18.2つ目のオーブ
オーブの安置されている場所へはすんなり行けた。
道中語る事は特になかったのだ。
道を塞ぐ魔物は、全てカレンとアニスによって片づけられた。
だが……。
「……」
ゴクリ、と喉をならす音が聞こえる。
オーブが安置されている場所に一人の……いや、人間かは分からない。
けれど、人型のナニカが、そこに居た。
凄まじい魔力をその身に纏い、オーブが安置されている台座の前で腰かけている。
周りには、その者に屠られたのであろう、魔物達の残骸があった。
敵、なのだろうか。
分からないから、意を決して近づく事にした。
カレンとアニスが止めようとするが、それより速く私は前に出た。
ザッ
音にそのナニカは気付き、こちらを見据える。
私の全身を見た後。
「女、オーブに魔力を注ぎに来た者だな?」
と聞いてきた。
私はそうだと答える。
途端、尋常じゃない魔力が私に絡みつく。
「成程、お前が今回の。ならば、俺はお前を殺さねばならん」
槍をこちらへ向ける。
私はソウルを構えた。
「「蓮華お姉様!」」
二人も私に並び、武器を構え前の男を睨みつける。
男が面白そうに答える。
「ほぅ、フォースが誇る最高戦力、インペリアルナイトのジェミニ姉妹だな。その名、聞き及んでいるぞ」
二人は語らない。
ただ、目の前の男を睨んでいる。
「同じ女が嫌いだと聞いていたが、そうではなかったようだな。噂も当てにならんという事か」
そのまま語る男に、少し苛立ちを覚えた私は言う。
「随分と独り言が多いじゃないか。私を殺すって言ったんだ。覚悟は出来てるんだろ?」
そう、殺すと言ったからには、殺される覚悟もしているんだろうな、と。
殺気をぶつける。
「ククッ!ハハハッ!良い、良いな女。この俺にそんな態度を取れた女は、お前で二人目だ」
二人目?
「自己紹介が遅れたな。俺は魔神・ゼクンドゥス。まぁ気軽にゼクスと呼べ、お前にはそう呼ぶ権利をやろう」
その言葉に、二人が震えだした。
「「魔神・ゼクンドゥス……」」
と。
そう呟いて。
魔神?そんな種族聞いてなかった気がする。
だけど、関係ない。
「私を殺すつもりなんだろ?なら、殺るか、殺られるかだ。呼び合うような事もない」
そう言ってやった。
その言葉がよほどおかしかったのか、ゼクンドゥスが笑いだす。
「ククッハハハハハハ!!良いな、俺の名を聞いても、そこの女共と違い怯える事もない。おまけにその殺気だ。本当に俺を殺せると思っているようだな。実に面白い」
チャキ!
ソウルを奴へ向ける。
「戦いの前におしゃべりな奴は嫌いなんだよ。こないなら私から行くぞ」
私に纏わりついていた魔力を弾き飛ばし、魔力を放出する。
そんな私を見て、二人が驚愕する。
「二人は下がっていて」
その言葉に、悔しそうにしながらも、後ろに下がり従ってくれる。
「その魔力……あのマーガリンすらも超えている、だと!?」
驚愕していたのは二人だけじゃなかったようだ。
敵に情報を与えるような事はしない。
「行くぞ、ソウル。初めての本気だ、手加減はしない」
その言葉に、ソウルが喜んだ気がした。
間合いを詰める前に、相手も飛び出してきたので、想定より早く刃がぶつかり合う。
ギギィン!
「ハッ!剣術の方もやるようではないかっ!」
「お前もなっ!」
ギンギンギギィン!
打ち合いながら、魔法を放つ。
「『フォレスト・バインド』!」
ギヂヂヂヂ!
