196.友の為に
-草薙 明視点-
早朝から、王都・テンコーガ全体に火を放ち、住民が混乱に陥り国がその対応に追われている間に、戦力の薄くなった王城へ攻め入り、王を討つ。
それがバルビエルより受けた指示だった。
王国・テンコーガには十傑ではなく、俺が指揮を執る事となった。
どうやら、下位の十傑よりも俺の方がすでに強いらしく、バルビエルより直接指揮を任されたのだ。
今、街は火の海に包まれている。
テンコーガのインペリアルナイトが指揮を執り、市民の救助を行っているのが遠目で視えた。
どうやら、残りのインペリアルナイトは王城に残っているようだ。
テンコーガ最強のインペリアルナイトであるコーガは王を守っているのだろう。
テンコーガでは、歴代最強のインペリアルナイトに、その国の名の一部であるコーガの名を授ける。
誉れあるインペリアルナイト、俺もそうなるつもりだった。
転生して第二の人生。
正直、二度目の人生は舐めていた。
一度目の人生である日本での生活は、何の不自由もなく退屈だった。
親の言う事を聞いて、毎日勉強。
大学も良い所に入って、大手の企業に入社。
お見合いで知り合った女性とそのまま結婚して、子供も生まれた。
けれど、子供は生まれながら心臓の病気を患っており、治療も空しく……まだ少女のまま息を引き取った。
最後まで、俺達両親の事を大好きだと言ってくれた。
幸せだったと、言ってくれた。
俺はあの子の前では涙を決して見せないように、我慢していた。
だけど……無理だった。
泣いてしまった。
そんな俺に、あの子は苦しそうにしながらも、微笑んでくれた。
本当に大切な子だった。
手術室に運ばれ、しばらく時間が経ってから聞いた、医師の言葉に……俺は何も考えられなくなった。
妻はそんなあの子を追うように、病気で亡くなった。
大切な妻と子を両方失った。
俺は立ち直れなかった。
これまで順風満帆に生きてきた代償か、打たれ弱かったのだと今なら思う。
そのまま、何も飲まず食わずで仕事にも行かず。
気付けば、赤ん坊だった。
多分、死んだのだろう。
でも、その瞬間理解した。
ああ、これは異世界転生だな、と。
なら、ステータスやスキルとかあるんだろう?
赤ん坊だった為、上手く言葉にする事が出来ない。
だから、脳内でそれをイメージしたら、パソコンの画面のようなメニューが空中に出てほくそ笑んだ。
これなら、第二の人生は楽して生きれる。
それが最初の俺の抱いた感想だった。
もう、あんな辛い思いはしたくない。
この第二の人生では、一人で生きよう。
そう決めていた。
それから、歳を重ねていくにつれ、退屈になっていた。
幼い頃からずっとスキルについて試行錯誤し、この世界の事を勉強していた。
スキルは自身のレベルが上がればポイントが手に入り、それを振る事でレベルアップできる他、自身で使えば使う程、スキルポイントであげるレベルとは違うレベルが上がる事に気が付いた。
俺はゲームのような現実に、舞い上がっていた。
しかしそれも、俺の周りには弱い奴しかおらず、全然試せる相手が居なかった。
そんな時、ヴィクトリアス学園の噂を聞き、両親に言ったら諸手を上げて歓迎された。
子供の頃から強さの片鱗をずっと見せてきたから、両親は反対する事なく俺を送ってくれた。
そして入学した学園。
想像以上に、退屈だった。
学園でも、俺に敵う奴は居なかった。
かつての日本で学んだ、表向きは優等生の顔を演じ、退屈と戦ってきた。
時々生徒達を驚かせたりするのを楽しんでいたが、それもすぐに飽きた。
表向きの顔が功を成したのか、俺は生徒会長に任命された。
ま、何もしたい事はなかったし、良いかと引き受けた。
退屈な日常、変わらない毎日。
だが、そんな灰色の日常に、鮮烈な色が加わった。
途中から編入してきた、あのマーガリン様のご子息であるという、アーネスト=フォン=ユグドラシル。
どんなおぼっちゃまが来るんだと思ったら……そいつは、凄い奴だった。
