209.勇気≠無謀
蓮華への連絡を終えたリリアは、溜息を零す。
「はぁ……憧れの蓮華様への言葉が、あんな一方的な連絡になるなんて……この怒り、あのでっかい首にぶつけてやるわ!行くわよトール!」
「ハッ!我が姫!」
凄まじい速度で駆けていく行く二人。
すでに王都ツゥエルヴを襲う仮面の者達は全て捕縛され、仮面の呪いを解かれている所だった。
大精霊であるアマテラスが参入した事により、浄化が進み、敵であった仮面の兵が元の意思を取り戻し、王国に味方し始めた為である。
八岐大蛇に近づくにつれ、その巨大さを目のあたりにする。
「で、でかすぎじゃない?トール」
少し青ざめた表情でリリアは徹に伝える。
「大丈夫でございます、我が姫。姫の太陽の力、そして僭越ながら私の雷の力の前に、あの程度の魔物、瞬殺でございます」
「そ、そうよね!太陽の姫足るこの私の敵じゃないわよね!よーし、行くわよトール!」
「ハハッ!」
太陽の姫リリアとその従者トールこと徹は、八岐大蛇のすぐ近くまで移動する。
それを、追って見ている者が居た。
「全く、気になって見に来てみたら……何やってるの神雷は」
そう、"ウロボロス"の十傑三強の一人、漆黒の刃"奏音"である。
蓮華との戦いから身を引き、オーガストの隣国であるイングストンの国境を更に越え、王都ツゥエルヴに移動していた。
時計回りに、国を観察していたのである。
その道中で十傑である神雷を発見した。
発見したのは良いが、なにやら仮面の兵達を相手に戦っているし、一緒に可憐な少女が居た。
なんとも、あの神雷が好きそうな子だった。
もしかして何かするつもりかと、後を付けてきていた。
あれなら、その少女を陰ながら救う為に。
しかし、それは懸念に終わった。
神雷はその少女に何かするわけではなく、むしろ守っている事が分かったからだ。
そんな中での、八岐大蛇の出現。
そこに真っ先に向かっていく二人の後を、気付けば追っていた。
「はぁ……まぁ様子を見てみますか」
そう零し、姿を消しながら後を追う。
気配、姿、その両方を完全に消す上位スキルを奏音は所持している為、気付かれずに後を追うのはお手の物だった。
「ほ、本当にデカいわね……頭までどれくらいの距離あるの、これ」
「我が姫、お答えしましょう。おおよその見積もりですが、約700メートル程かと思われます」
「なんでそんな事が分かるのよトールは……。ま、まぁ良いわ。トール、雷なら高さとか関係ないでしょ?やっちゃえトール!」
「ハハッ!我が姫!」
その瞬間、雷が二人のすぐ傍に落ちる。
ゴオオオオオオオンッ!!
耳をつんざくような音に、顔をしかめるリリア。
「ちょっと!?私を黒焦げにする気!?」
「ち、違います我が姫!今のは私ではありません!」
「え、違うの?……て、事は……」
「はい、どうやらこいつは……雷を操るようですね」
そう、この八岐大蛇の頭は、轟雷の頭であった。
「トール、雷相手に雷は通じるの?」
「ご安心ください我が姫。私も雷を受ければ死んでしまいます」
「それのどこに安心する要素があるのよー!?」
叫ぶリリアに、穏やかな顔で返す徹。
「はい、ですから、雷を操るからと、それが効かないとは別問題という事でございます」
「ああ、成程……!」
そうリリアが感心した所へ、徹は続ける。
「しかし、この化け物が雷の属性そのものの体であった場合、吸収されてより強くしてしまうかもしれません」
「どっちなのよー!?」
そのリリアの叫びに、徹は笑顔で答えながら、魔力を練る。
「我が姫、ですから試してみましょう。我が姫の為、沈むが良い八岐大蛇!神雷よ、我が姫の前に立つ敵を薙ぎ払え!"Mjolnir"!!」
とてつもない魔力が空に生まれる。
バチバチと音を立てながら、その塊が八岐大蛇へと降り注ぐ!
ドガァァァァァン!!
バヂバヂバヂ!!
凄まじい音が鳴り響く。
徹の放つMjolnirが、八岐大蛇の体を撃ち抜く。
「やったの!?トール!」
リリアの問いに、徹は厳しい表情をする。
「いえ、どうやら……こいつは、雷を吸収するようですね……」
「!!」
そこには、先程よりも強力に電気を発生させている、八岐大蛇の姿があった。
その巨大な双眸が、リリアと徹を睨んでいた。
瞬間、二人の上空に雷が発生する。
「我が姫っ!!」
徹は、リリアを庇おうと空へジャンプする。
リリアが直撃しないように、自分を盾にしようと。
「トール!?」
一瞬の事で、リリアは身動きが取れなかった。
「何やってるのよ、バカ!!」
その二人をまとめて抱え、瞬間移動して雷を回避する。
二人が元居た場所には、凄まじい雷が落ちていた。
「お、お前は……」
「ふぅ、勝手に体が動いちゃったじゃないの。神雷じゃ相性最悪でしょ、ここは任せて」
「漆黒……!」
そう、奏音が二人を助けたのだった。
「あ、貴女は?」
そのリリアの問いに、奏音は答えない。
「その勇気は認める。だけど、相手との力量を弁えずに戦いを挑むのは、無謀っていうの。覚えておきなさい」
そう言い、刃を取り出す奏音。
その姿はまばたきの間に一瞬で消え、次に見た時にはすでに、八岐大蛇に攻撃を仕掛けていた。
落雷が幾度となく降り注ぐが、奏音は全て回避する。
「す、凄い……!」
リリアは思わず言葉に出た。
体が痺れるこの感覚は、蓮華の戦いを見た時に似ていた。
「漆黒……お前がまさか、助けてくれるとはな。我が姫、ここは漆黒に任せ、引きましょう」
そう徹が言うが、リリアは動かない。
「姫?」
「決めた、決めたわ!蓮華様に追いつく為に、あの方に師匠になってもらうのよ!」
「……」
徹は絶句してしまった。
漆黒の事をよく知っているわけではないが、絶対に受けないだろうと思ったからだ。
「その為には、ここで引くわけにはいかないわ!トール、雷が通じなくても、戦う力はあるんでしょ?この姫に続きなさい!」
「我が姫……畏まりました!このトール、身命を賭してお守りいたします!」
「それでこそ私の親衛隊一番隊隊長よ!続けー!!」
そう言い放ち、八岐大蛇の元へ駆けるリリア。
それに続く徹。
その姿を確認した奏音は、溜息をつく。
「はぁ……まったく、逃げろと言ったつもりだったんだけど……しょうがないわね……!」
強敵を相手に、それでも引かずに戦いを挑む心。
恐怖心に負けず、挑む勇気。
無謀と言い換えれはする。
だが、ここには私も居る。
奏音は、蓮二の父に勝てないと知りながらも、幾度となく挑む蓮二の姿を重ねた。
守ってあげるか……そう思ったのだった。




