1.目が覚めたら異世界
驚いた。それはもう、人生でこれ以上驚いた事は無かったと思う。
目が覚めた時、いつもの見慣れた近い場所にあった白い天井が無くて、木製の随分と離れた場所に天井があったから……ではなく。
いや、それも十分に驚いたのだけど。目が覚めて、自分そっくり……というか、自分にしか見えない人が横に寝ていたからだ。
「ど、どうなってんのこれぇ!?」
起きてすぐの第一声が叫びでも、仕方ないと思う。
そして気が付いた。
どーにもその声が若い、というか……女性の声だったような?
少し、落ち着こう。
深呼吸をしてから、自分の事を思い出してみる。
両親と兄との四人暮らし……ああいや、兄は結婚して家を出たから、三人暮らしの次男坊だ。
今年三十五歳になった生粋の日本男児、そう男だ。
間違っても女性のような声に生まれた男じゃない。
まぁ中にはソプラノのような綺麗な声を出せる男性も居るとは聞いたことがあるが、俺は違う。
三十五歳にもなって独身な事から、色々察してほしい。
いやコミュニケーションが苦手なわけではない。
話をするのは嫌いではないし、聞くのも得意な方だ。
だけど、仕事が終わったら家に直行、休日は趣味という生活のせいか、女性との接点がなかった。
職場も周りは男だらけだったし。
そういう人、俺だけじゃないよね?……うん、現実逃避はこれくらいにしよう。
確認の為、自分の手を見る。
「細いし、綺麗だ。それに、俺の手はこんなに小さくなかったぞ……?」
自分の記憶にあった手よりも小さく、細い。
なんていうか、手首を強く握るだけで、容易く折れてしまうように思えてしまう。
それに、自分の手とは思えないくらい、色白で綺麗だった。
俺の手はもっと大きかったはずだし、指だってもっと太かった。
視線を下に移すと、本来ないはずの二つの膨らみがあった。
いやあるにはあったんだけど、膨らんでなんかなかった。
これ、もしかしなくても女性の……。
顔に熱が集まるのを感じながら、もう一度横を見てみる。
「Zzz……」
気持ち良さそうに寝てる。
そしてまた気が付いた。
横で寝ているのは確かに自分に見えるのだが、なんていうか……若い。
若い頃の自分に見える。
とりあえず、現状把握もそこそこに起こしてみようと思った。
考えていても仕方ない。
隣で寝てる自分にそっくりなこの人が、何か知ってるかもしれないし。
ドッペルゲンガーってわけじゃない、よね?
「あの、起きてくれませんか」
声を掛けながら体を揺らしてみる。
「Zzz……」
どうしよう、全く起きる気配がない。
でも胸は上下しているし、死んでるわけではなさそうだ。
こうなったら……!
「とりゃぁっ!」
強めに頭をグーで叩いてみた。
「いったぁぁぁ!な、なんだぁ!?父さんか!?」
ちょっと自分の手も痛くて後悔したけど、起きてくれた。
そういえば昔、こんな起こし方を父さんにされたような……と思っていると、きょろきょろと辺りを見回した後、俺に話しかけてきた。
「えぇと……ここ、どこかな?俺、貴女と初対面、だよな?」
恐る恐る、といった感じで聞いてきた。
俺も正直に話す事にする。
「う、うん。俺も、目が覚めたのついさっきで。それで、横で君が寝てたから、何か知ってるかなと思って、起こしたんだ」
と正直に伝えた。
「マジか……俺、寝ぼけてこんな可愛い女の子の部屋に押し入ったのか……?通報もんじゃん……もしかして犯罪者になった?いやいや、そんな馬鹿な……酒飲んで寝るなんてしてねーぞ……」
なんて小声でボソボソと言っているのが聞こえた。
「ちょ、ちょっと待って?今何て言ったの、かな?」
言葉を区切り、信じたくない一心で聞いてみた。
聞いた事をすぐ後悔したけど。
「え?いや俺犯罪者になったのかなって……」
「その前、その前!」
「うん?可愛い女の子の部屋に押し入った……?」
「!?……俺、女に見えるの!?」
うん、胸が膨らんでいたから、そんな気はしてたんだけど。
だけど、やっぱり現実を受け入れられなくて。
「いや、どこからどう見ても女の子だけど……ええと、あ、ほら、そこに鏡あるぞ」
言われて見渡せば、確かに等身大の姿見の鏡が置いてあった。
近づいて見てみると、確かにそこには、女の子の姿が映っていた。
「えぇぇ……これ、誰?」
腰まで届く長い黒髪はサラッと流れていて。
瞳は透き通るように綺麗なエメラルドグリーン。
格好は白いドレスみたいなものを着ている。
下を見た時よりもはっきりと、胸の膨らみを確認できた。
……なんていうか、凄く可愛い見た目をしていた。
「誰って、君だろ……?」
何言ってんのこいつ?って顔で見てくる。
いや、分かってる。
自分だって目の前で同じ事されたら、同じ目で見る気がする。
「えーと……自己紹介が遅れたな。俺の名前は三木 蓮二って言うんだ」
はぁ!?と思ったので、つい叫んでしまった。
「それ俺の名前ぇ!?」
以前と違う、女の子の声で。
「「……」」
状況を整理しよう。
目が覚めたら自宅ではなく別の場所。
そして横に若い頃の姿をした自分そっくりの人がいて、その人は自分の名前を名乗った。
で、俺であるはずの俺は女の子、と。
小説で似たような話はいっぱい読んできた。
異世界召喚、転生等々、いつか俺もそんなイベントこないかなって願ってた。
でも、流石に目の前に自分が居るのは理解不能だ。
「えーと、だな。君が俺の名前ってのは、無理があると思うんだけど。だってさ、どう見ても、その、可愛い女の子だぞ、君」
「うぅっ……」
今の姿を見たら、言い返せないが……でも確かに自分は蓮二なのだ。
なので、証明する為に、自身もダメージを負う自爆技を仕掛ける事にした。
「……なら、証明しよう。中学一年生になった頃。好きになってはまった漫画のヒロインが、現実に出てこないかなぁと何度も妄想してた」
「なっ!?何故それを!?」
「高校生に上がるまでほぼ毎日思っていたそれは、今度は自分がそういった世界に行けないかなぁに変わっていった」
「ぐぅぁぁぁ……やめろ、やめてくれぇ……」
「そして社会人にな……」
「分かった!お前は俺だ!間違いない!」
と、苦悶の表情で言ってくれた。
「分かってくれたか……」
そう言う自分も、同じような顔をしているに違いない。
「分かるさ……それは一度も口に出した事がない、俺の、俺だけの想いだからさ。……ずっと、社会人になって、三十五歳になった今でも、さ」
ん?今なんて言った?
「え?君、俺と同い年の俺、なの?」
「そりゃ見れば分かるだろ?もう俺だから女の子の俺にも遠慮しないからな?っていうか、同い年の……?」
「あぁ、うん。いやそれは良いんだけどさ。君ってどう見ても三十五歳の時の俺じゃないよ?」
「へ?」
「今度は俺が言わせてもらうけど、鏡見てみたら?」
そう言われたもう一人の俺は、鏡へ近づく。
そして……叫んだ。
「俺が若いぃぃぃ!?」
うん、気持ちは分かるけど、女の子になってたより衝撃は少ないんじゃないかな、とか思ってたりする。
誰かが取り乱していたら、冷静になれると聞いた事があったが、自分にも少しは当てはまったようだ。
慌てている目の前の若い俺を見ながら、言う事にした。
「とりあえず、名前決めない?」