171.囚われた精神
-草薙 明視点-
気が付いたら、暗い、真っ黒な場所に居た。
辺りを見回しても、何もない、気がする。
なんせ、真っ暗闇で分からない。
しばらく目を閉じる。
そうして目を開けると、そこが何もない場所である事が分かった。
自分が地面だと思っていた場所が頭の上にあったり、そうかと思ったら正面が壁であったり。
不思議な場所だけれど、何故自分がこんな場所に居るのか分からない。
でも、ふと思い出した。
そうだ、俺は学園で……!
それを思い出した途端に、目の前に翼のある、天使の姿をした少女が現れた。
「き、君は?」
「私はアキラ」
「え?明って、俺の事?」
「違う、アキラ」
「だから、俺も明なんだけど……」
「……」
「……」
どっちも黙る。
いや、こんな少女に我を通しても仕方がない。
「えっと、俺は草薙明っていうんだ」
「それじゃ、ナギって呼ぶね」
「あ、うん」
ついそう返事してしまった。
けれど、今は状況を確認しないとだ。
「それでアキラちゃんは、ここがどこだか分かるかな?」
「分かるよ。ここはナギの世界だから」
「え?俺の、世界?」
「そう。ナギの心の中」
「えっと、つまり、俺は夢の中に居るのか?」
「そうとも言うかも。ナギの体、今は私の片割れが動かしてるから」
「ど、どういう事だい!?」
俺の体を、目の前の少女の片割れが動かしてる!?
いやそもそも、片割れってなんだ!?
「ナギは、文字通り傀儡にされたの。今、ナギの体は別人が動かしてる」
「俺の体を!?」
「そう。私は、ナギを目覚めさせないように、ここに居るの」
「……どうして、そんな事を?」
「詳しい事は知らない。でも、ナギは駒に選ばれた。それも、かなり優秀な。だから、私が担当する事になった」
「……担当、と言ったね。なら、俺以外にも体を奪われている人達が居るって事かい?」
「うん。でもそっちは、端末から分身体で操ってるよ。一つの駒に、一人が入るのは非効率だから」
言っている事はなんとなくしか理解できないけれど、元の世界のネットワークをイメージすれば良いんだろうか。
「俺は、俺に戻れるのかい?」
「戻れるよ。生きていればね」
「!?」
「ナギは"ウロボロス"の先兵隊長に選ばれた。だから、そう簡単に解放してあげられないけど」
戻れると聞いて道はある事は分かった。
けれど、見た目少女のこの子に手荒な真似をしたくはない。
だから、会話を試みる事にする。
「俺が自分の体を取り戻すには、どうしたら良い?」
「ナギは馬鹿なの?そんな事教えるわけがないでしょ?」
それはそうだろうけど……。
「なら、聞くのを変えるよ。俺は今、何をさせられているんだい?」
「気になる?良いよ、見せてあげる」
アキラちゃんがそう言ったかと思うと、目の前にテレビ画面のような映像が映し出された。
「これが、今ナギの目で見てる視点だよ」
そこには、アーネストが映っていた。
「アーネストッ!!」
そう声に出す。
けれど、俺の声は声にならず。
でもその映像から聞こえてくる声に変化が起きた。
「アー、ネス、ト?」
なんと、俺の声が聞こえたのだ。
それも、問いかけるように、アーネストの名を呼んだ。
「なんだ、俺の事知ってんのか?」
その問いかけに、アーネストが答えた声が聞こえる。
そして、俺の声で、アーネストの名前を呼びながら斬りかかるのが見えた。
「やめろっ!!アーネストに何をするんだ!?」
「無駄だよ、ナギの声は届かない」
映像を食い入るように見つめる。
アーネストの隣に、アリスティアさんが来た。
俺は別の意味で戦慄が走った。
「お、おい!やめさせろアキラちゃん!!し、死ぬぞ!?」
「え?」
瞬間、アーネストに斬り捨てられる(死んではいないだろうけど)者と、アリスティアさんにハンマーでぶっ飛ばされる者を見た。
「うっそぉ……」
アキラちゃんが驚いているのが分かる。
そうだろうね、あれは誰でも驚くよ……。
なんせ見た目可愛らしい少女が、身の丈以上のハンマーを軽がると振るい、人をボールのように弾き飛ばすのだから。
その後、アリスティアさんは別の場所に移動したようだが、アーネストはそのままそこに居た。
「アーネスト……アーネスト!!」
俺は話していないのに、俺の声が聞こえる。
「アキラちゃん、俺を動かしてる奴がしゃべってるのかい、これは」
「そうだよ。ナギの記憶を取り込んでるんだと思う」
俺の記憶を?
どうしてそんな真似を。
「強さを引き上げる為だよ。シンクロ率ってのがあって、それが高ければ高いほど、より強くなれるの。だから、私達の種族"共生"は、憑依した存在に近づこうとするの」
"共生"、初めて聞く種族名だ。
「"共生"というのは?」
「私は生まれてからずっと、もう一人存在してたの。それがもう一人のアキラ。私もアキラ、あの子もアキラ。私達は二人でアキラ」
良く分からないけれど、双子って事だろうか?
