192.救援
「アリス姉さん、皆……!!」
母さんから見せられる映像に、居ても立っても居られなくなる。
「行こう、アーネスト!」
「ちょっと落ち着け蓮華」
「でも!!」
「良いから。まず、俺とお前だけじゃ、全てを助けるには手が足りねぇ」
そう言われ、ハッとする。
そうだ、私とアーネストで全てを同時に救うなんて、出来ない。
それは分かっているけど、ならどうすれば良いんだ!?
私の考えが顔に出ていたのだろう、アーネストが苦笑して続ける。
「だからさ、大精霊の皆の力、借りられねぇか?」
その言葉に、光明が見えた。
「それだっ!!」
そうして、またすぐに行こうとする私の袖を、アーネストが引っ張る。
「だからちょっとは落ち着けっての!お前は普段冷静なのに、なんでこういう時は俺以上に落ち着きがないんだよ!」
「うぐ、ごめん……」
シュンとなる私がおかしかったのか、笑いだすアーネスト。
「はは。それで、だ。大精霊の力を借りるとして、どこに誰を向かわせるかが大事だろ」
「確かに。さっきの映像を見た感じじゃ、オーガストは特にヤバイよね。もう陥落寸前だし、ツゥエルヴに攻めている奴もヤバイ力使ってた」
シリウスが倒れた所を見て、私は飛び出しそうになるのを堪えるのに必死だった。
でも、彩香ちゃんは命までは奪っていなかった。
その事に安心した。
ただ、その彩香ちゃんとも、戦う事になるだろう。
十傑と呼ばれる強者達。
その中でも、特に彩香ちゃんや大蛇、徹という者達の強さが際立っている。
シリウスを押した彩香ちゃんの剣閃のスピード、正直今の私でも捕えきれるか自信がない。
「ああ、それに他の国もインペリアルナイトやロイヤルガードがやられつつある。どの国に、どの大精霊が向かってもらえるか、後俺達がどこへ向かうか、時間がねぇのは百も承知だけど、真剣に考えるぞ蓮華」
「うん、分かった!」
そう私達が話すのを、母さんと兄さんは微笑んで見ていた。
-ノルン視点-
「なんですって!?」
アスモデウスから報告を受けているリンスレットの話が聞こえた。
ヴィクトリアス学園と、地上の全ての国が襲撃を受けているという事だった。
「ふむ……分身体とはいえ、お前が敗れるなんてな。そいつ、消してやろうか」
私にも分かるくらいに、怒りに震えるリンスレット。
こんなリンスレットを見るのは、久しぶりだった。
「ううん、あいつは私が殺すよリン。ちょっと世話になっちゃったからね、仕返ししないと」
その言葉に、便乗する事にした。
「それ、私も借りがあるんだから、独り占めは許さないわよ」
「ふふ、良いですよノルン。そういえば、あの時は二人で押されましたもんね。今回私は本体ですし、ノルンも大分強くなってますし、大丈夫でしょう」
そう言うアスモデウスを、つまらなそうに見るリンスレット。
「良いなぁお前は、ノルンと一緒に戦えて。私もノルンと一緒に戦いたいぞ……」
なんて不貞腐れるリンスレット。
アンタ魔王でしょうが。
「あはは、リンは出ちゃまずいでしょ。ただ、そうですね……もし、天上界のあいつが出張ってくるようなら……手を貸して欲しいですけど」
天上界のあいつ?バルビエルの事だろうか。
でも、バルビエルは確かに強かったが、リンスレットが出るほどの相手とは思えないけど。
「その時は、地上には怖い奴らが居るからな、大丈夫だろう」
そう苦笑するリンスレットに、確かに……と苦笑するアスモデウス。
「それじゃ、行きましょアスモデウス。私も特訓して手に入れた力、他で試したいのよね」
「ノルン、まだまだお前は未熟だ。危ないと感じたら、逃げるんだぞ。良いな?」
そう心配そうに言ってくるリンスレット。
全く、少しは私を信用しなさいよね。
「大丈夫よ。リンスレットには相変わらず通じないけど、私自身大分強くなった実感があるんだから」
その言葉に微笑むリンスレットに、なんだかくすぐったくなってしまう。
「も、もぅ行くわよアスモデウス!」
「ええ、ノルン。それじゃリン、ちょっと遊んできますね」
「ああ、ほどほどにしておけよ」
私とは違う返事に、少し頬を膨らませる私。
それに気づいたのか、リンスレットが笑った。
「はは、お前は可愛いなノルン」
「んなぁっ!?」
顔が真っ赤になるのを自覚しながら、ヴィクトリアス学園へと向かう。
待っていなさい大蛇。
あの時の借り、倍にして返してやるわ!
-ノルン視点・了-
誰も居なくなった広間に、立ち尽くすリンスレット。
その瞳は、普通の者には視えない物も映し出す。
「居るんだろサタン。覗き見とは趣味が悪いぞ」
その言葉の後、闇よりその姿を現す者が居た。
大罪の大悪魔の一人、"憤怒"のサタンである。
「クククッ……随分と入れ込んでおいでですねぇリンスレット。そんなにイグドラシルの娘が可愛いですかぁ?」
「ああ、可愛いな。私は子を生せないが、あの子は私の子のようなものだ」
「成程成程。ですがねぇ、そんなあの子を、行かせてよろしかったんですかねぇ」
「何が言いたい」
「これは異なお言葉を。リンスレットならご存知でしょう?轟炎の刃"大蛇"と名乗っておりますが、あやつは八岐大蛇、九つの頭を持った、巨大な大蛇。勝てますかねぇ、あの化け物に」
「……」
押し黙るリンスレット。
サタンはそれを見て確信した。
「成程成程。それすらも糧とさせるのですねぇ、流石でございますよリンスレット」
「お前はそれを言う為に、わざわざ隠れていたのか?」
「いえいえ、違いますとも。ご存知の通り、私めは天上界を憎んでおりまして。そのうちの大天使であるバルビエルが絡んでいるとお聞きしましてねぇ……」
「……」
「是非とも、私めも戦列にお加え頂けたらと、お伝えに参った次第でございますよ」
そう歪な表情で言うこの男を、リンスレットはあまり好いてはいなかった。
色々な性格の者がいる大罪の悪魔達ではあるが、この男は何を考えているのか分からない所がある。
「聞いていなかったのか?魔界は手を出さん」
「アスモデウスは行くのでは?」
「あれは勝手に動いてるだけだ。私の命で行っているわけではないしな」
その言葉に考え込むサタン。
「成程成程……分かりました。では、私も勝手に動いても構いませんか?」
「はぁ、構わないけどな……もしノルンやアスモに何かしたら、お前を私が消すからな」
そう殺気を込めて言い放つリンスレットに、サタンは笑う。
「それはそれは、大丈夫でございますよ。私は貴女の仲間なのですから。ええ、ええ。それでは、失礼致しますよ」
そう言って姿を消すサタン。
リンスレットはもう一つの闇の空間へ呼びかける。
「サクラ、一応見張っておいてくれ」
"了解"
そうして、闇に溶けていく。
「面倒な事にならなければ良いがな……」
そう呟くリンスレットの声は、誰にも聞かれる事は無かった。