182.深層域
翌日。
アーネストは早朝から基礎トレーニングを積んでいる。
魔術・魔法で強化倍率を上げられるが、その基礎値を上げる事で、その効果を著しく上げる事ができるからだ。
例えば、1の10倍は10になるけど、その1が100ならば、1000にもなるからだ。
10倍の効果が単純に990も違ってくる。
元の差は99なのに、だ。
そういうわけで、アーネストは体力をつける基礎訓練を兄さんから受けている。
私?私は母さんに見守られながら、これからユグドラシルに会いに行く所だよ。
「それじゃ母さん、行ってくるね」
「うん、ユグドラシルによろしくねレンちゃん」
そう優しい表情で言ってくれる母さんに微笑んでから、目を瞑る。
ユグドラシルの名を何度も呼びかけているうちに、意識がこの世界から隔離されていく感じを再度受ける。
目を開けると、今度は真っ暗な世界じゃなかった。
空中庭園って言うんだろうか。
神殿と神殿を階段が結び、幻想的な光景が広がっていた。
「いらっしゃい、蓮華」
きょろきょろとしていたら、いきなり声をかけられてビックリする。
「い、いつの間に」
「ふふ、驚かせてしまったかしら?ごめんなさいね」
「ううん、気にしないで。こっちから突然来てるんだから」
そう言って笑うと、ユグドラシルも笑ってくれる。
昨日は突然すぎて考える暇が無かったんだけど、ユグドラシルは凄い美人だ。
まるで、CGのように美しいその姿に、見入ってしまう。
「どうしました?」
おっと、見惚れていたらCGから話しかけられて……って違う違う、何を失礼な事を考えてるんだ!
「ご、ごめんなさい。何でもないんです。その、昨日と世界が違って見えて驚いちゃって」
うん、嘘は言っていない。
「ふふ、あのままでは殺風景でしょう?これからは蓮華が来てくれるのですから、少し手入れをしてみたんです」
マジですか。
これ、手入れで済ませられるレベルじゃないですけど。
「さぁ、こちらへ。次の門へ案内しますね」
そう言って歩みを進めるユグドラシルの後に続く。
階段を上がっていくのだが、景色が凄く幻想的だ。
空に浮かぶ階段を進む。
やがて、大きな神殿の中へと入る。
「ここが、第二の門。属性は光となりますよ」
もう光!?普通、いや普通ってなんだって話だけど、なんていうか基本の属性から順番に行くと思ってたよ!
「ふふ、今の蓮華に必要な力を授けられるようにしたんですよ」
「今の私、に?」
「ええ。蓮華、貴方は皆を守りたいのでしょう?」
「!!」
「だから、この属性を選びました。この属性で得られる力は守護。それも、第一の門で得た力とは違い、周りの者に効果を与えられるのです」
それは、私が今一番欲しいと願っていた力だ。
「ユグドラシル……!」
「その力の名は、『エターナル』。自身の周囲、蓮華が思う味方全員の、攻撃・防御・魔力・速度全てを上昇させる事が出来ます。これは魔法でも、魔術でもありません。ですから、魔法と魔術の効果と併用可能です」
とんでもなかった。
ユグドラシルは、自身だけじゃなく……周りの味方も強化できるのか。
「マーリンの力を継ぐアーネストが、味方全員に対して魔法と魔術による援護を行った場合に、その効果を倍増させる事ができますよ」
「!!」
ユグドラシルは、どこまでを見通しているのだろうか。
その澄んだ瞳からは、まるで全てを見通しているかのように感じる。
母さんから、ユグドラシルはその強さ以外でも、全ての神から一目置かれていると聞いている。
その理由が、なんとなく分かった気がする。
「あ、これはスキルではなく、『エターナルウインド』と同じ固有の……そうですね、必殺技なんてどうでしょう?」
こけそうになった。
だって、貫禄たっぷりのユグドラシルが、そんな事言うんだもん。
「うんうん、良いですよね必殺技。蓮華、頑張って覚えてくださいね?」
「あ、はい……。その、ユグドラシルって見た目と違いますよね……」
「ふふ、そうですか?でも、大勢の前ではちゃんとしてたんですよ?イグドラシルとアリスやマーリン、それにロキやミレニア、リンスレット……蓮華の知っている者はこれくらいかしら?親しい皆の前では、私はこんな感じでしたよ?」
「あはは……」
なんだろう、先程までの神聖な感じのするユグドラシルも、確かに良かったけど……うん、こっちのユグドラシルの方が、好きかもしれない。
「ここで覚えられる必殺技が『エターナル』で、スキルはどんなのなの?」
「聞きたいですか?」
「うん!」
「ダーメ♪」
「えぇぇぇ!?」
「まずは『エターナル』を覚えてから。そしたら、教えてあげますからね?」
そう可愛らしくウインクされた。
くっそぅ、分かってらっしゃる。
そんな事言われたら、頑張るしかない!
「よーし、どんと来い!どんな試練だって、乗り越えてやる!!」
「よく言いました蓮華!では、私が一度使いますから、それを見て、触れて、感じが分かったら……」
「わ、分かったら?」
「私の攻撃を『エターナル』を使って受け無くなれば、合格です♪大丈夫、蓮華が『エターナル』をちゃんと扱えればダメージを受けない程度の威力で攻撃しますからね♪」
「え……?」
「それじゃ、行きますよ?『エターナル』」
こちらの返事も聞かず、ユグドラシルは『エターナル』を発動させる。
す、凄い、全身から力が湧き上がる。
これが、『エターナル』……!
「さ、分かりましたね?それじゃ、攻撃しますから、『エターナル』を使って、防いでね?」
「え?」
「行きますよ蓮華!」
ドゴォォォォン!!
いきなりだったので、避ける。
「こら蓮華、避けちゃダメでしょ?」
なんて可愛らしく口を尖らせるけど、ちょっと待って欲しい!
「ちょ、いきなり過ぎない!?」
「そんな事はありませんよ。ほら、昔から言うじゃないですか。習うより慣れろって♪」
なんでそんな日本の言葉に詳しいのぉぉぉ!?
「それじゃ行きますよ蓮華♪」
「ちょ、まっ!ぎゃぁぁぁぁぁっ!!」
「レンちゃん?」
「ごふぅ……」
ユグドラシルの世界から帰ってきた私は、その場でへたり込む。
「だ、大丈夫レンちゃん?時間にして1分も経ってないけど……」
うっそぉ……時間の流れがそんなに違うの?
「ねぇ母さん……ユグドラシルって、あんなハチャメチャな人なの……?」
疲れ果ててそう言う私を、笑って見つめる母さん。
「うん、そうだよ。ハチャメチャで、明るくて、それでとっても優しくて……レンちゃんそっくりだよね」
私そっくりかは分からないけれど、ユグドラシルの明るくて、とても温かい所は分かった。
でも……。
「その、情け容赦なさすぎるんですけど……」
ドサァ!
「レンちゃん!?」
座っている体力すら無く、その場で倒れこむ。
体は全く疲れていない、だと言うのに、私は今疲労困憊だ。
なんせ、ユグドラシルが容赦なく攻撃してくるのを、防ぐだけで精一杯。
でも、『エターナル』が上手く使えないものだから、どんどんダメージが蓄積される。
結局、この日私は門をクリアできなかった。
くっそぅ!明日こそはー!!
そう燃える私を、母さんは笑って見ていたのだった。