10話.事件の背景と心構え
誰も居なくなったギルドで、アンジェさんから話を聞く。
アンジェさんは魔界の秩序を守る為に存在する、ナイツオブラウンドという組織の幹部らしい。
広い魔界をパトロールする、警備員みたいなものですよって笑ってた。
今回、偶々私達を街の入り口で見かけ、問題となっているギルドに向かってる事を知ったから、追いかけたらしい。
理由は、私達の潜在魔力の高さと、その、美しさで必ずボロを出すと思ったとの事。
ダウロという魔族は実力があるのだが女癖が悪く、手癖も悪かったという。
何人もの街の住人が被害に合っており、中には殺された者も少なくはないとか。
時々やってくる地上の人達や、魔族の新人冒険者などが被害に合っているのだが、受付嬢や他の冒険者もグルになって揉み消す為、証拠も無く捕えられなかったらしい。
被害を受けた人達も、口を噤んでしまったのだとか。
噂が噂を呼び、新しい冒険者がギルドに行く事も無くなり、どうするか悩んでいた所へ、この辺りでは見かけない私達を見つけた。
今回も恐らく同じような事が行われるはずと考え、現場を押さえて助けようと判断したらしい。
そこで、私達を利用してしまった事を謝罪された。
「もう一度謝罪を、レディ。そして、感謝を。明日には職員を手配致しましょう。ギルドカードの手配については、それからでも?」
「あ、はい。私達はそれでも大丈夫です。換金もしたいですから」
「そうね。にしても、貴方ならあんな程度の奴ら、一瞬で根絶やしに出来たんじゃないの?」
そう言うノルンに、私も同意する。
この人滅茶苦茶強いのが分かるんだよね。
「レディ、それでは私もあの無法者共と変わらなくなってしまう。秩序の元に力を行使しなければ、それは暴力と変わらないのです。今回、レディ達は正当防衛ですがね」
そう、だよね。
例え相手が悪人だと分かってても、思うだけでとっちめるのはダメなんだ。
力を持ったからこそ、そこら辺は気を付けないといけないよね。
「ありがとう、アンジェさん。私、ちょっと心が濁ってたみたいだ。反省するよ」
「いや、アンタが濁ってたら世の中濁ってる奴しか居なくなるわよ……?」
ノルンが滅茶苦茶呆れて言うんだけど、そんな事ないよ。
私は、聖人君子じゃないから。
命の重みは同じ、なんて思ってないからね。
私の大切だと思う人達の命と、さっきの奴の命の価値が同じであるもんか。
それでも、命をすぐに奪うように考えるのは、ダメだ。
アンジェさんの言うように、力の使い所は見極めるようにしないと。
さっきの私はきっと、アンジェさんが止めてくれなければ……意思ある者を、殺していたと思うから。
大人になったつもりだったけど、気分を害したからって力を振るうようじゃ、ダメだよね。
「レディ達はその見た目だけでなく、心も美しいようですな。私からの言葉は必要ありますまい」
このお爺さん、滅茶苦茶紳士だなぁ。
葉巻も似合ってるし、ダンディなお爺さんだホント。
「あの、アンジェさんはまだこの街に?」
「そうですな。部下達にも休息をさせねばなりませぬから、もうしばらくは滞在しますな」
「そうなんですね。なら、もう少し話す時間って取れますか?」
「ふふ、美しいレディの頼みとあれば、無下にはできませんな」
「あ、ありがとう。えっと、聞きたいのはミレニアの事なんだけど……」
「娘の事ですか。それは私の方からも聞きたいですなレディ」
アンジェさんの目が、まるで刃物のように鋭くなる。
思わず後ずさりそうになるが、視線を合わせる。
「娘を呼び捨てにしているという事について、ね」
凄まじい威圧感だ。
息苦しくすら感じる。
なんとか声を絞り出す。
「ミレニアが、そう呼べって言ってくれたんです。母さんや兄さんとも仲が良かったから、そのお蔭だと思いますけど……」
「ふむ、レディ。もし良ければ、その方々のお名前を伺っても?」
若干警戒を緩めてくれたのか、少し表情が崩れる。
息苦しさが減ったので、コホンと咳払いをしてから、答える。
「マーガリン母さんと、ロキ兄さんです」
ポトッとアンジェさんの葉巻が落ちる。
固まったのが分かるんだけど、そこまで驚く事なんだ。
少し時間が経ってから、アンジェさんはそれはもう楽しそうに笑った。
「ははっ!ははははっ!成程、これは失礼をしました。レディ達、どうか許していただきたい。道理で、レディ達から懐かしい魔力を感じるわけですな」
「「?」」
私とノルンは顔を見合わせる。
まぁ多分、母さんや兄さんの知り合いなんだろう。
ユグドラシルは何も反応しないけど。
「ここはもうじき、代わりに来るギルド職員達で荷物の運搬等五月蠅くなりましょう。どうですかな、私達の支部へ宜しければご案内致しますぞ」
「えっと……ノルン、良いかな?」
「私はちょっと街を見てくるわ。アンタはそのおっさんと話があるんでしょ?なら、また後で合流しましょ」
「そっか、了解」
「おや、レディは来られないのですかな?」
「まだこの街に来たばかりだから、色々見ておきたいのよ。地図も頭に入れておきたいし」
「成程、我が支部へ来ていただければ、この街の地図をお見せできますぞ?」
「有難い申し出だけど、私は実際にこの目で見ておきたいのよ」
「ふむ……ふふ、優秀ですな。それでは、蓮華嬢は必ずお守りすると誓いましょう」
そう言って一礼するアンジェさんに、ノルンは微笑んだ。
「蓮華に何かしたら、地獄の果てまで追い詰めるわ。例えアンタが私より上だとしても、よ」
そう言って、ノルンはギルドの外へと出て行った。
「良いご友人をお持ちですな」
「……はい。自慢の親友です」
私は今、とても良い笑顔をしていると思う。
それからアンジェさんの案内の元、ナイツオブラウンドという組織の支部へと向かった。




