7話.後任候補②
俺がアーネスト様や皆と直接話ができたのは、少し前。
授業が終わってから、いつも通り剣の鍛錬をしていた時だ。
「498!499!500……!!はぁっ……はぁっ……」
「よ、お疲れ」
「えっ!?」
素振りをしていて、まったく気が付かなかった。
周囲への警戒を疎かにするなんて、騎士失格だ……!
いやそれよりも、俺に声を掛けてくれたこの人は!!
「随分熱心に素振りしてんだな。でも、ただ振るだけじゃ、意味ないぜ?」
「あ、アーネスト様!?」
そう、ヴィクトリアス学園生徒会長、アーネスト=フォン=ユグドラシル様。
かの有名なマーガリン様のご子息様で、特別公爵の位を持つお方。
その爵位は王家よりも上とされている、まさに天上人だ。
この学園は確かに平民、貴族は関係ないと謳ってはいるが、やはり貴族は貴族、平民は平民と別れてしまう。
そんな中で、アーネスト様や俺と同期に入学された、蓮華様は違った。
誰に対しても気さくで、分け隔てが無い。
その身分を鼻に掛ける事も無く、笑顔を向けてくれる。
アーネスト様は、こんな事を言うと失礼かもしれないけれど、特別顔が良いというわけじゃない。
けれど、アーネスト様と一緒に居る人達は、皆笑顔だ。
張り付けた笑顔じゃなく、心からの笑顔だと分かる。
それは、アーネスト様が純粋だから。
裏表のないアーネスト様を、皆が慕っているんだ。
その強さも群を抜いていて、この学園でアーネスト様に勝てる者が居るとしたら、蓮華様くらいだと俺は思う。
俺の憧れであるインペリアルナイトのカレン様やアニス様、そしてロイヤルガードのバニラ様も、アーネスト様の事を認められていた。
そんな凄い方に話しかけられて、緊張するなっていう方が無理だ。
アーネスト様が、俺なんかになんの用なんだろう。
「貸してみな」
「は、はい」
俺が持っていた剣を、アーネスト様が受け取る。
そして、剣を振るった。
ビュンッ!ビュンッ!
心地良い音がする。
俺が振るった時には出ない音。
型も凄く安定している。
どこから攻撃されても、反応ができると一目で分かる。
その剣先を俺に向けられた。
「エリク、お前素振りする時、仮想の敵は居るか?」
「え?」
アーネスト様が俺の名前を憶えていてくれた事に驚いたが、質問の内容にも驚いた。
仮想の、敵?
「単に素振りしてるだけじゃ、筋肉はつくかもしれねぇけどさ、次がねぇだろ?だから、イメージすんだ。そうだな、相手は誰でも良いけど、勝ちたいって奴が良いな」
「勝ちたい、奴……」
「そいつが目の前に居るとイメージして、そいつを斬るつもりで素振りしてみな」
アーネスト様から剣を受け取り、目を瞑る。
頭の中に、イメージをする。
俺が勝ちたい敵……いや敵じゃないけど、超えたい人。
目を開け、思いっきり振る。
けれど、頭のイメージ中のその方は、それを防いだ。
「そうそう、そんな感じだ。今の感じで、斬れるように頑張ってみな」
アーネスト様は、俺が今斬れなかった事まで分かっているようだった。
しかし、ここで疑問が生まれる。
なんでアーネスト様が、俺なんかを気に掛けてくれるんだろう?
