179.リンスレットの元で
-ノルン視点-
魔界に帰ってきた。
以前と違い、空は青い。
これも全て、蓮華と会長のお陰だ。
イグドラシルの呪縛を、あの二人が解いてくれた。
あの時、私の目にも見えた。
ユグドラシルとイグドラシル。
二人の美しい女神が、共に在る姿を。
イグドラシルは、今度こそ……姉であるユグドラシルと共に、眠りについたのだ。
リンスレットの城に入る。
そこには、アスモデウスが待っていた。
「意外と時間がかかりましたねノルン」
「んなっ……アンタ、なんで」
「あら、本体はこちらに居るって伝えてませんでしたか?」
そうだった。
あそこにいるアスモデウスは、分身体だった。
分身体は、元の性格と知識をベースに、新たに得た事が本体に戻った時、合わさる。
そして、分身体から本体へ連絡をする事も可能なのだ。
「リンにはある程度伝えておきましたから、後はノルンの想いを伝えてきなさいな」
「ええ、ありがとアスモデウス」
「どう致しまして」
伝える事は伝えたのか、アスモデウスは去って行った。
調べものをしていると言っていたから、その続きを取り掛かりに行ったのだろう。
それを中断してでも、私の為に動いてくれた。
その事に感謝しながら王の間へ向かう。
……少し、ほんの少し……緊張しながら。
そして、リンスレットの前に辿り着く。
見上げるリンスレットは、綺麗な長い銀髪を揺らし、射貫くような視線でこちらを見ていた。
気圧されそうになるのをなんとか堪え、話をする。
「リンスレット」
「ああ」
「お願いがあるの」
「言ってみろ」
簡潔に答えるリンスレット。
その言葉の重みと、さすような視線に、私は言葉を続けるのが息苦しく感じる。
今まで、こんなに言葉を発するのが難しい事があっただろうか。
「その……」
言葉が出ない。
リンスレットは、急かすような事はせず、ただじっとこちらを見ている。
「私、に……私を、鍛えて欲しいの!!」
ただ、それだけを伝えるのが精一杯だった。
だけど、リンスレットはその言葉を聞いて、破顔した。
「おう、良いぞ。ようやくお前の願いを聞いてやれるな、嬉しいぞノルン」
途端、今までの緊張が嘘のように溶けた。
「さっきまでの緊張感はなんなのよ!?」
「え、いやだってなぁ。ノルンからの初めてのお願いだぞ?理由は大体アスモから聞いていたけど、緊張するじゃないか」
ってリンスレットも緊張してたの!?
分かるかっ!!
「しかし、お前がなあ……成長したんだな、今日は赤飯にするか?」
「タカヒロにアスモデウスと同じような事言ってるわよ!?」
こいつら、揃いも揃って!
「はは、それくらい嬉しいんだよノルン。私に任せろ。大船に乗った気でいて良いぞ」
その言葉は本当だろう。
魔界でリンスレット以上に頼りになる存在など居ない。
「それじゃ、まずはお前の力がどれくらいか測らないとな。少し私と戦うぞノルン」
「え、リンスレットと!?」
驚いた。
今まで、私とは一度も戦った事が無かったからだ。
「ああ。今までのお前に、戦う価値は無かったからな。でも、今は違う。今のお前なら、私の手を貸す価値がある」
そう優しい表情をして私を見るリンスレット。
確かに、今までの私を振り返ってみれば、何事にも投げやりで、真剣に取り組んだ事は無かった。
そんな私に愛想を尽かさず、大切に見守ってくれたリンスレットにタカヒロとアスモデウス。
私は今まで、何をやってきたんだろう。
ずっと、大切にされてきたのに。
どうせ意味など無いと、目を背けてきた。
けれど、今は違う。
蓮華と会長のお陰で、私は周りに目を向けられるようになった。
私は、一人じゃなかった。
「リンスレット、私……」
「なんだ?」
そう優しく問いかけてくれるリンスレット。
私は……。
「ううん、なんでもない。私は、強くなってみせる。誰よりも、強く……!」
「そうか」
リンスレットはただ一言、そう言ってくれた。
ただその一言に込められた想いは伝わる。
リンスレットはいつも、多くは語らない。
けれどその言葉には重みがある。
私は、リンスレットのように、強く美しく……なれるだろうか。
先を歩くリンスレットの背を見つめ、そう思うのだった。
「よし、ここなら良いな」
辿り着いた先は、地下の闘技場のような場所。
蓮華と戦った、学園の闘技場よりも広い。
「この城に、こんな場所あったのね」
「ああ、ここは私の訓練場所だからな。この場所に入れるのは、極少数の者だけだ」
そのうちの一人に、なれたのか。
心持ち一つ変わるだけで、世界は変わる。
私は蓮華と会長に救われたあの時から、目に映るモノ全てが新鮮だった。
「お前の力は闘技大会の蓮華との戦いで見せてもらったけどな。でも、あれは全力じゃないだろ?」
流石にリンスレットにはお見通しだったらしい。
蓮華に後でオーラが使える事も教えたように、蓮華が知らない系統の力は使わないように、制限して戦ったからだ。
「ま、今回は色々と気にしなくて良いぞ。思いっきりぶつかってこいノルン」
そう言うリンスレットは、正に威風堂々。
ただそこに立っているだけ。
それだけなのに、私は気圧される。
自信に満ち溢れた表情で、澄んだ瞳で私を見ている。
「……行くわ、リンスレットォ!!」
結論から言おう、私は完敗した。
私は全力を出した。
けれど、何をしても防がれる。
どうやったらあの防御を掻い潜れるのか、想像もできない。
リンスレットは私に一切の攻撃をしていない。
だと言うのに、私は心身共に疲れ果て、床に転がっている。
「はぁ……はぁっ……ど、どうやったらリンスレットに攻撃が通じる、のよ……」
寝転びながら、声を絞り出す。
こんなに全力を出したのは久しぶりだ。
「はは、お前の攻撃は全部軽いんだ。ぶっちゃけた話、私は防ぐ必要も無かったんだぞ?」
「なら、なんで全部合わせたのよ……」
「その方が、お前の攻撃の欠点が分かりやすいだろ?」
ぐぅの根も出ない。
こんなに、遠い。
私は、強くなれるのだろうか……不安が募る。
「この差を覚えておけノルン。私と修行をして、成長を実感できるようになるだろ?」
その言葉に、私は跳ね起きる。
「私、強く、なれる?」
「当然だ。大船に乗った気でいろと言ったろ」
そう微笑むリンスレットに、私は抱きついた。
そうだ、何を弱気になっていたんだ。
私は、強くなるんだ。
蓮華よりも、そして……リンスレットに、追いつくんだ!
-ノルン視点・了-