189.焦る心、守る価値と想い
今日も今日とて、アーネストと体力づくりを行っていた。
私はユグドラシルの試練を受けるには、魔力の制御をもっと上手くならなければ暴発してしまうらしく。
なので、これ以上のユグドラシルの力の解放は、一旦ストップだ。
元の値が大きくなれば、次の解放に慣れるのも速いだろうとの事だった。
今回、一回目の解放で2倍近くの魔力量になり、そこから更に解放するという、滅茶苦茶な速度での解放だった為、私は抑えきれなくなったとの事。
それをユグドラシルが表に出る事で、体に馴染ませる速度を急激に上げてくれた。
ユグドラシルはあまり表に出たがらない。
だけど、私の為に、あえて出てくれたんだ。
本当に、優しい人だ。
皆から好かれている理由が、本当に良く分かる。
母さんが、私はユグドラシルにそっくりだって言うけど、私なんか比べるのも失礼だと思うよ。
"蓮華は、自分の事を過小評価し過ぎだと思いますけどね"
なんて言ってくれるけど、それはユグドラシルが人間出来ているからそう言ってくれるだけだと思ってる。
あ、人間じゃないけど。
"はぁ……頑固なのはマーリン譲りかしら"
あれ、ユグドラシルからは母さんに似てるって言われる。
ギィン!!
考え事をしていたら、アーネストにソウルを弾かれた。
「うっし!これで俺の勝ち越しだぜ蓮華!」
そう笑って言うアーネストに、私も笑う。
「勝ちを譲ってやったんだよアーネスト。お腹すいたし、そろそろ家に入ろう」
「なんだとー!?ってそうだな、俺も腹減ったわ!今日の朝食はなんだろな!母さんの飯、学園の飯より美味いから楽しみだぜ!」
そう言うアーネストに同意する。
私達が話しながら家に入ると、話をしていたのだろう母さんと兄さんが、こちらを向いて微笑んでくれた。
「お疲れ様アーちゃん、レンちゃん。ご飯出来てるから、食べよっか」
「「はーい!」」
そう返事をしてから、手を洗いに洗面所へ。
向かう途中で兄さんとまた話を始めた母さんの声が、少し聞こえた。
「今回は、私は出ないわ。ロキも、手を出しちゃダメよ」
「言うまでもありませんが。二人にはどうしますか?結界を張っていますから、二人が自分で気付く事は無いと思いますが」
「そうね……少し時間を頂戴」
「それは構いませんが……あまり遅くなると、手遅れになるかもしれませんよ」
「ええ、分かってる……」
なんて声が聞こえた。
時間に手遅れ……?一体、何の話だろう……。
そう聞き耳を立てていたら、アーネストに呼ばれる。
「おい蓮華!俺はもう洗ったぞ!お前もさっさと手ぇ洗って行こうぜ!」
「あ、うん!」
そうして、皆揃って食事の最中。
母さんが質問してきた。
「ねぇレンちゃん。学園は楽しい?」
「え?うん、まぁまぁ……かな?」
「そっか」
急にどうしたんだろう?
