216.避難した者達
-ユグドラシル領・外周-
広大なユグドラシル領。
その外周は、緑豊かな草原だった。
今その草原は、たくさんの人々で溢れかえっている。
様々な種族が集まり、互いに助け合ってここまで来た。
今、頭上にはヴィクトリアス学園での戦いが映し出されている。
今回、避難する元凶となった存在、八岐大蛇。
その凶悪な姿を見て、気絶する者も居た。
立体ビジョンのように、今目の前に居るかのように映し出されるその姿。
その巨大さに、皆一様に言葉を無くした。
誰かがポツリと零した。
「こんな化け物に、勝てるわけない」
その言葉は波紋のように広がり、不安が襲う。
だが、映像は続く。
その巨大な八岐大蛇に、挑む者達が居た。
八岐大蛇から放たれるブレスや魔法を防ぎ、回避し、攻撃を当てている。
何度攻撃を受け、弾き飛ばされようとも向かっていく、その姿を見て。
誰かが零したその言葉は皆の頭から消える。
「頑張れ……女神様!」
「女神様?」
「うん、お母さん。あの人が、助けてくれたの。確か……」
少女は、あの時の言葉を思い出す。
"あはは……私は女神じゃないよ?蓮華って言うんだ"
「蓮華!そう言ってた!」
「そう……蓮華様が、助けてくれたのね」
少女の両親が、映像にまた視線を戻す。
「蓮華様……どうか、ご無事で……」
自分達の為に、戦ってくれている。
それを皆、理解していた。
レンゲ=フォン=ユグドラシル。
あのマーガリン=フォン=ユグドラシルの娘。
位の高い、天上人でありながらも、街の人達とも普通に話す。
蓮華はよく認識阻害の魔法を掛け忘れ、街に出かけてしまう事があった。
けれど、街の人達はそれを見て見ぬふりをするようになった。
蓮華の美しさは、とても目を引く。
だから騒ぎにならないように、"自分達の為に姿を変えている"と街の者達は理解していた。
どこまでも美しく、それでいて気さくで、まるで太陽のような温かさを感じる少女。
蓮華は、マーガリンの娘だからではなく、蓮華として好かれていた。
そんな少女が、大の大人ですら裸足で逃げだすような化け物を相手に、勇敢に立ち向かっている。
その姿に、姿勢に、勇気をもらったのだ。
「頑張れ、蓮華様……!」
皆の想いは、一つになっていく。
仲間達と共に戦う、蓮華達の姿を見て。
一方、騎士達もまた、ユグドラシル領の外周から一歩離れた場所で、魔物達の侵入を防いでいた。
魔物達もまた、八岐大蛇から逃げるように大移動していたのだ。
避難している者達と鉢合わせになる事が何度もあった。
その度に、騎士達は戦いを余儀なくされた。
モンスターハンターギルドによってランク付けされた魔物。
その中でも、ランクAを超える魔物は騎士達と言えど、楽に勝てる相手ではない。
それも、戦う術を持たない人々を守りながらである。
どうしても、手が足りない。
だが、そんな中でも協力してくれる者達が居た。
そう、冒険者やハンター達だ。
皆が協力し、守り合いながら、魔物と戦っていた。
「よしっ、ここら辺はこれで魔物いねぇよなアッシ!コレン!」
「うん、探知の魔法でも反応はないよグレク」
「なら、休んでる暇はないわよ!ここが大丈夫でも、苦戦してるとこがあったら、助けに行かないとでしょ!」
コレンの言葉に頷く二人。
以前、蓮華が依頼をするという形で、一緒にパーティーを組んだ三人、漆黒の翼である。
彼らはあの後も必死でクエストをこなし、依頼を完遂し、実力を上げていっていた。
蓮華から言われたあの言葉。
"オーガストで一番の冒険者になるんだ"
その言葉を受け、ただひたすらに強くなりたいと思い、鍛錬をしてきた。
三人は、空を見上げる。
そこには、巨大な八岐大蛇に、仲間達と共に戦いを挑む、蓮華の姿があった。
「「「蓮華様……」」」
三人は、それぞれの想いを胸に秘め、その映像を見る。
「……行こうぜアッシ、コレン。蓮華様に、胸張って会えるように。俺達の成長を、見てもらおうぜ!」
「うん、グレク!」
「ええ、そうね!」