全ての訓練で最高の結果を叩き出し、あっというまにこの学園で知らない者は居ない程になった。
性格も明るく、すぐに学園の人気者になっていた。
当然、俺もそんなアーネストに興味を持ち、話しかけた。
「生徒会長?へー、アンタがそうなのか」
そんな、今では誰もが知っている俺の事を、初めて知ったように話すアーネストに、俺は更に興味が湧いたんだ。
俺はアーネストに戦いを挑んだ。
今にして思えば、バカだったと思うけど。
結果は俺の惨敗だった。
とてつもない強さだった。
まさか、俺が地面を舐める事になるなんて、想像もしていなかった。
そんな俺に、アーネストは笑って言った。
「おお、中々強いんじゃね?蓮華以外で多少俺が力を使ったの、お前が初めてだよ!」
なんて、心底楽しそうに。
その瞬間、理解した。
こいつも、俺と同じように……退屈していたんだ、と。
それから、俺は事あるごとにアーネストに会いに行った。
アーネストはそんな俺に、嫌がる事なく付き合ってくれた。
二人して行う奇行の数々に、生徒会の皆は辟易していたが、俺はそんな事は気にならなかった。
元の日本でも忘れていた、久しい感覚。
友人と遊ぶのが、こんなに楽しいなんて。
ある時、アーネストに俺は聞いた。
「なぁアーネスト、生徒会会長にならないか?」
「マジで言ってんの?俺は生徒会に勝手に入ってた事すら後で知ったんだぞ明!」
そう言うアーネストに俺は笑って答える。
「はは、それはごめんって。でもさ、俺はお前以外、生徒会長に任命できる奴が居ないんだよ。お前以外を選んでも、きっとそいつとアーネストを比べてしまう」
俺の言葉にアーネストは考える仕草をした後、言ってくれた。
「そんじゃ、お前も会長を退いた後も俺に付き合え!ならなってやる!」
そうニカッと笑うアーネストに、俺は嬉しくなった。
「ああ、勿論さ。友達だからな」
俺は、自然とそう言っていた。
昔から、そんな事を言えた人は一人も居なかった。
日本で生きていた時も、仮初の友人、知人、そんな人達ばかりだった。
自分から友達なんて言った事はこれまでなかった。
俺は、アーネストの次の言葉を、心臓がバクバクする音が聞こえるくらい、緊張して待っていた。
「おう、お前がそう言ってくれるなんて嬉しいぜ。ああそうだな、友達の頼みなら仕方ねぇ、なってやるさ会長に!」
この感情を、どう表現すれば良いのか、俺には分からなかった。
アーネストが女なら、俺は告白していただろうな。
でも、男だからこそ、分かり合える事もある。
俺はアーネストと出会えた事を、心から感謝した。
それから、色々な事があった。
アーネストの妹さんであるレンゲさんが入学してからというもの、俺の日常は色鮮やかに変わった。
美しく、可憐な少女であるレンゲさん。
俺は、アーネストの妹さんというだけでも、大切に扱おうと思っていた。
だけどその気持ちは、アーネストの妹さんだからから、レンゲさんだから、に変わった。
それくらい、良い子だった。
見た目だけじゃない。
こんな子も居るんだな……アーネストがシスコンなのは意外だったが、あの可愛さなら仕方ない気もした。
それからセルシウスさんを見た時、俺の心は鷲掴みされてしまった。
まさに、一目惚れという奴だ。
しかも、大精霊。
死ぬ事はない存在、俺を残して先に逝かない存在。
本当に、アーネストやレンゲさん達と知り合ってからの俺の日常は、輝いていた。
そんな俺の、目の前に。
「明、助けに来てやったぜ。その仮面、その支配。俺が解いてやるよ!!」
細長い長剣二刀を構え、俺の前に立っている友。
「アーネスト……!!」
俺の体は、俺の意思に反し、構える。
まだ体を完全に乗っ取られてはいない。
乗っ取られる前に、これだけは伝える!
「気兼ねせずに、俺を倒せアーネストォ!!」
そう言った瞬間、俺は完全に体を乗っ取られる。
頼む、アーネスト。
俺の一番の親友。
俺を、止めてくれ!
-草薙 明視点・了-