「ねぇレンちゃん……それにアーちゃん。もしね……もし、学園やこの地上に住む人達が、誰かに命を狙われたら……二人はどうする?」
「「!!」」
そんな事、言うまでもない。
「もちろん助けに行くよ」
「ああ、もちろんだぜ」
その言葉に、微笑む母さん。
「そうだよね。なら、言い方を変えようかな。崖に手をつき、今にも落ちそうな人が居る。自分の位置から、左右両方に一人一人。今から助けに行っても、片方は助けられないでしょう。片方は友人、もう片方は見知らぬ他人。二人は、どっちを助ける?」
「片方をアーネストに任せる」
「片方を蓮華に任せる」
私達は同時に言った。
母さんは目を見開く。
兄さんは、クックッと笑い出した。
「マーガリン、貴女の負けです」
「ふぅ、そうね。もぅ、二人はしょうがないなぁ……」
なんて、凄く優しい目をして言ってくれた母さん。
この質問には、何か意図がある、そう感じた。
そしてそう感じたのは、正解だった。
「今、学園を含めた全ての国で、争いが起こっているわ」
「「!!」」
「目的は恐らく、国の制圧、そして地上の制圧でしょう」
「た、助けに行かないと!!」
そう立ち上がる私を、母さんが制する。
「何から、何を?レンちゃん」
「敵から、皆を!」
そう答えたら、母さんは静かに答える。
「誰が敵で、誰が味方なの?誰から何を守るの、レンちゃん」
「!?」
そうだ、私は何も理解していない。
敵は、誰なのか。
どうすれば、解決できるのか。
何も分かっていない。
「母さん……」
「レンちゃん、想いは大事。だけど、冷静に戦況をまず理解してから、動くの。闇雲に行動しても良いのは、兵だけ。それを指示する者、またまとめ上げる者はそれではダメ」
母さんの言葉が身に刺さる。
何も言い返せはしない。
私は、浅はかだ。
「レンちゃんの想いは間違っていないよ?そこは勘違いしないでね」
「うん、ありがとう母さん」
そう言って座る。
そうだ、まずは敵の情報。
そして、敵の目的。
何をすれば、終わるのか。
勝利条件と敗北条件。
それを理解しなければ始まらない。
「蓮華、こちらで集めた情報をお話しましょう。まず敵の組織の名は"ウロボロス"。以前蓮華とアーネストの戦った、バルビエルという者を覚えていますね?その者が率いています」
「「!!」」
連中の狙いは、私だけじゃなかったのか!
「奴らの狙いは、地下世界……地上と魔界に大きな争いを生ませる事。その先駆けとして、地上を征服するつもりのようですね」
「「なっ!?」」
アーネストと声が被る。
なんで、そんな事を!
「そして、奴の下には十傑と呼ばれる、地上と魔界から選りすぐった戦力の者が居るようです。蓮華とアーネストが戦った相手も、そうでしょう」
轟炎の刃"大蛇"、奴も十傑と名乗っていた。
奴は、私の命を狙ったバルビエルの配下だったのか!
点と点が繋がったような感覚。
つまり、バルビエルの目的は……!
「つまりは、最終的に世界樹を破壊する事。地上と魔界の争いとなれば、世界樹が狙われないわけがない」
私から、と言うよりは……ユグドラシルから目を逸らし、話を続ける兄さん。
その表情からは分からないが……きっと、あまり話したくはないのだろう。
「地上と魔界を守る為に生まれた世界樹が、守られていた存在からの裏切りを受けるわけです。世界樹は、どう思う事でしょうねぇ……」
兄さんは、こちらを見ない。
けれど、その気持ちは痛いほど伝わってくる。
守る価値はあるのか、そう問いかけられている気がした。
「兄さん、それに母さん。私はね、人間だよ。体は違うかもしれないけど、心はね」
二人は、私の方を向いた。
構わず続ける。
「私は世界樹のお陰で、この世界に来れた。母さん、兄さん、皆と知り合えた。この世界が大好きなんだ。だから……守るよ。例え、裏切られたって。私は大好きな皆が生きているこの世界を、壊させやしない!」
「レンちゃん……」
「ああ、蓮華の言う通りだぜ。俺も、世界樹がなかったら、この世界に来れなかったんだ。世界樹を壊そうとする奴がいるなら、守ろうとする奴だっているって事、忘れないでくれよな!」
「アーネスト……」
母さんと兄さんは、互いを見合い、微笑んだ。
「うん、アーちゃん、レンちゃん。私達は今回、力を貸さない。見守らせてもらうから。だから……見せて、貴方達の想いを」
「全てを救って見せなさい蓮華、アーネスト。何、私の自慢の弟弟子と妹弟子の二人なら、朝飯前ですよ」
そう笑顔で言ってくれる二人に、私達は元気よく答える。
「「はいっ!!」」
私達はそれから、今戦況がどうなっているのかを、母さんと兄さんの魔法により見せて貰うのだった。