうぞ奥へ。今から食事をお持ちしますので、どうぞごゆるりとお待ちください」
そう一言告げてから一礼し、シュンランさんは部屋から出て行った。
そわそわしている子供達を見てから、アンジェさんに声を掛ける。
「アンジェさん、足ります?」
「ふふ、ご安心をレディ。実は、少々作りすぎましてな。いやはや、趣味に興が乗ると、よくやらかすのですよ。お恥ずかしい限りです」
きっと、嘘だろう。
本当は、私とノルンの分に+αくらいしか作っていなかったはずだ。
けれど、私達に……いや、子供達に遠慮させないように、そう言ってくれたんだ。
本当に紳士だなぁ。
それから、ノルンと子供達も席につき、事情を説明して貰った。
話の途中から目の前に置かれていく食事に、子供達がもはや我慢できないと言った表情でノルンを見ていた。
「えっと……食べても良いのかしら?」
ノルンが照れながら言うのが可笑しくて、笑ってしまったのは秘密だ。
「ふふ、どうぞ召し上がれ」
アンジェさんの言葉に、子供達は凄い勢いで食べ始めた。
ノルンも一口食べて、滅茶苦茶驚いた顔をしていた。
美味しいよね、分かるよ。
食事をしながら、話を続ける。
しかし、あのギルドのせいで、そんな所にまで皺寄せが行っていたのか。
「ギルドには基本不干渉である事が、仇となりましたな……」
「あの、領主とかって居ないんですか?」
「地上では各街を領主が治めているのでしたな。ですが、魔界では領地を7つに分断し、領地を支配する者が全てを治める者となるのです」
成程……。
つまり、街を管理するような立場の者は居ないって事なのか。
「ただ、統治の仕方は支配する者によって様々です。地上の様な統治の仕方をしている領地も、もちろんございます。例えば、ルシファー殿の治める領地では、各街に領主を配置しておられますぞ」
ルシファー。
元の世界でも、よく聞いた名前だ。
大罪の悪魔の1人、光をもたらす者と呼ばれる堕天使。
この世界でどうなのかは知らないけれど、一度会ってみたいな。
ルシファーの名が出た時、一心不乱に食事をしていた子供達のうちの一人が、手に持っていたスプーンを置いた。
「どうしたの?」
「ルシファー……会いに、行かないと……」
「リタ?」
黒いローブに身を包んでいる二人。
何かあったのかな?
そう思ってノルンを見る。
「詳しい話は後でするわ。まずはこの子達の処遇を決めたいの。その事で、アンジェさんに相談があるんだけど……」
「聞きましょう、レディ」
「この子達皆、親が居ない。ギルドもあんな状態だったでしょ?これから良くなるにしても、すぐにとは行かないでしょうし……だから、この子達、鍛えてくれない?」
「……」
うん、事情は理解できるけど、まさかの丸投げとは……。
私も良くそうするから分かるんだけど、分かるんだけど!
「成程、この街の冒険者として、育て上げると?」
「ええ。この街は地上に近いんだし、治安は良くしたいじゃない。で、身寄りのないこの子達の故郷になれば、この子達はこの街を守る戦力になるでしょ?」
「ふむ……それは面白いですな。明日には職員を呼ぶつもりでしたが、追加で指南役も呼ぶとしましょうか」
「アンジェさんはナイツオブラウンドの幹部なんでしょ?なら、顔も広いわよね。この子達に合った育成と、それから身寄りのない子達を集められないかしら」
「ノルン嬢、もしやクランを作るおつもりで?」
「私が、じゃないけどね。この街を見て、思ったのよ。あーいう馬鹿が悪知恵働かせた時に、取り締まる力が届かないって、不便でしょ。それに人間と違って、魔族は長い時を生きる。そのせいで生まれた子を大切にしない奴が多い。その結果がこれよ」
子供達を見渡す。
皆ノルンの事を真剣な表情で見ていた。
「身寄りが無いなら、無い者で集まって家族になれば良いのよ。アンタ達は、身寄りのない辛さを知ってる。なら、同じ境遇の子に優しくできる。辛さを知ってるから、優しくなれるのよ」
「ふむ……確かに、今の魔界は停滞してますからな。新しい風を吹かせるのも、一興……ですな。なにより、ノルン嬢に言われたのでは、断れますまい」
「へ?」
「世界樹イグドラシル嬢の化身であるノルン嬢。この魔界をずっと守って頂いていた方の現身にそう言われては、力に成らずは魔族の名折れ」
そう恭しく礼をするアンジェさんとシュンランさん。
ノルンは戸惑っていたけど、子供達の目を見て姿勢を正した。
「私自身が何かを成したわけじゃないけど……今はその威光に乗らせて貰うわ。よろしくねアンジェさん」
そう言うノルンに微笑みを返し、やる事があるのでと言って、子供達を連れてアンジェさんとシュンランさんは出て行った。
部屋は好きに使って良いと言ってくれたので、お言葉に甘えさせてもらった。
残されたのは私とノルン、それに二人の子供だった。
「事情は話したけど、この子達はさっきの子達と違って、特別でね」
「特別?」
「ええ。まだ魔界が魔王達の争う戦乱の時代。その時から今まで、『コールドスリープ』で眠らされていたみたいなのよ。アンタ達、挨拶なさい」
ノルンの言葉に、おずおずと私の前に一歩踏み出す。
頭に被っていたフードを取った二人は、私とノルンのように、双子と見間違えそうな顔立ちをしていた。
「僕はレオンと言います。ノルンお姉ちゃんに、命を助けてもらいました」
「私は、リタです。同じく、ノルンお姉ちゃんに命を助けてもらいました」
「そっか、紹介ありがとう。私は蓮華。蓮華=フォン=ユグドラシルって言うんだ」
そう自己紹介をしたら、リタと名乗った少女がこちらをマジマジと見てきた。
「ユグ、ドラシル……」
この子はさっき、ルシファーという名前にも反応していた。
一体どうしたんだろう?
