175.春花の想い
-春花視点-
バニラ様に呼ばれて、社長室に入る。
バニラ様はいつものユグドラシル社の制服ではなく、ロイヤルガードの正装だった。
うん、恰好良いな……って呆けている場合じゃないよ。
「失礼致します。桜井春花、参りました」
「うふふ、硬くならなくて良いのよぉ春花ちゃん」
そう微笑むバニラ様。
相変わらず物腰が柔らかで、尊敬してしまう。
普段凄くおっとりしているのに、仕事となるとキリっとしているし、その手腕も凄い。
ロイヤルガードが凄いっていうより、バニラ様が凄い。
もちろんロイヤルガードという立場も凄いんだけど……。
緊張しながら、促されたソファーに腰かける。
「それで、私にお話とはなんでしょう……?」
私、何かマズイ事やっちゃったんでしょうか。
ここを追い出されるとか、嫌だよぅ……。
なんて戦々恐々としていたんだけど、内容は全く違った。
「春花ちゃんは、転生者なのよねぇ?」
「は、はい。冥界のある方に、転生してもらいました」
バニラ様には、私の事は全て話している。
だから、その確認をしているんだろうけど、なんでだろう?
「それで、その体はアストラル体で……世界樹のマナが無ければ、その体を保つことができない、で合っていたかしらぁ?」
「は、はい」
そう。
私はアストラル体だ。
キルさんから聞いたのは確か……。
一つ、アストラル体という魂そのものの姿だから、歳をとらない。
二つ、世界樹から生み出されるマナが無くならない限り、寿命は存在しない。
だったと思う。
それが、どうかしたんだろうか。
「なら、春花ちゃんにも関わってくるから、お話するわねぇ。でも、とても大事な話だから、他言しないで欲しいのぉ。約束、できるかしらぁ?」
そう言われ、姿勢を正して言う。
「もちろんです!」
大恩あるバニラ様の言う事なら、元々何があっても言いふらしたりするつもりはない。
「ありがとうねぇ。実は、ある組織に世界樹が狙われているのぉ」
「……え?」
世界樹を?どうして世界樹を?世界樹は、この世界全ての為に存在しているって聞いた。
マナだって、世界樹から生まれている。
そのマナの恩恵を受けて、全ての人達の生活が成り立っている。
世界樹を守ろうとするなら話は分かる。
だけど、狙うって、一体どうして!?
「もし、世界樹が枯れたら……春花ちゃん、貴女も死んでしまうのでしょう?」
あ。
言われて気が付いた。
そうだよ!私、世界樹が枯れたら一緒に死んじゃうよ!?
そうか!だからバニラ様はその話を私に!
なんて私は阿呆なの!?
まず最初にそこに気が付くべきでしょ!
「ど、どどどどどうしたら!?」
「落ち着いてぇ春花ちゃん」
「あ……す、すみませんバニラ様」
気が動転していた私を、優しい声で落ち着かせてくれるバニラ様。
「今、この王都エイランドでも、行方不明者が結構な人数出ているのぉ。その犯行も、世界樹を狙う組織の犯行であるという所まで掴んでいるのぉ」
驚いた。
多分、その話は最大級の国家機密の情報だ。
だって、普通に混乱が起きる。
でも、その話を私にしてくれた。
私を、信用してくれたんだ。
その事実に嬉しくなる。
「春花ちゃん、貴女が実力者なのを隠しているのを、アタシは知っているのぉ」
また驚いた。
そう、私は一般人を装う為に、普段実力を隠している。
普通の女の子に思われたくて。
まぁ、エイランドに来て数年、全く成長しない私を見て、アンタ実はエルフでしょって言われた事もたくさんあったけど。
ごめんなさい、エルフでも、ましてや人ですらありません……。
「その力を、貸してもらえないかしらぁ……」
目の前で、大恩あるバニラ様が困っている。
それに、世界樹が枯れたら、私だって死んじゃうんだ。
答えは、決まってる。
「はい、私の力でよろしければ、喜んで力をお貸し致します、バニラ様」
そう答えた。
私の答えに、本当に嬉しそうにしてくれるバニラ様。
「良かったぁ!アタシねぇ、転生者のスキル、だったかしらぁ?それとステータスとか、あるのよねぇ!?そういうの、たくさん調べたかったのぉ!」
あの、バニラ様。
目が研究者のそれになってますけど、協力ってそっちなんですか!?