とゼクンドゥスの下半身を樹木のツタが締め上げる。
「打ち合いながら、魔法を撃つとは恐れ入ったが……ククッ……その程度の拘束魔法で、この俺の身動きを封じたつもりか?」
一瞬止まるだけでも、戦場では命取りだとは思うのだが、今の目的は一時的な足止めではないので、気にせず続ける。
「『アクアレイン』」
ゼクンドゥスの周りにだけ、水の雨が降り注ぐ。
その雨は樹木を成長させ、ゼクンドゥスの下半身だけを包んでいたツタは、太く、長くなり、やがて全身を包んだ。
「ば、ばかなっ!?この俺が破けぬほどの強度、だと!?」
魔法での相生効果は、凄まじく高い。
単属性を二つ使っただけでは、そうはならない。
魔法の根源は私だ。
属性だけを変えたのだ。
だから、混ざり合う。
溶け合うように呼応する魔法は、合成魔法へと変化する。
「『アクアフォレストバインド』の完成だ。そして、水が降ったはずなのに、その樹木が濡れてない事は分かるか?」
「!?」
ゼクンドゥスが驚愕する。
そう、単純に『フォレストバインド』を当てた上から、『アクアレイン』を当てたなら、『フォレストバインド』は濡れたままだ。樹木は全ての水を、自身の成長へと使ったのだ。
「丸焼きにしてやるよ。樹木で包まれてるから、よく燃えるだろうよ」
そう言って炎の魔力を纏う。
「っ!」
ゼクンドゥスが小さい悲鳴をあげる。
殺すと言ったんだ、殺される覚悟はあるんだよな?
「燃え盛れ!『フレイムフォレスト・ストリーム』!』
ゴォォォォォォォ!!
「がぁぁぁぁっ!!熱い、熱いっ……!体が、燃えるっ……ぐあぁぁぁぁぁ!!」
叫び声が聞こえるが、容赦はしない。
更に魔力を練る。
「さよならだ、ゼクンドゥス。『フレア』」
ドゴオオオオオオオン!!
炎の渦が、もはやゼクンドゥスの姿を覆いつくし、見えなくする。
数分燃えた後、炎は消える。
そこには、丸焼きになった、もとい、マルコゲになった……あんまり変わらないか。
とにかく、もはや判別できない姿になった、ゼクンドゥスだったものがあった。
居た、じゃない。
あった、だ。
「まったく、魔神だかなんだか知らないけど、殺すなんて言うから、殺されるんだよ」
オーブは傷一つない、良かった。
というか、奴はオーブに魔力を注がれたくなかったみたいだけど、ならオーブを壊せば良かったんじゃなかろうか。
そういえば、前のオーブもそうだけど、誰も守っていないのが不思議だった。
なんでだろう?
地上を安定させている大事なオーブで、壊されたら困るだろうに、なんで守ってないんだろう。
そんな事を考えていたら。
「「蓮華お姉様……」」
二人が名を呼んできた。
ああ、怖がらせちゃったかな。
もうさっきまでみたいに、笑顔を向けてくれないかもしれないな、なんて思っていたら。
「素敵……素敵です蓮華お姉様!あの魔神を、容易く仕留めてしまわれるなんて!もう、もぅ素敵すぎます!」
「蓮華お姉様、私、感動しました。どうすれば蓮華お姉様のように格好良くなれますか?私、一生蓮華お姉様について行きます!」
なんて、飛び切りの笑顔で言ってきた。
これには流石に苦笑するしかない。
とりあえず、目的を果たさないといけない。
「え、えっと、とりあえずオーブに魔力を注がないといけないから、一応周りを警戒しておいてもらえる?」
と言ったら。
「「はいっ!蓮華お姉様!」」
と元気よく言ってくれたのだった。
-カレン視点-
「成程、お前が今回の。ならば、俺はお前を殺さねばならん」
その言葉を聞いた途端、弾かれたように蓮華お姉様に並ぶ。
そんな事、させるものかと相手を睨みつける。
しかし。
「自己紹介が遅れたな。俺は魔神・ゼクンドゥス。まぁ気軽にゼクスと呼べ、お前にはそう呼ぶ権利をやろう」
「「魔神・ゼクンドゥス……」」
アニスと共に、その名を言う。
あの魔神が名を名乗った時、もうダメだと思った。
