8話.後任候補③
黒いゲートを潜ると、そこは白い空間だった。
地面はあるけど、その地面も白く、他には何もない。
「エリク、あれ……!」
アークが指差す先を見ると、何もない空間から、黒い影が無数に生まれている。
その影は人の形や犬のような形と、それぞれ違う形へと変わった。
これはもしかして、アーネスト様が闘技大会で使った……!
「お前達には、こいつらと戦ってもらうぜ?」
声は聞こえるけれど、アーネスト様の姿は見えない。
「こいつらは俺の力で生み出した影兵だ。一体一体、それぞれ違う魔物をイメージして創った。こいつらを全滅させれたら、タカヒロさんは合格って言ってくれたぜ」
白い空間を、無数の黒い影が埋め尽くす。
これらを、全部……!
「勿論最初から一気に全部突っ込ませるような事はしねぇよ。ただ、単調に攻めてくるとは思うなよ?俺からは以上だ。それじゃ、準備は良いな?」
俺は周りの皆を見渡す。
それぞれが武器を構え、頷くのを確認する。
「大丈夫です!アーネスト様!」
「おし!それじゃ戦闘開始だっ!」
黒い影が3体、こちらへと駆けてくる。
犬のような形の影だ。
その軌道から、狙いは俺ではない事に気付く。
「お前達の相手は俺だ!『挑発』!」
俺の聖騎士スキルの発動に、敵はターゲットを俺へと変えた。
攻撃を防御するように盾を構える。
けれど、俺に攻撃が届く事は無かった。
飛び掛かってくる3体の黒い影に、矢と短剣、そして火魔法が直撃して、その影が消えたからだ。
「ありがとう皆!」
「お前が敵を引き付けてくれるのは分かってたからな、簡単だぜ」
「ええ、動きが分かれば当てるのは造作もありませんから」
「うん、後ろは、任せて、エリク」
「一応『プロテク』掛けてるから、攻撃を受けてもダメージは少ないはずだけど、痛かったら言いなさいよ!すぐ治してあげるから!」
頼もしい仲間達の言葉を聞いて、俺は視線を前へと移す。
まだまだたくさんの影が居る。
全て、倒す!
「行くぞぉっ!!」
「「「おおっ!!」」」
それから、1時間程俺達は戦い続けた。
周りの影は全て倒せた、と思う。
背後からパチパチパチ……と手を叩く音が聞こえた。
振り返るとそこには、両手に剣を構えたアーネスト様と、タカヒロさんが居た。
「よくやったなお前達。結構色んなタイプの影を創ったんだけどさ、全部に対応できてたじゃねぇか。勉強の賜物だな!」
そう褒めてくれるアーネスト様に、俺達は笑う。
努力は当たり前のようにしてきた。
それが結果として中々でないけれど……それでも、アーネスト様は俺達の実力を褒めてくれる。
それが嬉しかった。
「これは試験とは関係ねぇけど、お前達の戦いを見てたらさ、うずうずしてきたんだよな!良けりゃ、俺と戦ってくれねぇか?」
その言葉に、俺達全員が震えた。
恐怖でじゃない、喜びで、だ。
アーネスト様は、その強さから大抵の者と戦わない。
皆それが分かっているから、言葉で諦めてしまうのだ。
戦ってほしいと言って、お前じゃ楽しめないと思うなって言われたら、誰だって諦めてしまうだろう。
そんなアーネスト様が、俺達と戦いたいと言ってくれたんだ。
嬉しくないわけがない。
俺は皆を見渡す。
その顔は、戦いたいとかいてあるのが分かったから、聞かない事にした。
ただ、武器を構える。
「お願いします、アーネスト様!」
「そうこなくちゃなっ!タカヒロさん、この空間の維持はまだ出来るよな?」
「はは、任せろ。いくら消費が激しいと言っても、丸一日でも余裕はあるさ」
「流石だぜ。そんじゃ、準備は良いか?」
アーネスト様の剣は、刀のように細く、2mくらいの長さだ。
そんな扱いづらい剣を、両手に持っている。
その攻撃範囲は恐ろしく広く、そして攻撃力も恐ろしく高いというのに、その速度は常人では捕えられないくらいに速い。
気を抜けば、一瞬でやられてしまう。
「大丈夫です!」
気合を入れて、そう答える。
その言葉の後、アーネスト様の姿が消えたと思ったら、一瞬で目の前に現れた。
「なっ!?」
「甘ぇっ!」
