176.カレンとアニスの修行
-王都・フォース-
「そうか、引き続き警戒を強めよ」
「ハッ。畏まりました」
「失礼致します」
一礼をし、その場から退出するのは、インペリアルナイトであるカレンとアニスだ。
王の謁見の間から自室へ移動する。
そこでようやく一息をつき、二人は話を始めた。
「蓮華お姉様からは……何も連絡がないですわね。何も起こっていない、という事でしょうか」
「蓮華お姉様なら心配はいらないと思いますが……それでもやはり、心配ですねカレンお姉様」
「ええ……」
二人は蓮華の事を慕っている。
スマホを受け取ってからは、数十分に一度のペースでスマホを確認していた。
そんな時、メッセージの受信をする音がする。
二人はすぐさまスマホを確認する。
そこには、待望の蓮華からのメッセージが届いていた。
『二人とも、元気にしてるかな?私は、少し学園を離れる事にしたよ。二人が去ってから少しして、学園に襲撃があったんだ。その時の狙いが、どうやら私らしくてね』
「そんな、蓮華お姉様が!?」
「くっ……なんてタイミングの悪さですか……!いえ、それすらも敵の思惑のうち、なのかもしれませんカレンお姉様」
「そうですわね……続きを読みましょう」
「はい」
『その時に戦った、十傑を名乗る奴が、とんでもない強さだった。確か、轟炎の刃"大蛇"と名乗っていたかな。そいつに、私とノルン、それにアリシアさんで戦って、押されたんだ』
「「なっ!?」」
『途中でアーネストとアリス姉さんが来て、そいつは撤退したけど……凄い強さだった。今のままじゃ、私は皆を守るどころか、自分の身も守れない事を実感したんだ。だから……母さんの所に、一度帰る。そして、強くなって、また皆の所に戻るから。後を、頼むよ。蓮華より』
「「蓮華、お姉様……」」
二人はスマホを握りしめ、目を瞑る。
目を開けたその表情は、決意を秘めていた。
「アニス」
「はい、カレンお姉様」
「私達は、いつも肝心な時に蓮華お姉様のお役に立てていない」
「はい」
「蓮華お姉様の命がかかっていたあの時も、私達は国を守る事しかできなかった。アーネスト様は、蓮華お姉様をお救いになったというのに……」
「はい」
「そして今回もまた、蓮華お姉様は私達を守ろうとしている。ご自分の身が一番危ないのに、それ以上に私達の事を心配して下さっている」
「はい」
「アニス、私達は、蓮華お姉様をお慕いしていますわ。でもそれは……守ってほしいからでは決してありませんわ」
「はい、もちろんです!」
「私達の凍てついた心を……溶かしてくれた蓮華お姉様。私達は、蓮華お姉様を守りたいのです。この力を、蓮華お姉様の為に、使いたいのです!」
「はい!」
「ですが、私達は今の蓮華お姉様にすら、遠く及ばない」
「はい……」
「その蓮華お姉様をして、勝てない敵がいる。私達は、このままではいけません」
「はい……!」
「蓮華お姉様からお聞きした、この街にいらっしゃるミレニア様のお話、覚えていますわねアニス」
「はい、吸血鬼の真祖、との事でしたね。あのミレニア公爵がそうとは、全く思っておりませんでしたが……」
「ええ。その強さは、蓮華お姉様をして軽く上回る、と」
「カレンお姉様、もしかして……」
「ええ。私達は、このままでは、お荷物ですわ。蓮華お姉様の為に……もっと強くなる必要がありますわ」
「……はい!行きましょうカレンお姉様。もし断られても……認めてくださるまで、何度でも頭を下げましょう!」
「ええ、もちろんですわ。私は準備をしてきます、アニスは各隊長に指示を」
「はい!」
駆けていくアニスを見送り、カレンは準備を始める。
ただ、蓮華の力になりたい。
その想いを胸に、ミレニアに師事を受けに行く為に。
-ミレニア公爵家-
「あら、貴女方は確か、蓮華様のご友人方ですね。どうされましたか?」
そう門の前で問いかけるのは、ミレニアに仕えるメイド、シャルロッテである。
メイドではあるが、その衣をひとたび脱げば、生粋の剣士……剣聖と称される実力者である。
その事実を、蓮華やアーネストは知らない。
だが、その実力を一目見て感じてはいた。
「突然の訪問、失礼致しますわ。ミレニア様は御在宅でしょうか?」
インペリアルナイトマスターであるカレンにアニスは、もう様をつける相手は国王くらいなのであるが、あえて様と呼んだ。
それには、下手に出る理由があるからだ。
その意図を汲んだシャルロッテは、しばし思考を巡らせた後、答えた。
「少々そのままお待ち頂けますか?」
