178.ノルンの決意
-ノルン視点-
「こんな状況だけど、狙いが私である事は明白。今後、もっと戦いは激化するかもしれない。だから私は……学園から少しの間、離れようと思う」
突然の蓮華の言葉に、周りがざわつく。
「もちろんそれには理由があってね。母さんに修行をつけてもらいに帰ろうと思うんだ。強くならないと、私は皆を守るどころか、自分自身すら守れない」
そう言葉を続ける蓮華。
十傑を名乗る、轟炎の刃"大蛇"。
奴は強かった。
アスモデウスが全力でないとはいえ、私との二人掛かりだと言うのに、全く押せなかった。
しかも、狙いが蓮華だった。
私は敵の狙いの確認を怠り、蓮華を窮地に追いやった。
何をしているんだ、私はっ……!
私の事を友達だと言ってくれた蓮華。
その言葉は決して嘘ではなく、私の事を大切にしてくれている事が分かった。
普段の会話も心地よく、私は蓮華と知り合えた事を嬉しく感じていた。
だと言うのに、だ。
私は、蓮華を守れなかった。
奴の魔法に足止めされ、蓮華一人を戦わせてしまった。
あげく、蓮華に重荷を背負わせてしまっている。
私の中の、イグドラシルが言う。
"それで良いの?"と。
いいわけ、あるかっ……!!
気付けば、タカヒロが帰ってきていた。
話は途中から聞いたが、どうやら会長の変わりをするみたいだ。
タカヒロは強い。
私よりも数段上だし、本気のアスモデウスが、スキルが通じたら負けたと思うって言うくらいだ。
アスモデウスは大罪の大悪魔達の中でも、トップ3に入る強さだ。
リンスレットから全幅の信頼を得ているし、タカヒロだってアスモデウスの事を信頼してる。
普段ののしり合っているのは、その裏返しだ。
なら、私はどうか。
確かに、私も実力はある。
だけど、上を見たらキリがない。
この学園内だけを見ても、アリスティアさんは言うまでもなく、巨体のヘラクレスまでも、私より上だろう。
蓮華と会長にだって、私は勝てていない。
今のままじゃ、私はダメだ。
アリスティアさんを抱きしめている蓮華に、呼びかける。
「蓮華」
「どうしたの?ノルン」
そう不思議そうに私を見つめる蓮華に、私の意思を伝える事にした。
「私も一旦魔界に帰るわ。タカヒロは会長の変わり、アリシアは副会長だしそのまま残るから、問題ないでしょ」
タカヒロとアスモデウスが苦笑しているけれど、こればかりは仕方ないのだから許してよね。
「ノルンも?あ、もしかして……」
蓮華は私が全て言わなくても、理解してくれる。
「アンタが今考えた通りよ。私も、もっと強くなる。今回狙われてるのはアンタ達みたいだけど、私も狙われる可能性あるし、何より……」
この続きを言うのを、私は躊躇った。
素直に、言いたい。
アンタを、守る為の力が欲しいって。
友達を、守る為の力が。
だけど、それを言うのはとても恥ずかしい。
蓮華は、ただ何も言わず待ってくれている。
だから、照れ隠しに違う理由を言ってしまった。
「何より……アンタ達に差をつけられるなんて、冗談じゃないわっ!!」
蓮華がとてもいい笑顔で笑う。
私と同じ姿ですって?冗談じゃないわ。
私なんかより、全然蓮華の方が可愛い。
元男とか関係ない。
私は、こんなに可愛く笑えない。
「あはは!うん、それじゃノルン、強くなってから、また会おう!」
笑いながら、蓮華は嬉しい事を言ってくれる。
だから、言った。
「ええ、私の方がぶっちぎりで強くなっててあげる。蓮華に私が強くなった意味無かったなぁって思わせてあげるわ」
って。
そうよ、アンタが強くなくたって、構わない。
友達なんだから、私が守るわ。
そう言ったら、何故か更に笑顔になる。
だから、思わず言ってしまった。
「アンタ、そこで笑うのはなんでよ!?」
「ノルン」
そう、笑みを無くし、真剣な表情で私を呼ぶ蓮華に、一瞬たじろいでしまった。
「な、何よ」
私の言葉に、蓮華は言う。
「ありがとう。ノルンも大事な友達なんだから、無事で」
またこいつは、今私が一番欲しい言葉をくれる。
蓮華、私の親友。
私は、必ず強くなってみせる。
「……フン、当然でしょ。アンタに心配されるほど私は弱くないわよ」