「おーい!エリク!そろそろ練習終わったかー?帰って飯にしようぜー!」
そこへ、友達のアークが走ってこちらへ向かってきた。
「ってぇぇぇっ!?あ、あああアーネスト様!?」
「おいおい、そんなに驚くなよ。俺だって学園の生徒なんだから、居てもおかしくないだろ?」
「そ、そりゃそうなんですけど!えええ!?なんでエリクなんかと!?」
「おいアーク。アーネスト様との対比だから許すけど、なんかって俺に喧嘩売ってるだろ!」
「ち、違うっての!分かるだろ!?」
「分かるから許すって言ったろ!」
「ぶはっ!お前ら仲良いな!はははっ!!」
これだ。
アーネスト様は、本当に楽しそうに笑う。
だから、俺達も毒気を抜かれてしまうんだ。
「あ、あの、アーネスト様。それで、一体俺に何の……」
用なんですか?と聞こうとしたら、アーネスト様から衝撃の言葉を聞いた。
「ああ、エリク。それにアークも丁度良い。お前達、生徒会に入るつもりはないか?つーか、生徒会長にならねぇか?」
「「え?」」
「あれ?聞こえなかったか。ゴホン。未来の生徒会長はお前だ!」
「「ええええええっ!?」」
俺とアークの驚きの声が木霊した。
あとアーネスト様、二回目微妙に変えてきましたね。
「エリクとアークが友達なのも知ってるし、二人で生徒会長と副会長って良いと思わねぇ?」
「いやいや、俺の実力なんて、聖騎士のクラスでも、まだ中の下ってとこですよ……」
「俺も盗賊の中では下の上って感じですけど……」
折角アーネスト様が俺達を推してくれるけど、俺達は自分の実力を知っている。
こんな程度で、生徒会に入れるとは思っていない。
生徒会に入っている人達は、どの分野でも最高クラスの人達の集まりなんだ。
そんな中に入るなんて……それも会長と副会長何て、無理に決まっている。
「んな事ねぇよ。エリクは光魔法だけじゃなく、土魔法も使えるだろ?それに、魔術で強化系も一通り使えるじゃねぇーか」
「!!」
驚いた。俺はそれを、授業中一度も使っていない。
だと言うのに、アーネスト様は見抜いたのか。
「まぁ、まだ練度は低いみたいだけど、そんなもんはこれからすぐに鍛えられる。あとアーク」
「は、はい!」
「お前は目が良い。それに状況判断が速い。リーダーであるエリクに、適切に助言ができる。それは、戦闘以外の面で役立つ、凄い力なんだぜ?」
「!?」
そこまで聞いて、分かったんだ。
アーネスト様は、俺達の事を見てくれていた。
そして、だからこそ、俺達を誘ってくれたのだと。
「ただお前達だけだと、やっぱり強敵を前に敗れるだろう。例えば、相手に魔法使いが居たら、防ぎきれないとかさ」
その通りだった。
俺は光魔法を回復魔法しか使えないし、土魔法は攻撃ではなく守りにしか使えない。
魔術で強化系は使えても、魔法防御は上げられない。
アークも身のこなしは良いが、回避を続けていれば体力も減る。
いずれ、直撃してしまうだろう。
「そこで!だ。お前達に加えて後3人、仲間を紹介しようと思う。待たせてすまん、出てきて良いぞ」
「「「……」」」
後ろの茂みから出てきた3人。
男性が1人に女性が2人。
ただ、見覚えは無かった。
アークの方を向くけど、顔を振る。
アークも知らないようだ。
「俺が声を掛けた3人でな。お前達5人、俺が生徒会に推薦したいメンバーだ。自己紹介して貰えるか?」
アーネスト様の声に、一人が前に出た。
「アタシはミリー=バレンタインよ。職業は僧侶!どんな傷も治してやるから、安心して盾になんなさい!」
ピンク色の髪を、後ろで一つに束ねている。
小柄で勝気な少女に感じるが、僧侶なのか。
そして、もう一人の女性が前に出た。
「私はソレイユです。魔法使いで、火、水、風と扱う事ができます。よろしくお願いします」
長く美しい金色の髪をワインレッドのリボンでツインテールに結んだ、落ち着いた感じの優しそうな人だ。大きく澄んだ瞳に、雪のように白い肌。
失礼かもしれないけど、この人が僧侶と言われた方がしっくりくる。
というか三属性を扱えるって、かなり優秀だ。
通常、扱えて一つの属性だし、多くても二属性なのだから。
マーガリン様や蓮華様と言ったイレギュラーな方もいらっしゃるけれど……。
そんな事を考えていたら、もう一人の男性が前に出た。
「僕は、サージ=フォレスト。弓が、得意」
こちらも長身だが、しっかりとした筋肉質な体だと分かる。
無駄な肉がついておらず、弓を引く為の力を鍛え上げた、そんな体だ。
短髪でスッキリとした顔立ちで、目つきが鋭い。
けれど、話し方は優しく……先程のソレイユさんと同じで、落ち着いた感じというか。
「俺はアーク。アーク=マウアーだ。職業は盗賊、よろしく」
「へぇ、あなたスカウトなんだ。頼りになりそうじゃん」
