188.地上侵攻開始
普段ならば、小鳥の鳴く声や、隅を歩く動物達を見かける早朝。
それが今日は聞こえず、一匹も居ない。
それを不思議に思いながらも、毎日の仕事に取り掛かり始める人々。
そう、動物達は危険を感じ、すでに避難していたのだ。
まだ日が昇り始めて間もない時間。
地上十二国全ての国で、同時に火の手が上がる。
"ウロボロス"の牙が、今まさに地上を襲う。
-王都・イングストン-
「きゃぁぁぁぁっ!!」
街の人々を無差別に襲う仮面の者達。
それに抵抗しようと冒険者やハンター達が応戦を始める。
王国も異変に気付き、騎士団を派遣しようとしたが……敵の対応の方が一歩速く、すでに王城の周りを無数の仮面の兵達が囲っていた。
ズバァッ!!
「ぐはぁっ!!くぅ……お前、この太刀筋には覚えがあるぞ……!ジュミナスだろ!?」
「……」
仮面を被った男は答えない。
「よく見りゃその服、お前がオーダーメイドで作ってもらった一張羅だろ!俺に自慢してきたじゃねぇか!俺の事を忘れたのかよジュミナス!!」
「……」
「なんとか言えよジュミナス!お前が居なくなって、どれだけの人が心配したと……」
ザシュッ!!
「がはっ……ジュミ、ナス……」
ドサァ!!
男は、その場に崩れ落ちた。
外からは見えないが……仮面の下に血の涙を流し、ジュミナスは次の目標へ向かう。
ただ、自由にならない己の身を嘆いていた。
-王都・フォース-
「起きよ、お主ら」
ミレニアに言われ、目を擦りながら目を覚ますのは、カレンとアニスである。
「おはようございますですわ、師匠」
「おはようございます、師匠」
二人は、自分達に教え、導いてくれるミレニアの事を、師匠と呼ぶようになっていた。
「うむ、お主らにはまだ教えねばならぬ事が山ほどあるが……時間じゃ」
「「え?」」
「この王都・フォースに攻めてきた者共がおるのじゃ。お主らは国を守る騎士なのじゃろう?行くがよい」
「「!!」」
その瞳が変わる事を確認したミレニアは微笑む。
「今のお主らに勝てる者はそうおるまいが、油断するでないぞ。上には上がいる、それを肝に銘じておくのじゃぞ」
「「はい、師匠!!」」
慌てて戻ろうとする二人を、シャルロッテが呼び止める。
「カレン様、アニス様。こちら、移動しながらでも食べられる軽食でございます。ゆっくり食べられる時間は無いでしょうから、作っておきました。どうぞお召し上がりくださいませ」
そう優雅に一礼しながら、小さな包みを渡してくるシャルロッテに苦笑する二人。
「先生、私達の事はどうぞ呼び捨ててくださいまし」
アニスも何度も頷く。
けれど、シャルロッテは聞かない。
「メイドはメイドでございますので。それでは、いってらっしゃいませ」
このやり取りも、何度も行われている。
自分達よりもはるかな高みに居る存在であり、尊敬する人であるシャルロッテ。
恭しくされる事に苦笑しながらも、礼を伝え走りだす。
自分達が後を任せた、騎士達の元へ。
そんな二人を見送るミレニアとシャルロッテ。
「ふむ……さて、この事態を抑えられるか、見物よな」
「はい、ミレニア様」
ミレニアは今回の戦いに介入する気は無い。
「どうやら、この国だけでなく、他の国も襲撃しているようじゃな。やれやれ、静かに寝ていたいものじゃが」
ただでさえ、最近はカレンとアニスの指導をしていたので、睡眠時間が少なくなっていたのだ。
そう言ってしまうのも、仕方がなかった。
「ミレニア様が邪魔と思われるのでしたら、私が片づけて参りましょうか?」
「よいよい、放っておけ。地上を守るのは、地上の者の役目であろう。それに……蓮華やアーネストがじっとしているとは思わぬでな」
そう笑って言うミレニアに、相槌を打つシャルロッテ。
「そうでございますね。蓮華様にアーネスト様は、優しいお方でございますから」
「いらぬ事にまで首を突っ込む癖は、治してやらねばならぬがな」
「ふふ、そうでございますね」
吸血鬼の真祖ミレニアと、その従者シャルロッテ。
規格外の力を持つ二人は、この事態を静観するのだった。
-ヴィクトリアス学園-
学園でもまた、登校を始めた生徒達を急襲され、対応している真っ只中だ。
「くそ、まさか生徒達の登校時間を狙うとはな……!学園街フォルテスはどうなってる!?」
そうアーネストの姿をしたタカヒロが声を上げる。
「は、はい!まだ早朝な事もあって、店がほとんど閉まっていた事は不幸中の幸いでしたが、それでも仮面を被った者達による被害が出ています!」
襲われる事に備え、様々な準備をしてきた。
結界の設置や、強化、街の人達への避難経路の説明など、できうる事を全てやってきた。
だが、まさかこんなに速くとは思っていなかった。
ロイヤルガードのバニラや、インペリアルナイトのカレン、アニスにも連絡をとったが、仮面の者達に襲撃を受けていると連絡を受けた。
「奴ら、まさか同時に全ての国へ襲撃を行っているのか!?」
「タ……会長、学園街フォルテスを抜けて学園へ向かいながら、生徒達を襲ってる者達は、私とアリスティアさんで抑えます。会長は生徒達に指示を」
「ああ、分かった!」
そうして、クルセイダーズも戦いの場へと赴く。
変わらない日常が、一転して非日常へと変わっていく。
地上を制圧せんとする"ウロボロス"と、戦いの火蓋を切る事となった。
蓮華とアーネストは、まだこの事を知らない。