174.旧友
-ロキ視点-
ラケシスはアーネストや蓮華に敵対する意思がない事は確認が取れた。
後はウルズにバルビエル。
ラケシスとウルズは、いくらアーネストに蓮華と言えど、勝てる相手ではない。
その身に宿した力の封を、完全に解く事はまだできないだろう。
それでは、ラケシスとウルズには届かない。
バルビエル、確か天上界の上位に位置する大天使の一人でしたか。
こちらの実力は知らないが、一度戦い押されはしても、戦いにはなっているのを聞いた。
なら、大丈夫だろう。
だが、ウルズは見逃す事はできない。
ウルズの力は、原初の神に近い。
私が行かねばならないでしょう。
マーガリンには、世界樹を守ってもらわねばならない。
任せるわけにはいかないのだ。
「ふむ、ここですね」
空にある結界を、手で触れ解除する。
この程度の結界で、私を阻む事などできはしない。
もう私の接近は気付いているでしょう。
だが、隠れるような事はせず、堂々と正門から進む。
途中に兵が見当たらない所を見るに、避難させましたか。
正しい判断ですね。
今の私に近づけば、死ぬだけですから。
そうして、ウルズの宮殿、パルテノン宮殿の奥へと歩みを進める。
そして最奥の王の間に、その姿を見つける。
「久しぶりね、ロキ」
そう懐かしい、優しい声色で話すウルズ。
「そうですね、もう何千年ぶりになりますか」
「ええ、長かった……私、我慢したのよ。ユグドラシルとの約束だったから」
「約束?」
「そう、約束。ユグドラシルから、地下世界を見守ってほしいというね」
「ふむ……その約束はつまり、果たされたと?」
「流石、察しが良いわねロキ。そうよ、もう我慢しなくて良いの」
「……」
約束の内容は分からないが、今までは見守っていたのならば、あのユグドラシルがそれを途中で辞めて良いとは言わないだろう。
そう判断しても良い何かを条件に加えたはずだ。
「ロキ、貴方なら分かってくれるでしょう?地下世界なんて、要らないでしょう?私達の大切な友達の命を燃やして、存続する世界なんて……必要なの?」
その表情は、悲しみに満ちていた。
ウルズは、寂しかったのだろう。
ウルズを慕う天上界の者達は、ウルズにとって友に足りえない。
「どうして、こんなことに……」
「ウルズ?」
「彼女達だけを……望んだのに……全て、間違いだった……」
ウルズが独白するように、言葉を紡ぐ。
その言葉に耳を傾ける事にした。
「愛した彼女はいつか、悲しみに変わっていた。彼女の美しさは、私の傷跡になった。風に声が掻き消され彼女には届かない。暗闇の中を彷徨って、見えない……正しい道はどれなの?」
まるでここには居ない彼女に、問いかけるように。
聞く者を魅了するその声は、歌うようにウルズは続ける。
「ねぇ聞こえる?失われた日々。決して二度と戻らない。異なる世界を創造して、別の世界で出会えれば……遠くなら、終わりがあるの?まやかしの時に欺かれ……ねぇ、感じる?崩れ落ちた過去を。奇跡が起きるのを信じて、未だに夢を見ているの。でも……悲劇には、終わりが来るわ」
そこで、言葉を止める。
静寂が訪れる。
「ウルズ……」
「ねぇロキ、私はいつまで暗闇の中を彷徨えば良いの?ユグドラシルが居ない、イグドラシルが居ない。愛した彼女達が変わり果てた姿になって……どうしてこんなことに?彼女達の笑顔を、それだけを、望んだのに……全て間違いだったのよ!」
いつしかそう激高するウルズに、静かに問いかける。
「それで、何故蓮華を狙うのです?」
「世界樹の、ユグドラシルの生まれ変わりなんでしょう?」
「ええ」
「だからよ。ユグドラシルを元に戻すのに、彼女の存在は邪魔でしょう?全て、還さないとね?」
その言葉を聞ければ十分だ。
アーネストと蓮華では、ウルズを倒す事はできない。
なら後でどう言われようと、大切な二人の為に、私がここで消す。
魔力を解放していく。
「ただ、私は直接手を出さない」
「……ほぅ?」
解放していく魔力を抑える事はせず、続きを促す。
「だって、そんな事をしてユグドラシルを戻しても、彼女はまた繰り返す。きっと、希望を託す。それじゃ、意味がない」
「……」
「だから。だから、地下世界の存在が、ユグドラシルが心を尽くす存在じゃない事を、教えてあげるの」
「成程、つまり……火種となるつもりですか。"ウロボロス"はその先駆け、と」
「わずかなピースで、そこまでたどり着けるのは流石よロキ」
ウロボロス、身喰らう大蛇の名。
自分の尻尾を喰らう事で永遠を冠していましたね。
言い得て妙、という所ですか。
「地上、そして魔界の者達同士で争わせ、マナの有無など関係が無いと、ユグドラシルに見せる事で、ユグドラシルに失望させるといった所ですか」
「ええ」
成程、くだらない。
「……」
ウルズに背を向ける。
もう、ここに用はない。
「ロキ?」
「貴女には失望しましたよウルズ。今の貴女など、消す価値もない」
「ロキ……」
私は歩みを進める。
大切な二人の元へ戻る為に。
「待ってロキ!」
その声に立ち止まる。
だが、後ろは振り向かない。
振り向く価値もない。
「貴方も、そうじゃないの?だから、地下世界を壊そうとしたんでしょう!?私に、協力してはくれないの!?」
くだらない。
私がウルズと同じ?
冗談じゃありませんね。
怒気を隠す事なく、告げる。
「私と貴女は違いますよ、その思想がね。運命神ウルズ、過去に捕らわれし哀れな神よ。貴女は"今"が見えていない。その目は、飾りのようですね」
「っ!!」
そう言い捨て、私はその場を離れる。
アーネスト、蓮華。
大切な二人の元へ。
-ロキ視点・了-
残されたウルズは、その場で考える。
「ロキ、貴方と私が違う?私が、今を視えていない?そう、そうね……私は、ずっと過去を視ている。あの輝かしい過去を。ユグドラシルが居て、イグドラシルが居る。愛した彼女達が居れば、私はそれで良かった……」
過去を想うと、涙が零れる。
輝いていた過去が、私の闇になった。
愛に飢えた心を刻みつける。
零れ落ちた涙が、黒い海となって、唯一の光の道が断ち切れる。
迷える私を導いてほしい……ただそう想う。
今はもう言葉を話す事のない親友。
変わり果てた姿の親友は、世界を見守っていた。
「決して二度と戻らない……いいえ、違う。私は運命の神。私が、取り戻す。私は大切な親友を取り戻す……!」
その瞳は、赤く狂気に満ちた色をしていた。