魔神は神の一種であり、とんでもない魔力を内に秘めた魔の神なのだ。
人間など、一捻りにできる実力を持つ存在。
大抵の種族より格上の存在、それが魔神なのだ。
体が震える。
立ち向かう気すら起きない。
だと、言うのに……。
「私を殺すつもりなんだろ?なら、殺るか、殺られるかだ。呼び合うような事もない」
どうして、この方はそんなに強いのだろう。
私は、体が竦んでしまって、動けないのに……。
「戦いの前におしゃべりな奴は嫌いなんだよ。こないなら私から行くぞ」
蓮華お姉様がそう仰られた後、凄まじい魔力が放出される。
その魔力量は、目の前の魔神よりも格段に高かった。
驚きすぎて、声を出す事ができない。
そんな私達に。
「二人は下がっていて」
その言葉を、悔しく思う。
共に行こうと、言ってもらえない。
だけど、それは仕方がない。
今の私では、力不足だ。
後ろに下がる。
「行くぞ、ソウル。初めての本気だ、手加減はしない」
そう蓮華お姉様が仰られた後、その姿が消える。
その刹那、刃と刃のぶつかり合う音が木霊する。
あの魔神の槍捌きも見事なものだが、それを容易く受け流す蓮華お姉様に、見惚れてしまう。
何合か斬りあっていた直後、蓮華お姉様が魔法を唱える。
無詠唱で。
魔法の言霊だけで具現化させるお姉様に、衝撃を受ける。
更に、あの魔神が拘束されてしまったのだから。
しかも、蓮華お姉様は、木、水の2属性を扱われたのだ。
それも、あの魔法はかなり高位の魔法だ。
普通、1つの属性ならば、高位の魔法は努力すれば使えるようになる。
だが、2つの属性を同等に使うなど、不可能に近い。
だと、言うのに……。
「『アクアフォレストバインド』の完成だ。そして、水が降ったはずなのに、その樹木が濡れてない事は分かるか?」
蓮華お姉様、貴女様は……合成魔法までも、お使いになられるのですか。
体が震えるのを感じる。恐怖ではない。
憧れと、嬉しさで。
こんなにもすぐ傍に、高い、高い目標が存在している事への喜び。
更に驚愕すべきものを見た。
「丸焼きにしてやるよ。樹木で包まれてるから、よく燃えるだろうよ」
その言葉と同時に、蓮華お姉様の周りに、炎の魔力が纏わりついたのだ。
木、水に続き……木にとっては相性が悪い火を……。
だが、それを言うならば、火は水にとって相性が悪い。
どちらにも相性の悪い属性を、蓮華お姉様は身に纏う。
「燃え盛れ!『フレイムフォレスト・ストリーム』!』
そして放つ魔法は、火と木の合成魔法。
あれは木を燃料とし、火の威力を極限まで高めた魔法だ。
あんな魔法を使えるのは、マーガリン様くらいしか知らない。
私が今見ただけでも、木、水、火の3属性で、高位の魔法を使っている蓮華お姉様。
私にはもはや、信じられない事の連続で頭がおかしくなりそうだった。
「さよならだ、ゼクンドゥス。『フレア』」
体が震えた。
蓮華お姉様は、さらに火の最高位魔法である『フレア』まで使われた。
あの魔神が死んでいくのが分かる。
あの魔神を、難なく倒す蓮華お姉様。
もはや、言葉が出なかった。
きっと、アニスも私と同じ心境だろう。
横を見れば、アニスも私を見た。
お互いにコクリと頷く。
それだけで、通じ合える。
そして。
「「蓮華お姉様……」」
声に出す。
蓮華お姉様は、少しとまどった表情をされていた。
でも、関係ない。
もう言わずにはいられないのだから。
ありったけの想いを言ったら、蓮華お姉様は苦笑されて。
「え、えっと、とりあえずオーブに魔力を注がないといけないから、一応周りを警戒しておいてもらえる?」
と仰られた。
「「はいっ!蓮華お姉様!」」
と答えたのは、言うまでもありません。
帰ったら、今までよりもっと修練を積もう。
蓮華お姉様に近づけるように。
蓮華お姉様の役に立てるように。
そう、心に決めた。
私はもう、両親の道具じゃない。
蓮華お姉様、貴女様のものです。
-カレン視点・了-