「ナギは馬鹿だね?」
「否定はしないけれど、これでも学問は得意な方だよ?」
「ナギは馬鹿だね」
今度は聞かれなかった気がする。
「『トルネードランサー』」
目の前に映る俺が、魔法を唱えた。
あの魔法に込められた魔力量は凄まじく、俺が使えるような魔法じゃない。
「アキラは、持ち主の力を高める事ができる。ナギはシルフと契約してるね?だから、その力を更に引き出してる」
レンゲさんを守ると言って、契約してもらった力を、アーネストに使ってるのか!?
そんな事を許せるわけがない……!
大精霊シルフ様、俺との契約を破棄してくださいっ!!
「無駄だよナギ。ナギの想いは、届かない」
「……もしかしてアキラちゃんは、俺の考えてる事が分かるのかい?」
「うん。筒抜けだよ。全部聞こえてる」
ぐっはぁ、恥ずかしい!
プライバシーどこ行った!?
「そんなものないよ?」
「……」
ここで卑猥な事考えたら、アキラちゃんにも伝わるのか。
「ナギ……」
すっごい冷たい目で見られた。
こう、下等生物を見る目っていうの?
凄く可愛い天使の少女にそんな目で見られたら、なんかゾクゾクする。
「ナギは馬鹿だね」
繰り返された。
俺に変な性癖がついたらどうしてくれるんだ。
俺はセルシウスさん一筋なんだっ!
「ナギの性癖とかどうでも良いけど、今気にするのそこなの?」
そうだった、そんな事考えてる場合じゃないんだ!
俺の攻撃を、仲間に当たらないように避けるアーネスト。
その姿を見て、たまらず俺は叫んだ。
「アーネストォー!俺を攻撃しろー!気にするなっ!」
ただ、アーネストに届くように。
俺に躊躇ってほしくなかった。
俺の親友を、俺が傷つけるなんてしたくないんだっ!
その俺の意思を受け取ったのかは分からないが、声を発した。
「アーネストォ……オレ、オォ……コ……ウガァァァ!!」
魔力が巻き上がり、パキィという音と共に、顔に被っていた仮面が割れる。
「明っ……!!」
仮面は全て砕け落ちた。
アーネストも、そして皆も、正体が俺であると気付いた。
いや、アーネストだけは、俺のスキルですでに分かっていただろう。
「明!一体どうしたってんだ!?なんで俺達に刃を向ける!!」
「アーネストォ!!」
俺の体は、アーネストを殺そうと刃を振るう。
それをこれ以上見るのが、俺には耐えられない。
「明!目を覚ませ!お前は俺達の仲間だろ!!」
その言葉に、涙が零れそうになる。
アーネスト、お前は……!
お前を殺すくらいなら、俺は!!
「ああ!仲間だ!だから俺を殺せ!お前を殺すくらいなら、俺は自分の死を選ぶ!!」
本気でそう思った。
俺の親友を俺の手に掛けるくらいなら、俺は自分で死んでやる!
「アア……ナカマ……ダカラ……オレ、ヲ……コロ、セ……スゥ!!」
しかし、俺の声は全ては届かない。
俺の体でありながら、俺の自由に動かせない体。
俺の大事な友達に、攻撃を仕掛ける俺を睨む。
「明、悔しいけど今の俺じゃ、お前は救えねぇ……」
アーネスト……!
「抵抗できねぇように、一度ぶっ倒すぞ!愚痴は後で聞くからな!!」
お前って奴は……ああ、頼むアーネスト!
「アーネストォ……!!」
その後の戦いも驚くべきものだった。
俺は、俺の体をあそこまで扱えていただろうか。
否、俺はあんなに強くない。
あのアーネストを押すほどの力を、俺は持っていない。
「違うよナギ。あれはナギの力。潜在能力を"ウロボロス"の研究者達が引き出したの」
「!?」
その言葉に衝撃を受けながらも、映像を見る。
場面はアーネストからの一撃を受けた所だった。
「アー、ネス、ト……」
「明!?」
「ツギ、アウトキハ……カナラズ……コロス……」
俺の意思ではなく、しゃべる俺の体。
「アキラちゃん、俺が表に出る事はできるかい?」
「できるよ。でもナギが出たら、裏切るよね?」
「なら、裏切らないように制約をつけても良い。ただ、俺は俺の意思で、アーネストと戦わせてほしいんだ」
「……聞いてみる。期待はしないで」
瞬間、また真っ暗になった。
俺は少し考えた。
このまま体を明け渡しているより、少しでも俺の意思で動ける状況を作りたいと。
そうすれば、何か打破できる機会も訪れるはずだ。
その為に、一時的に敵となっても……。
-草薙 明視点・了-