203.出現”八岐大蛇”
ヴィクトリアス学園中心部。
その地下から、絶えず地響きが鳴り響いている。
その振動は全国へと広がっていく。
理事長室では、シオンが苦悶の表情で蹲っていた。
「ぐ、ぅぅ……!マーガリン様……私の結界の綻びを、どうやら突かれたようです……申し訳ありません……」
『いいえ、貴方は長い間、良くやってくれたわ。あの時は、封じるしか出来なかった。あの体は、神々の力では滅する事が出来ないから……いえ、可能ではあるのだけれど、そうすると地上と魔界が無くなってしまう』
「はい、分かっております。主神オーディン様が滅しようとしたのを、封じる事に留めてくださったのは、ひとえにこの地下世界の事を慮っての事……感謝致しております……」
『シオン……。時は、来たと言えるわ。レンちゃんとアーちゃん、それに二人を慕う仲間達の力を合わせれば、必ず。それに、アリスが居てくれる。レンちゃんのお陰で、ね』
そう思念を伝えるマーガリンの声は、穏やかだった。
「はい。アリスティア様が現界成されておられる事は、この地上の、いえ……全ての世界での大きな利となります」
『そうね。私とロキは神々との制約もあるし、動かないつもりよ。何かある度に、神々の力を当てにされても困るからね。シオン、貴方は最大限の支援をレンちゃんとアーちゃんにしてあげなさい。良いわね?』
「もちろんでございます、マーガリン様。マーガリン様とアリスティア様の大切な方達……私も全力で支援させて頂きます」
「ええ、頼んだわ。本当なら、私がレンちゃんとアーちゃんを助けてあげたい……でも、二人はそれを望まない。二人は本当に強い子達だから。見守っているわね』
そう思念を終える。
シオンは、苦しげに外を見る。
「八岐大蛇……九つの命と九つの頭を持つ大蛇よ。お前の争いを望む心は、この世界には不要な物だ。この地を崩壊させぬ為、私は動けないが……必ずあの方達が、打倒してくれると信じている」
シオンが理事長として、このヴィクトリアス学園に滞在しているのには訳がある。
古代竜、エンシェントドラゴンと呼ばれる竜族の長足る彼(彼女)は、本来標高の高い山の頂を住まいとする。
それが何故この地に居るのか。
それは、学園の地下にある龍脈が関係していた。
この龍脈はマナの流れが荒く、放置しておけば辺りを瓦解させてしまうのだ。
マナの流れを整え、清流のようにする役目を持つ6つの龍脈。
それらはマーガリンの魔力を込めたオーブで、より強固なものにされている。
それが可能なのは、ひとえにその龍脈には属性があったからだ。
しかし、このヴィクトリアス学園に存在する龍脈は、属性が無い。
ただ、マナの堪り場となるだけの龍脈だった。
この地を放置すれば、生物の住めない、竜巻の荒れ狂う場所となる。
それを危惧したマーガリンは、シオンに命じたのだ。
マーガリンに多大な恩を感じていたシオンは、これを承諾。
無属性である龍脈は、人の持つ体内のマナを活性化させ、魔力に目覚めていない者も目覚めやすくなる特徴があった。
その為、人材育成をする場として、ヴィクトリアス学園を創立した。
いずれくるであろう戦いの時、戦える存在を増やす為であった。
各国のインペリアルナイト、ロイヤルガードもまた、ヴィクトリアス学園卒業者が多い。
順調に成長を続けてはいたが、強さという点で停滞はしていた。
それは、大きな敵が現れなかった事も起因している。
騎士団という自国を守る存在は、敵対する者は魔物だった。
今回、人対人という争いを経験した者は少なかったのだ。
それは、平和な世界であった代償とも言えた。
しかし、そんな時に彗星のように現れた、次代の申し子達。
マーガリンが召喚した魂が、新たな時代の到来を予感させる。
ヴィクトリアス学園、その中心地にて、一つの巨大な首が地面より這い出る。
それは、聳え立つ塔のように。
