12話.兄妹
一際高い家の上から、シャイデリアの街を見下ろす。
足元には青い瓦。踏むと心地良い音がする。
知りたかった大体の場所は把握できた。
アクアマーリン港も、この位置からならギリギリ目視できる。
まだ二つ目の街だっていうのに、中々距離が離れていると思う。
魔界は広い。私は今までリンスレットの城の中で、ずっと過ごしてきた。
アスモデウスやタカヒロ、それに身の回りの世話をする数名のメイド。
何不自由なく育てられたし、何不自由なく生きてきた。
けれど、どうせ私は長くは無いと思っていた。
自身が自身で無くなる感覚を、ずっと味わってきたから。
この感覚に、いつか飲まれてしまうだろうという、ある種の直感だった。
けれど、そうはならなかった。
私と同じ世界樹から生まれた少女、レンゲ=フォン=ユグドラシルと、その兄アーネスト=フォン=ユグドラシルに助けて貰った。
その恩は一生を掛けても返さないといけない、そう思った。
けれど、そんな私にあの二人は、友達だと言ってくれた。
……今まで、そんな事を言ってくれる人は居なかった。
単純に、私が多くの者と知り合えなかったのもある。
けれど、身の回りの世話をするメイド達は、リンスレットに取り入りたくて私にゴマをすっているのが分かった。
陰では私に仕える事に愚痴を零していたから。
まぁ、私も生を諦めていたから、何事にも無関心だったし。
ぶっきらぼうな態度だったからね、生意気なガキだと思っていたんでしょうけど。
ある事件をきっかけに、そいつらは私の元から居なくなったけどね。
そんな何事にも関心のない私に、ずっと変わらず接してくれたのが……リンスレットとアスモデウス、そして後からやってきたタカヒロだった。
忙しいリンスレットの代わりに、アスモデウスとタカヒロはずっと私と居てくれた。
それでも、あの時の私はそれすらもどうでも良いと思っていたけれど……。
と、柄にもなく景色を見て感傷に浸っていると、二人の少女が魔物と戦っているのが見えた。
シャイデリアの街には、出入り口が二か所ある。
一つは、アクアマーリン港から来る南側。
そしてもう一つは、次の街へ行く為の街道がある北側。
魔界は基本的に、中央へ近づけば近づくほど魔物が強くなる。
魔王城がある中央地の魔物の強さは、桁外れだ。
まだ地上に近いこの地の魔物は、そこまで強くはない。
けれど、そうかと言って弱いわけではない。
あんな少女達では、二対一でもぎりぎりなはずだ。
それが、10匹に囲まれている。
ああ、あれは死ぬわね。
力及ばず、死ぬ。
それは魔界では特に珍しい事というわけじゃない。
私も、アスモデウスからずっと耳タコぐらい聞かされてきたから、知ってる。
でも知ってるのと、目の前で起こっているという事はやっぱり別で。
それに……私の親友の蓮華なら、こういう時どうするか……そう思った時には、私は瓦を蹴っていた。
「お兄……ちゃん……」
「大丈夫だリタ、僕が絶対に守ってみせる……!」
剣の柄を握りしめ、不安にさせないように妹のリタに笑いかける。
周りには10匹のダウンズボーダーという魔物が、獲物を逃がさないようにこちらを凝視している。
最初は、1匹のダウンズボーダーを見つけて、二人で倒すつもりだった。
手傷を負わせた所、逃げられそうになったのを追いかけたら、仲間が出てきてこの様だ。
こんな所で、死んでたまるか……!いや、百歩譲って僕だけが死ぬのなら良い!
でも、妹だけは……両親から捨てられても、泣き言を一切言わないで僕を信じてくれた妹だけは、絶対に助けてみせる!
「『プロテクトサークル』!」
僕とリタを光の壁が包む。
これは、光魔法……!リタの魔法だった。
「リタ、その魔法を使ったら……!!」
「お兄ちゃん、私だけが助かるなんて、嫌だからね……!」
っ!!そうだ、生き残るなら二人一緒でないと意味が無いんだ。
僕が死んだら、誰が妹を守ってくれるんだ?死ぬのは良い、だけどただ死ぬだけじゃ駄目だ。
そんなの、守ったとは言わないんだ。
妹は、魔族でありながら光魔法を使える。
それは……天使の翼と、悪魔の翼。
両翼を生まれながらに持っていたから。
そのせいで、ずっと迫害を受けてきた。
ずっと守っていてくれた両親も、泣いて僕達を捨てた。いや、逃がしてくれた。
「すまない……すまない……!」
「ごめんなさい……レオン、リタ……守れない私達を、恨んでくれて良いからね……」
「レオン、リタを……守ってあげるんだよ……!」
僕達が大切だからこそ、僕達を捨てた両親。
だけど、最後まで捨てた場所を言わなかった両親は、魔族達に殺された。
僕達を『逃がした』罪で。
それからリタは、両翼を隠して生きてきた。
誰にもばれないように。
剣を薙ぎ、ダウンズボーダーを斬り裂きながら、距離を取る。
基本的に突撃しか能の無い、イノシシのような魔物だ。
だが、今は数が多い。
幾重にも真っ直ぐとはいえ突撃されると、避けるだけで精一杯になる。
「お兄ちゃん!その位置はダメ!!」
リタに言われてハッとする。
逃げ場がない。
僕に狙いを定めたのか、タイミングを合わせてダウンズボーダーが突撃してくる。
隙間が無く、避けられない。
神様……僕はどうなっても良い、だけど、妹だけでもどうか……そう願って目を閉じる。
待ち受ける衝撃は……いつまで経ってもこなかった。
「アンタ、妹が居るなら最後まで諦めるんじゃないわよ。最後まで足掻きなさいよ」
目を開けるとそこには、女神様が居た。