そう言ったら、蓮華はまた笑顔になった。
そうして、私達は一旦別れる事になった。
学園を出る前に、タカヒロとアスモデウスが見送りにきた。
「見送りなんていらないわよ。二人はこれから忙しいでしょ」
そう言ったら、頭を掻きながら、やれやれと言った感じで答えるタカヒロ。
「あのな、そんくらいでお前の門出を見送らない理由にはならないぞ」
はい?門出って何よ。
「そうそう。あのノルンが、はじめて人の為に強くなろうとしてるんですから。今日は赤飯にしよっかタカヒロ」
「それは良いな!」
「んなぁっ!?」
私は顔が真っ赤になっている自覚がある。
顔がとてつもなく熱いからだ。
「な、ななな何言ってんのよ!?」
「照れるな照れるな。俺は嬉しいんだぜ。あのなんにも興味を示さなかったお前が、信頼できる友達を得て、その友達を守る為に、力を欲してる」
「ええ、本当なら私達も力になってあげたい。けれど、任された以上、それは難しいから。でもリンなら、私達以上にノルンを鍛えてくれる。私の方で軽く経緯は伝えておいてあげますから、後は自分の言葉で、伝えてくださいねノルン。大丈夫、ノルンのお願いをリンが聞かないわけありませんから」
そう笑って言うタカヒロにアスモデウス。
ホントこいつら、余計なお世話ばっかり……!
でも、家族って、こんなものなんだろうな……。
その事に心が温かくなるのを感じながら、伝える。
「タカヒロ、アスモデウス。私が帰ってくるまで、頼んだわよ」
「おう、任せろ。成長を楽しみにしてるからなノルン!」
「ええ、楽しみにしてますからねノルン」
「フン、二人を追い抜いてやるんだから、覚悟なさいよね!」
そう言って歩き出す。
後ろに二人の視線を感じながら、温かい気持ちで歩く。
蓮華、私は強くなるわ。
アンタよりもね!
-ノルン視点・了-
ノルンを見送る二人。
その後姿が見えなくなるまで、二人はその場に居た。
どちらともなく、話し始める。
「あのノルンがなぁ……」
「ええ、あのノルンが、まさか友達の為に強くなろうと思うなんて……」
「なぁアスモデウス、このまま一杯やらないか?今無性に飲みたい気分なんだよ」
「全力で同意したいけれど、タカヒロは会長の変わりをするんでしょ。大変よ?かなり」
「そうだったな……まぁ俺から言い出した事だ、きっちりやらないとな」
「課題はたくさんあるわよ。それにこの学園、無駄に広いんだから」
そう言って溜息をつくアスモデウスに、タカヒロは苦笑する。
「次代の奴らの為に、老骨が場を整えてやらないとな」
そう言うタカヒロに不満を漏らすアスモデウス。
「あのね、確かに人間の年齢で言ったら、というか人間じゃ生きられない年数生きてるけどね。それでもその言い方には反論したいんだけど」
口を尖らせて言うアスモデウスに、タカヒロは笑いだす。
「はははっ!すまんすまん、お前は年齢がとんでもなくいってても、若く美しく見えるよアスモデウス」
「なんでかなー、タカヒロに言われても全然嬉しくないのは」
「酷いな、これでも美人なのは認めてるんだが」
「そっか、ロリコンだからだ」
「まだそれを言うのか!?というかそれを言ってるのはお前だけだからな!!」
「あははは!それじゃ、戻りましょタカヒロ。『メタモル』は忘れないでね。普段私は会長と一緒にいるから、タカヒロが変化して会長になれば、一緒にいても不思議がられないから」
「そうか。つっても、表向きそうなだけで、クルセイダーズの皆は知ってるわけだしな。あんまり肩肘張る必要もないだろ」
「まぁね。それに、私はタカヒロが変化しててもタカヒロに見えるしなぁ……」
「残念だったな、俺が会長に見えるなら、お前がやってほしい事やってやれたのに」
「キモイタカヒロ」
「ぐふぅ!!」
「あはは!ごめんごめん。それじゃ、行きましょ」
「お、おぅ。お前はもう少し言葉をオブラートに包む練習しようぜ……」
なんて言うタカヒロの言葉も、アスモデウスはどこ吹く風で聞いている。
ノルンの事を大切に想う二人は、新たにできた友の為。
そしてノルンが大切に想う者を守る為、その力を貸すのだった。