空から見下ろす巨大な首の出現に、避難していた民達が恐怖に慄く。
まだ、一本。
しかし、その一本の出現が、恐怖となって伝染する。
怯え、逃げ惑い始める民達を、騎士達はなんとか落ち着かせようとする。
だが、その騎士達もまた、心に恐怖を刻む。
”あんな化け物を倒せるのか”と。
しかし、人々は見る事になる。
巨大な首に立ち向かう、勇敢な者達を。
一歩も引かず戦う、可憐な少女の姿を。
戦いは今、始まったのだ。
「ノルンちゃん!アリシアちゃん!八岐大蛇を倒すには、順序が要るの!」
「順序!?」
「うん!まず首を一つずつ倒すの!その後、全部一気に出てくるから、それを一気に倒さないと再生しちゃうの!」
その言葉にげんなりするノルン。
「嘘でしょ……」
「アリスティアさん、確か首は色々な場所に出ませんでしたか……?」
「そうだよ!最後の一気に出てくる時は重なって出てくるらしいけどね!」
「めんどくさい敵ね……アリスティアさん、首の特徴ってありますか?」
そう聞いてくるノルンに、アリスティアは答える。
「うん、今から皆に送るから、確認してね!」
そう言い、アリスティアはスマホを操作する。
魔法を使い、凄まじい速度で記入されていく言葉。
それが送信され、確認したノルンは思わず嘆息する。
「これ、めんどくさいってレベルじゃないんだけど……」
書かれていた内容をまとめると、こうだ。
八岐大蛇の私が知ってる情報
1、頭は全部で九つ。
2、体はヴィクトリアス学園の地下。地面の奥深くにある為、こちらの攻撃は届かない。けれど、頭を破壊すれば本体も命を削られる。
3、頭それぞれに能力がある。
以下記載
1、再生の頭。文字通り傷を癒すよ!生半可な攻撃じゃ、壊せない!
2、煉獄の頭。地獄の火炎っていう炎を操るよ!広範囲ブレスに注意だね!
3、召喚の頭。雑魚モンスターを召喚してくるよ!これに手間取ってたら、辺り一面魔物だらけになっちゃうかも……速攻で倒しちゃおうね!
4、轟雷の頭。雷を操るよ!落雷に注意だよ!感電したら即死しちゃうかもだよ!
5、重力の頭。引力を操るよ!体がものすごーく重くなる感じかな?放っておいたら、戦いにくくなっちゃうから、こいつも速攻で倒そうね!
6、氷獄の頭。氷塊を操るよ!氷で身動きを封じてきたりするから、注意してね!
7、暴風の頭。爆風を操るよ!風で体を切り刻まれたり、風で体を吹き飛ばされたりするかも!うっとおしい頭だね!
8、深淵の頭。知らないよ!
9、知らないよ!
という物だった。
「あ、ありえない能力を所持してますね……それに、アリスティアさんも知らない能力があるんですか?」
そう聞くアスモデウスに、アリスティアは困ったように答える。
「ううん、本当は知ってるんだけど……これを伝えると、やる気下がっちゃうかなって」
「どういう事、ですか?」
「8つ目の頭はね、模倣してくる。こちらの使う技を使ってくるの。めんどくさい頭だよね……だから、こいつは私が担当するつもり」
「成程……それじゃ、9つ目の頭は……?」
ノルンがそう聞くと、アリスティアは笑う。
「全部」
「「え?」」
「全部の頭の力を使ってくるよ。こいつを倒せるかどうかが鍵だね」
「そ、それこそアリスティアさんが担当した方が良いんじゃ……!」
そう焦って言うノルンに、アリスティアは顔をブンブンと振る。
「世界を救うのは、貴方達の世代だよ。私の世代は、引退しなきゃ。ちょっとは協力するけど、次代を担う貴方達が、頑張らなきゃ!ね?」
その言葉に、最初驚いた顔をするノルン。
だが、すぐに表情を引き締め、答えた。
「ええ!勿論よ!」
そう力強く言うノルンに、アスモデウスも微笑んだ。
「それじゃ、化け物退治、開始だね!」
「ええ!!」
「やれやれですね。まぁ、やるとしましょうか!」
三人は出現した頭へと向かう。
次の頭が出現する前に、倒す為に。