「それでね蓮華、レオンの方は違うみたいだけど、リタの方は堕天使みたいなのよ」
「堕天使!?」
堕天使ってあれだよね、天使が堕天したっていう。
うん、そのまんまだ。
私の語学力の無さに軽くへこんでしまう。
驚いてはみたものの、別にだからなんだってレベルだ。
「気持ち、悪くないんですか?」
なんて、恐る恐るといった感じで、レオン君だったかな?が言ってきた。
「え?なんで?」
「だって……天使の翼に、悪魔の翼があるんですよ……。皆、気持ち悪いって……汚らわしいって……そう言って……!」
「うーん?リタちゃん、翼を見せて貰っても良い?」
「……え?その……」
そう言って、ノルンの方を見るリタちゃん。
ノルンは、それに対して頷いた。
『大丈夫よ』と言ってくれたのだと思う。
それが伝わったのか、リタちゃんの背中に、綺麗な翼が現れた。
淡く白く輝く翼。
そしてもう片方は、漆黒の色をした翼。
「綺麗……」
「「え!?」」
私の思わず漏れた言葉に、二人は驚いた顔をする。
「凄く綺麗な翼だね。触れても大丈夫?」
「え、う、うん……」
「ありがとう」
怯えてるように見えるリタちゃんの翼に、そっと触れる。
白い翼も、黒い翼も、どちらも凄く滑らかな感触をしている。
柔らかく、それでいて撫でるとすっと滑る。
毛並みの良い動物を撫でている感じというか、ずっと撫でていたくなるから不思議だ。
「あ、あの、蓮華お姉ちゃん、くすぐったい……」
「あっ!?ご、ごめんね!?凄く手触りが良くて、それでね!?」
慌てる私に、リタちゃんは初めて、笑ってくれた。
「ううん、嬉し、かった。私を気持ち悪いって思ってないのが、分かったから……蓮華お姉ちゃん、ありがとう」
ぐっはぁ!この子滅茶苦茶可愛いよぅ!
私は思わずリタちゃんを抱きしめてしまった。
「ふわっ!?」
リタちゃんは驚いたみたいだけど、特に抵抗をしなかった。
「ノルンお姉ちゃん、蓮華お姉ちゃんって、あったかい方ですね」
「ええ、そうね。レオン、アンタはリタのお兄ちゃんでずっと気を張ってきたんでしょ?これからは、お姉ちゃんズに少しは頼っても良いわよ」
そう笑って言うノルンに、レオンは涙で顔をくしゃくしゃにして言った。
「はいっ……!」
妹を守る為に、ずっと頑張ってきたはずだ。
心無い中傷を受けてきたはずだ。
特に、今の時代ではなく、戦乱の時代で生きていたのなら。
それが分かったノルンは、手を貸そうと思ったのだ。
「って蓮華、それくらいにしなさい!いつまで抱きしめてんのよ!苦しそうでしょうが!?」
「あっ!?ご、ごめんね!?」
「だ、大丈夫、です。その……蓮華お姉ちゃんに抱きしめられると、あったかくて……嬉しい、です……」
「可愛いー!!」
「んにゅ!?」
「蓮華!!」
「あはは……あはははっ」
「お兄ちゃん、泣いてるけど、笑ってる……?」
「うん、リタ……涙はね、嬉しい時にも、出るんだよ」
「そっか……そうみたいだね……」
二人の兄妹は、その瞳に涙を宿しながら、笑っていた。
両親を失い、魔族の争いから逃げ続け、ある者に『コールドスリープ』を掛けて貰う事になるまで、ずっと辛い時間を生きてきた。
そんな二人にとって、この時間は夢のようだった。
自分達を毛嫌いせず、気持ち悪がらず、ありのままを受け入れてくれた二人。
二人の兄妹を、蓮華とノルンは優しい目で見守っていた。
「ねぇノルン」
「何よ蓮華」
「ダウンズボーダーの肉、調理してみても良い?」
「アンタまだ食べるの?」
「だって、美味しかったんだよ」
「……好きにしなさいよ」
その日の夜。
蓮華の作ったダウンズボーダーの煮込みは、凄まじい不味さで四人の悲鳴が轟くのだが、それはまた別のお話。