三人は次の戦場へと向かう。
蓮華を信じ、自分達にできる事を成そうと。
「邪魔よぉっ!!」
リリアの細い剣が、魔物を斬り捨てる。
断末魔を上げ、倒れている魔物を一瞥する事もなく、リリアは次の魔物へと向かっていく。
その後ろでは、徹がリリアのフォローをしている。
「この姫の前に立ち塞がった事、後悔させてあげるっ!」
次々と魔物を屠っていくリリアに、騎士達は驚きを隠せない。
王国ツゥエルヴの騎士達は平然としているのが対照的だった。
「なぁ、アンタ王国ツゥエルヴの騎士だよな?なんでそんな平然としてられるんだ……?」
そう聞くのは、隣国である王国イングストンの騎士だ。
「ああ、うちの姫様は、おてんばなんだよ。言っとくけど、俺達騎士団全員より、姫様のが強いからな」
「!?ど、どうなってるんだよツゥエルヴは……」
そのあんまりな言葉に、驚きを隠せなかった。
「王国ツゥエルヴにはインペリアルナイトが居ないからな。姫様が姫様でなかったなら、姫様がインペリアルナイトになってただろうな。おっと、姫様が先に行っちまう。俺は追いかけるからこれで失礼するよ」
「……王国イングストンも、とんでもない人が居るんだな……」
呆然と見ているその騎士に、隊長から声が掛かる。
「おい、何をぼうっとしている?」
「た、隊長!申し訳ありません!すぐに配置に戻ります!」
「はは、気持ちは俺も分かるけどな。でも今は、気を引き締めないとな。なんせ、全国の国王陛下が一堂に会しているんだ。インペリアルナイトやロイヤルガードの方々もいらっしゃる。こんな場で叱られたら、目も当てられんぞ?」
おどけた態度で言う隊長に、騎士も苦笑する。
話もそこそこに、騎士達は配置に戻っていった。
「蓮華様に頼まれたのよ!この姫の力に慄きひざまずけぇーー!!」
リリアの快進撃は続く。
その後ろで、徹は生暖かい視線をリリアに送っていた。
「……以上です、陛下」
「そうか。あのおてんばは……少しは第一王女としての自覚を持って欲しいのだがな……」
そう苦笑して言う王国ツゥエルヴの国王に、王妃は笑って言う。
「良いではありませんか。リリアはリリアの好きなようにさせてあげましょう?」
「お前がそうやって甘やかすから……」
国王夫妻のこのやりとりも、周りの騎士達は見慣れたものだった。
「さて、せっかくの機会だ。他国の国王達とも話がしたいものだが……」
「失礼致します、陛下。書状を預かって参りました」
そう騎士隊長からの報告を受け、書状に目を通す。
そこには、今しがた自身が思っていた事を実現する内容が書かれていた。
「ふふ、考える事はみな同じという事か」
国王は書状に自身の名と承諾の意を書き記した。
「これをフォースの国王の元へ。急ぎ届けよ」
「ハハッ!」
「陛下、どうされたのですか?」
そう聞いてくる妻に、笑って言う国王。
「なに、皆で会わないかと言われてな。是非にと返したのだ」
「まぁ。私も行ってもよろしいの?」
その言葉にきょとんとしてしまう国王だったが、もちろんだと微笑み言うのだった。
普段、中々会う事のできない全国の国王達。
王覧試合を名目に、会うくらいしかできない。
国王達は、マーガリンを慕っている。
その同じ想いから、仲が良かった。
それ故に、国同士での争いが無かった。
幸か不幸か、それが戦力の弱さに繋がっていた。
今回、それらを痛感した国王達は、ある狙いがあった。
そう、自国の強化である。
図らずも、蓮華とその仲間達の力を知る事となった国王達は、ある計画を立てる事となる。
それは、蓮華達に関わってくるのだが、今はまだ知る由もなかった。
頭上に移される戦い。
時折、ヴィクトリアス学園の生徒達が、魔物を相手に奮戦している姿も映る。
名の知れた、アーネスト=フォン=ユグドラシルによる指揮により、生徒達の士気の高さが伺えた。
自分達は、避難しているだけなのか。
自分達にも、彼らに何か手助けができないのか。
その想いを胸に、戦いを見守っていた。




