186.戦の兆し
蓮華にアーネストがユグドラシル領に戻って数日が経った。
学園では、蓮華の仲間達が対応に追われていた。
「会長!学園の魔法防護壁の強化、終わりました!」
「お疲れ。次はその上から結界を張る事になってる。グラールがすでに行ってるはずだから、向かってくれるか」
「分かりました!」
忙しくなく皆が動いている。
そんな中、外を見つめるアリスティアを見かけ、声を掛けるタカヒロ。
「蓮華にアーネストが心配か?」
アリスティアは空を見つめたまま、答える。
「それもあるんだけど……今ね、懐かしい魔力を感じたの。感じるはずのない膨大な魔力を」
その言葉に、窓の外を見るタカヒロ。
光が差し、空は晴れている。
「俺は何も感じなかったけどな……」
「うん、結界が張られてたみたいだから。だけど、私はそういうの、分かるの」
その言葉を聞いて、少し考えた後、答えた。
「戻るか?蓮華とアーネストの元へ」
「え?」
「これまでより警戒は強めてるし、何かあってもすぐに連絡も取れる。外からの襲撃に備えた準備も、徐々に完成に近づいてる。だからさ……気になるんだろ?」
「うん……ありがと。でもね、大丈夫。蓮華さんとアーくんに、私は任されたの、皆の事を。だから、私は戻らない。約束したからね」
「……そうか」
そう言って、タカヒロはアリスティアの元を離れる。
まだまだしなければならない事が多いのだ。
アリスティアと話していたのを、少し離れて待っていた生徒達が、タカヒロの元へ行く。
それを横目に、またアリスティアは外を見つめる。
「ユーちゃん……」
そう零した小さな声を、聞いた者は居なかった。
「これくらいで良いかしらね」
学園街フォルテスでも、その対策は進められていた。
建物全てに結界を張り、少しの事では壊れないように強化しているのである。
そしてセルシウスは、学園街フォルテスから、学園に続く道に様々な罠を仕掛けていた。
普段ならば通らない道。
そんな獣道も、学園に攻め寄せようとする輩は使うだろうと判断したのだ。
「セルシウス様!!」
そんなセルシウスの元に、数名のグループが駆け寄る。
その中のリーダーらしき者が言う。
「西門と正門の付近には、設置完了しました!残りの東門も、キリア先輩の部隊が向かっています!」
「そう、ご苦労様。私が後は確認しておくから、えぇと……貴方名前なんだったかしら」
「エリクですセルシウス様!」
「そう。エリクはこいつら率いて、街の方の巡回へ行って頂戴。ただし、無理はしないで。何か異常を感じたら、私に知らせなさい」
「はいっ!行くぞ皆!」
「「「おおっ!!」」」
そう言って駆けていく者達を見送るセルシウス。
「レンゲ……」
空を見上げ、想う。
どうか無事で、と。
「さ、私は私の出来る事をしましょうか。全く、大精霊の私が、こんな事をするなんて……昔は考えられなかったわね。全部、レンゲのせいなんだから」
そう独り言ち、それでも心は軽い。
蓮華とまた会えるから。
セルシウスは成長した蓮華を想い、表情が緩むのを自覚する。
そうして、歩き出す。
蓮華に任された後を、守る為に。
-ウロボロスアジト-
「ニャー!!」
「あっ、こらっ!もぅ、体についた棘をとってあげてるんだから、じっとしてなさい!」
「フシャー!!」
そう言いながら、猫の毛並みを整えているのは、十傑の一人、漆黒の刃"奏音"である。
「はぁ、蓮二さんなら、猫に好かれてたのになぁ。私はなんで猫に好かれないんだろ。こんなに愛してるのにぃ!」
そう言って猫を抱きしめる。
「フギャァッ!!」
「いたぁっ!?」
猫の鋭い爪にひっかかれる。
その手から、血が滲む。
「あうぅ、酷いよぅ猫ちゃん……」
若干涙目である。
猫も悪いと思ったのか、その手をペロペロと舐め始める。
「あぁ……か、可愛い!」
それを至福の表情で見つめる奏音。
「おい、そろそろ良いか……」
終わらないそのやり取りに業を煮やして、話しかける男。
同じ十傑の一人、閃空の刃"剛毅"である。
「何よ閃空。私の至福の時間を邪魔する気なら、容赦しないわよ」
フシャー!と、まるで猫のように威嚇してくる奏音に、溜息を零す。
「それは悪かった。しかし、バルビエル殿が招集をかけていてな」
「!!……そう、そろそろ兵の強化が終わったのかしらね」
「そうだろうな。次は……戦だろう」
その言葉に、目を細める奏音。
先程までとは違う、暗殺者の目。
剛毅は知っている、この漆黒と呼ばれる女の強さを。
闇夜に紛れた時こそ、この女は真の力を発揮する。
その姿を捉えられる者はおらず、敵対者は気付く事なく、その命を終える。
まさに生粋の狩人なのだ。
純粋な戦いの力ならば、十傑を束ねる"大蛇"が上であろうが、条件が整う場であれば、奏音以上の者はいないであろうと理解している。
「行くわよ閃空。他の奴らももう居るんでしょ?」
「ああ」
そうして、十傑が集合する。
バルビエル率いる"ウロボロス"が、その牙を地上に向けようとしていた。
-草薙 明視点-
俺は俺として行動できるようになった。
だけど、あれから数日、ずっと訓練ばかりだ。
俺の中に居るアキラちゃんとアキラ。
この二人はその気になれば、すぐに俺を操る事が出来る。
アキラが、俺の体を乗っ取るのだ。
俺の心臓に、楔が撃ち込まれているらしく、どうしようもなかった。
"ウロボロス"は地上に戦争を仕掛けるらしい。
その先兵として、十傑と名乗る強者達と、俺のような体を乗っ取られた兵達が、地上の12の国を制圧し、続いて地上の戦力を集め、魔界も制圧するのだとか。
短期決戦で王を手中に収め、国を無力化する。
ただ、それぞれの国には守護者たる存在が居る。
それを打ち破る為に、将が必要という事で、十傑は分担し事に当たる。
当然12の国なので、将が足らない。
そこで目を付けたのが、学園とそれぞれの国にいる冒険者やモンスターハンターだ。
自分達には及ばなくても、それに近い力を持っていればという事だ。
そして、俺達は捕らわれた日から、体に何かを撃ち込まれ、薬を飲まされ、肉体と魔力を無理やり強化されている。
中には耐えられず、死んだ者もいる。
俺の隣に座らされていた者は、痙攣して死んでいった。
俺も、いつかああなるんじゃないか……そう怯えた事も一度や二度じゃない。
だけど、俺は耐えきれた。
いつしか俺は、この"ウロボロス"の中でも、十傑に匹敵すると言われて、扱いも変わった。
今では部下までいる。
その部下の数名が、学園の執行部の者だったのは、何の因果だろうか。
でも、俺の事を覚えてはいない。
いや、心の中では、覚えているのかもしれない。
だけど、体を、意識を乗っ取られているんだろう。
ただ、俺の命に従う忠実な駒として。
すまない……俺は、救ってやれない。
だから、俺はアーネストやレンゲさんに望みを託す。
俺の凶行を、どうか止めてくれ。
地上全土を巻き込んだ"ウロボロス"の侵攻が、今正に始まろうとしていた。
-草薙 明視点・了-