盾を構えたというのに、剣で弾き飛ばされてしまう。
これでは防御が出来ない。
アーネスト様を目がけ、剣を振るうが、難なく避けられる。
「隙だらけだぞエリク!っと!?」
俺の攻撃後の隙を狙って、アーネスト様が剣を振るおうとした所へ、サージの弓が飛んだ。
それを避けた場所へソレイユの火魔法が飛び、アーネスト様はそれを剣で薙ぎ払う。
「流石はアーネスト様、魔法を避けるのではなく掻き消すなんて……!」
だが、それでも相手の力を思えば驚きは最小限。
ソレイユは連続で魔法を唱える。
「皆!この魔方陣から出ないでね!『ホワイトサークル』!」
ミリーが唱えた魔法は、魔方陣の上限定だが、与ダメージ上昇、被ダメージ減少の効果がある範囲魔法だ。
光魔法の中でも中級魔法だが、術者によって効果が大分変わる為、腕の見せ所のある魔法ともいえる。
「効果時間は短いから、急いで!」
「ん、射抜く、よ!『ぺネトレイトアロー』」
風を纏い、凄まじい音を鳴らしながら放たれる弓を、アーネスト様は回避する。
「さす、が……!!」
「サージ!そのまま射続けてくれ!」
「りょう、かいっ!」
サージに攻撃を続けて貰う事で、アーネスト様の行動を制限させる。
そこへ、俺も突撃する!
「障壁を貫通しろ!『粉砕天衝』!!」
「そんな大振りじゃ、当たら……おおっ!?」
アーネスト様の足元の地面が抉れて、体制を崩す。
「いけぇエリク!」
アークの仕業だ。
戦況をちゃんと見て、アーネスト様の動きを観察し、ここだという場所にトラップを仕掛けたのだろう。
このチャンスは逃さない!
「うおぉぉぉっ!!」
「へへっ、80点ってとこだなっ!」
俺の一撃は、地面に激突する。
くっ、避けられた!
ここからは、特に話せる事はなかった。
空振りをした俺をアーネスト様の双剣が一薙ぎし、俺は倒れた。
前衛である俺が倒れた事によって、後衛の皆も総崩れした。
結果、俺達は全員横になっている。
「はぁっはぁっ……あ、アーネスト様、強すぎますって……」
「はぁ、ふぅ、本当に……どうすりゃ動き止めれるんすか……あのトラップ、全魔力込めた本気の足止めだったんですけど……」
俺達の呻き声に、アーネスト様は笑う。
「そうだな、もっと皆で同じ事してみたら良かったんじゃないか?ま、そういうのはタカヒロさんに任せるけどな!」
「丸投げかアーネスト。だが、面白そうな奴らなのは確かだな。お前達、普段の授業はどれくらい取っているんだ?」
慌てて俺達は立ち上がり、答える。
「えっと、俺は受けられる時間全部……」
「俺もです」
「私も、そうです」
「アタシも全部受けてるよ!蓮華先生、じゃなかった、蓮華様の授業が一番楽しかったから、無くなって残念なんですけど……」
「僕も、全部、です」
「成程……」
俺達の言葉を聞いて、タカヒロさんは少し考えこむように目を瞑った。
少ししてから目を開けて、驚く事を言った。
「よし、それなら単位は問題ないだろう。明日からはどの授業も受けるな。俺がその時間全てを使って、お前達を鍛えてやる」
「おお、タカヒロさんマジだな!俺も時間あったら覗きに行くからさ、頑張れよ!」
「「「はいっ!!」」」
こうして俺達は、魔王軍参謀であるタカヒロさんに、鍛えて貰える事になった。
アーネスト様の期待に応える為にも、そして……俺の目標に近づく為にも、これから頑張ろうと思う。
「よっしゃ!それじゃ今日はこれから皆で遊びに行こうぜ!」
「「「えっ!?」」」
あのアーネスト様と、一緒に!?
アーネスト様はお忙しい方だから、基本的に誘われても断る姿しか見ない。
例外は蓮華様だけど……それなのに、俺達なんかを誘ってくれるなんて……!
「タカヒロさんも良いよな!?」
「俺は構わないが、アリシアを誘わないと後で拗ねるぞ?」
「ぐっ……確かに。なら、一応誘うか……」
その言葉に、俺達は眩暈がした。
アーネスト様だけでなく、アリシア様まで!?
俺達5人は顔を見合わせた。
ガチガチに緊張している自分達を見て、苦笑してしまうのだった。