「「はい」」
そうして、門の前で待たされる二人。
通常であれば、こんな対応はされないであろう。
二人は国を代表するインペリアルナイトであり、そのマスターというリーダー的存在なのだ。
けれど、二人は今、その役割で来ていない。
そう受け取ったシャルロッテは、客人としての扱いを辞めたのだ。
そして待つ事少し。
扉が開く。
「ミレニア様がお会いになるそうです。どうぞ私の後を」
そう言うシャルロッテの後に続く二人。
しばらくして、大きな広間へと辿り着く。
そこには、玉座に座ったミレニアが、二人を見下ろしていた。
「お主らは蓮華の友人達じゃな?通常ならば会いはせぬが……特別じゃぞ。要件を申してみるが良い」
その体から発する凄まじい魔力に、体が委縮しそうになるのをなんとか堪え、言葉を発する。
「ミレニア様、どうか私達に稽古をつけてくださいませんか!」
「お願い致します!!」
二人して頭を下げる。
それに驚いた顔をするミレニア。
「ふむ?お主らはすでに、インペリアルナイトという、人間の最高位の力を得ているのではないのか?何故、それ以上の力を欲する?」
そのミレニアの問いに、これまでの事を全て話すカレンとアニス。
その話を興味深く聞くミレニアとシャルロッテ。
事情の全てを話し終えた二人は、再度頼み込む。
「お願い致します!私達は、強くなりたいのですわ!」
「はいっ!」
その言葉に一旦目を瞑り、考え込むミレニア。
しばらくして、目を開け、問う。
「一つ問おう。何故妾にそのまま協力を申し出ぬ?妾が蓮華の為なら、力を惜しまぬ事、お主らなら知っておろう?」
その深紅の目に見つめられ、震えそうになる体に力を入れる。
「私達は、私は……蓮華お姉様の力になりたいのです。今回の事件、もし蓮華お姉様がご自身で解決しようと思われないのでしたら、すでにミレニア様やマーガリン様に、直接ご自身で伝えられておりますでしょう。ですが、それをしなかったという事は……蓮華お姉様は、ご自身の力で、今回の事を解決しようと思ってらっしゃるのだという事。私は、その為の力になりたいのです!今のままでは、私はただの足手まといなのですわ!」
そう、強い意志を宿して言うカレンに、目を見開くミレニア。
「くっ……くくっ……良いな、気に入ったぞ」
「え?」
「シャル」
「はい、ここに」
「お主、こやつらに稽古をつけてやれ。妾は加減が苦手でな、今のままでは捻り潰してしまうわ」
「畏まりました」
その言葉に、二人は目を輝かせる。
「そ、それじゃぁ……!」
「うむ、お主達の気持ちはよぅ分かった。何より、蓮華の為に自身の力を上げたいという所が特に気に入った。軽率に、妾に力を貸してくれと言うてくるようなら、叩き返してやろうかと思うたが……流石、蓮華が認めた友人よな。よい、興が乗ったでな、鍛えてやる」
「「やったぁ!!」」
抱きしめ合う二人。
吸血鬼の真祖ミレニア、そのとてつもない力を持つ彼女に鍛えてもらえる、その事が嬉しくて。
「しかし、妾が直接指導するには、お主らはちと柔すぎるでな。まずはシャル……シャルロッテから指導を受けよ。シャル、時の狭間へ連れて行くが良い」
「畏まりました。お二方、これより私はメイドではなく、剣士として振舞います。一切の容赦を致しませんので、そのように」
「「は、はい」」
その圧倒的な強者の威圧感。
シャルロッテもまた、とてつもない実力者なのだと、この時二人は知る。
「その、時の狭間とはなんでしょう?」
「時間の流れが違う亜空間の事じゃ。お主らもアイテムポーチを使っておろう?あの中に近い」
「そ、そこで生きられるのですか?」
「通常は無理じゃが、妾の魔力で覆っておるでな、死にはせぬ。ただ、その場所では重力がこの世界の数十倍あるでな。常に魔力強化を使わねば、今のお主らでは歩く事もままならぬぞ?」
「「!?」」
「明日会うのが楽しみじゃな、その頃には妾が手を出しても大丈夫なくらいにはなるじゃろ」
「あ、あの、つかぬ事をお聞き致しますが、たった一日でそこまで強く……」
「時間の流れが違うと言うたじゃろ。こちらの世界では明日じゃが、お主らは1年近くそこで暮らすのじゃぞ」
「「!?」」
「ほれ、さっさと連れて行けシャル。安心するがよい、生活できるように整っているでな。風呂も飯もある」
それから、二人は地獄を見る事となる。
シャルロッテの、剣士としての容赦のなさと、その環境の劣悪さに。
後に二人は語る。
あの日々は思い出したくありませんわ……と。