「あ、もちろんそっちはついでだから、ちょこっとだけだからねぇ?」
いえ、バニラ様。
その目は全然ついでじゃありませんよね?
むしろそっちの方が比重が高そうですよね?
そういえば、VRゲームの製作をしてましたよね。
もしかして、そっちに生かすつもりですよね?
「大丈夫よぉ春花ちゃん。ちょこっとだけ、ちょこっとだけだからぁ!」
「そのセリフをちょっと変えて言う人って、絶対信じちゃいけないやつですよねー!?」
この方は、普段凄く穏やかで落ち着いた方なのに、車に乗った時と研究する時は絶対に近づいちゃいけない人なのだ。
「は、話を戻してくださいー!?」
「あっと、そうだったわねぇ。ごめんなさいねぇ、アタシ興奮しちゃってぇ」
うぅ、手を頬に当てて可愛らしく言うバニラ様を憎めない。
天は二物を与えないんじゃなかったの……。
「アタシ達騎士団は、表向き街の警護を強化しているけれど、それでも対応しきれないのぉ。だから、春花ちゃんには、その警護とは違うタイミングで、見回りをしてもらいたいのぉ」
「見回り、ですか。了解です!」
「何かあった時は、これを使って連絡をしてほしいのぉ」
そう言って渡されたものに驚いた。
「す、スマホじゃないですか!?」
「あらぁ、春花ちゃんも知ってるのぉ?」
当然です。
私、病院でずっとスマホゲームしてました。
無課金でしたけど……。
「あ、あの、これ……」
「ふふ、それは春花ちゃんにあげるわぁ。アタシの連絡先を登録してあるからぁ、何かあればそれで連絡してねぇ」
「は、はいっ!ありがとうございますバニラ様!!」
「ふふ、もし何か聞かれたら、アタシの試作機のテスト中だって言ったら良いからねぇ」
流石バニラ様、そこら辺も対策は万全ですね。
「あ、あの、アプリとかって何かあるんですか?」
流石に、ゲームとかはないかな?
「アーネスト君に頼まれて、試験的に少し入れてるからぁ、良かったら試してみてもらっても良いかしらぁ?」
「は、はいっ!!」
思わず息が上がる。
アーネスト様からって、もしかしてアーネスト様は転生者だったりするのかな!?
ドキドキしながらスマホをつける。
見慣れた画面に、アイコンが数個あった。
「うふふ、少しやっていく?アタシのデータと対戦できるのよぉ」
「た、対戦!?」
「うふふ、それじゃ、一から教えてあげるわねぇ」
「よろしくお願いしますっ!!」
なんて、こんな事してて良いんだろうかとか、この時は全く考えなかったんだけど……。
それから日も暮れて、二人してあっ!って言って、笑ってしまった。
私も、バニラ様の事、言えないなぁ……。
世界樹を狙う組織の名前は、"ウロボロス"と聞いた。
私の命もかかっているし、何より……あの蓮華様の命も狙っていると聞いた時は、頭に血が上って危なかった。
許せない。
あんな素敵な方の命を狙うなんて。
いえ、直接話したのはあの時だけですけど……バニラ様から蓮華様やアーネスト様の事をお聞きして、尊敬している。
雲の上の方達ですけど、私で力になれるなら……力になりたい。
キルさん、キルさんからもらったこの力、使わせてもらいますね。
この異世界で知り合えた友達、それに大恩あるバニラ様に、尊敬する蓮華様やアーネスト様の為に。
-春花視点・了-