そうミリーさんが言う。
そうなのだ。
スカウトとは、頭の回転の速さと危険を察知する能力が必要で、更に身軽に動けて鋭い五感と優れた身体、全てが高水準で求められる重要な職業なのだ。
「いや、俺はまだ頼りにならないよ」
けれど、アークはそう言う。
自分の実力をしっかり把握しているから。
そして仲間になるかもしれない人に、過信させないよう、はっきりと言ったのだ。
「へぇ、なら大丈夫ね」
だけど、ミリーさんはむしろそれで笑った。
アークは不思議そうに言う。
「なんでそれで大丈夫と思うんだ?」
「だって、それならアタシ達にも聞いてくれるんでしょ?勝手に判断、君ならしない気がする」
「っ!!」
驚いてしまった。
ミリーさんは、この短い会話でアークを信用に足る人物だと認めたのだ。
「安心、して欲しい。僕も、目は良い、から。必要な情報、見つけたら、言う、よ」
「……ありがとう」
アークは、俺以外をあまり信用しなかった。
職業柄、盗賊というイメージから、あまり人との関係が良くはない。
野盗に身を落とした者も、職業は盗賊となるからだ。
役割は天と地ほどの差があるのに、だ。
心無い人達は、盗賊を見下す。
だから、俺達はスカウトと呼ぶ。
仲間を守る為にその技術を使ってくれる大切な仲間を、盗賊とは呼ばない。
「それで、あなたは?」
全員の視線が、俺に向く。
緊張はするけど、良い人達だと思えたから、しっかりと言えた。
「俺はエリク=ヤクート。成り上がりの男爵家だけど、職業は聖騎士だよ」
「ヤクートって、あのヤクート商会だよね?商人じゃないんだ?」
そうミリーさんが聞いてくる。
父さんと母さんは、大手の商会でマスターとして働いている。
知名度も高く、知らない者は少ないくらいだ。
でも、だからこそ、俺ははっきりと言う事にした。
「……笑われるかもしれないけど、俺……インペリアルナイトになりたいんだ。だから……」
「なんで?笑わないよ」
「ああ、笑わねぇよエリク」
「素晴らしい目標だと思います」
「……うん。僕も、そう思う」
「皆……。っ……よろしく!」
「「「「よろしくっ!」」」」
こうして俺達は、初めての邂逅を済ませた。
実力の無い者が、インペリアルナイトになる、という夢物語を言えば、大抵は笑われる。
無理無理、と。子供の頃であれば優しく見守られるそれも、大人に近づくにつれ、現実を見ろと。
でも、皆は笑わなかった。
それどころか、真剣に聞いてくれた。
こんな素晴らしい仲間達と出会わせてくれたアーネスト様には、感謝しかない。
「はは、良い感じだな。そんじゃ、本題に戻るぜ?お前達には、生徒会に入ってもらいたいんだ」
生徒会にもし入れれば、その後の進路が大きく開ける。
それも、生徒会長ともなれば、誰でも飛びつくだろう。
でも俺は、自分にそんな実力があるとは思っていない。
幼い頃のある少女との約束を胸に、努力は惜しまなかった。
剣の鍛錬を続け、自分に出来る事を常に努力してきた。
けれど、それでもこの学園の皆は凄かった。
必死に努力を積み重ねてきた力は、ここでは歯が立たなかった。
今で足りないなら、更に努力を。
それでも足りないなら、もっと努力を。
俺はどれだけ負けても、諦めなかった。
インペリアルナイトになって、ミユキに会いに行く為に。
「けど、もちろん今のお前達がそのまま生徒会に入れる実力があるとは思ってないから、そこは安心してくれ」
「どういう事ですか?」
「まだ承諾してくれるかは分からねぇんだけど……ある人に協力を頼むつもりだ。俺は教えるのが上手くねぇからさ、時々相手するくらいしかしてやれねぇけど……」
その言葉に、俺達全員が湧いた。
だって、あのアーネスト様が、俺達と戦ってくれると言ったのだから。
「目途が経ったら言うから、それまで待っててくれ。それじゃ、後はお前達で親睦を深めててくれよな。俺はそろそろ戻らないと、アリシアにどやされるんだよ……」
心底辛そうに言うアーネスト様に、俺達は苦笑してしまう。
アリシア様は生徒会副会長で、あのアーネスト様を制御できる数少ないお方だ。
その美しさも飛びぬけていて、ファンクラブまであるくらいだ。
俺も写真を一枚買った。
どの写真も一枚最低一万ゴールドと割と高めのお値段だったが、悔いは無い。
なんせ、その写真を現像した奴はアリシア様にぶっ飛ばされた上にお金は没収され、更にはその力を封じられてしまったのだから。
しかしアリシア様にぶっ飛ばされたその人は、満足げな顔だったと聞いた。
ファン恐るべし……。
歩き去っていくアーネスト様の後ろ姿を見送る。
アーネスト様からの激励に、やる気が出ない方がおかしい。
それから俺達は、度々5人で集まり、訓練をするようになった。




